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「それじゃ、向かおうか」

「……何処へ?」

「タヴィアの所──そこで君はターゲットと話してもらうの」

「私が……?」

「うん、私達は彼女のウタを聴き取れなかったからね。あのウタを、あの言葉を聴き取れた君が行く必要があるんだよ」

 ──ウタ。言葉。声。それが聴き取れる私を必要としているのだから、ターゲットはそれを操る人物という事になる。となれば、あの時のような事もありえるということか。

 知らない筈の言語を聴き取り、その意味を理解するという奇妙な感覚。訓練によって『始まり《Anfang》の言葉Sprache』にいくらか馴れたとは言え、その内容や異質さによっては耐えられない事もある。このターゲットがエーギル以上に『始まりAnfang言葉Sprache』へ精通していない事を願う他ない。そんな一抹の不安を抱えつつ、私は彼女と共にタヴィアの下へと向かった。


 ──ここへ来た時と同じように大通りを避け、倒壊した民家や施設の中を進む。光学迷彩は使用しているが、出来る限り歩哨の死角に当たるような場所を選んでいった。

 そうして選択したルートは必然的に進み辛いものとなる。けれどそれは仕方なの無いこと。スミラックス曰く、こういった場所において進み易いルートというものは限られてしまうものだそうだ。そして人間はソレを無意識の内に見つけ出し、進んでいくものだという。また自らにとって進み易いルートにはトラップを仕掛けたり、見張りを立たせることが多く危険だと言うのだ。

 そうして幾つかの民家を越える中、彼女は損壊の少ない手帳等を回収していく。私もソレを手伝う中で、奇妙な違和感を覚えるものを見つけた。

『国外逃亡を企てたケルヴィヌス達が殺された。内戦が起きているのに、どこの国も助けてくれない。どうして?』

『マリアス様の姿も見えない。彼女の教えてくれた天上の神は、私達を救ってはくださらないのか』

『何かがおかしい。どうしてみんな、お互いを疑うのだろう』

『国王が殺された。私達の優しい王様を殺したのは、ミシングリークの奴らだと言っていたが本当なのか? わからない。先住民族の彼らも国王の事は慕っていたはずなのに』

『もしや天上の彼等が望んでいるというのか?』

『どうしてこうなった? 私達が啀み合う理由なんてなかった筈だ』

『サガンシュプの娘が消えた』

『帰ってきたサガンシュプの娘はB.M.Tを奪われたらしい』

『B.M.Tを盗られた奴が20人を超えた。あんなモノを欲しがる奴は誰だ?』

『皆おかしくなった。怖くて拳銃が手放せない。あれが手元にないと不安で仕方ないんだ。俺がおかしくなったのか?』

 ……ここでもB.M.Tを奪われる事件があったのだ。しかし、コチラも同様に誰が盗ったのかまでは不明。あまり考えたくはないが、コレが虐殺を引き起こす要因の一つとなっているのだろうか? 人を拐い、疑心暗鬼に陥らせ混沌の種を植える。だがそれだけで対立を生むことは可能なのか? 仮に対立を生み出せたとしても、国を焼くほどの災禍に至るとは思えない。そこまで至る為には後一押しが必要な気がしてならないのだ。ナニかを拾い、目にする度に生じる疑問や違和感を頭に刻みつけながら、私はこの地獄を進み続けた。


「っ…………!」

 その最中、撃ち殺される市民の姿を見た。建設用の重機で掘られたであろう大きな坑の淵に、何人かの男女が横一列に並べられ──誰かの合図で撃ち殺される。胸か頭かを撃たれた彼等は、糸の切れた人形よろしく脱力し穴へ落ちていく。中途半端に倒れた死体は蹴り落とされ、また次の誰かが立たされる。乾いた破裂音が鳴り響く度、名も知れぬ誰がか物言わぬ死体になっていく。

 効率的に行われる処刑を目の当たりにして、私はなんとも言えない気持ちになっていた。眼前で行われている行為は非道そのもの──恐ろしい光景であるはずなのに、何処か現実味が薄いのだ。この機械的な殺戮があまりにも非現実的過ぎるからだろうか?

「誰もこの虐殺を躊躇っていない。正しい行いだと思ってやっているんだ──」

 散発的に続く乾いた破裂音の中、聞こえた彼女の声は抑制が効いていた。けれどそこには確かな怒りが込められている。けれど今の私達に出来ることはないと、お互いに理解している。たとえここであの処刑を止めた所で、この殺戮の連鎖は止まらない。彼らの虐殺は止まらないと肌で感じている。

 だからこそ思うのだ。どうして彼らはこんな簡単に、なんの躊躇いもなく同族を殺すことが出来るのだろう、と──……

 これは平時であれば行われないはずの行為だ。誰もが嫌悪し咎める行為だと言うのに、あの場において止めるものは居ない。これが当たり前の行為だ、日常の一部だと言わんばかりの空気感がそこにあった。同じ種族が意図的に殺されるものと殺すものにわかれ、粛々と、淡々と、機械的にこなしていく。

 本来平等であるはずの命を、なんの躊躇いもなく奪っていく。適当に並べて2、3発の弾丸を胸か頭に撃ち込むだけで、その命を散らしていくのだ。

 そこにあったのは、祭りの屋台で行われる射的のような気軽さだ。自らの足で歩き、並んだ人間ケイヒンをパン。パン。パンと撃ち倒していく。撃ち倒された景品は誰の手に渡るでもなく、雑に掘られた穴の底へ落ちていく。当然手向けの花はなく、祈りの一つすら捧げられることはない。これは処刑と呼ぶにはあまりにも簡素で粗雑な行いだった。例えるのなら、製造ラインで弾かれた不良品の処分。再利用する必要性もなく、そのコストに見合う成果も期待出来ないゴミの処理。

 そう思えるのは、悲鳴の一つすら聞こえないからだろうか? 

 ここにあるものが、土砂利を踏む音、弾を装填する音、号令、乾いた破裂音といった無機質な音の群れでなく──血涙を流す程の怒声や、絹を裂くような悲鳴、赤子の泣き声、嘲るような嗤いのような──感情の籠もった音の群れであれば、また違った思いを抱いたのだろうか。しかしそれを確かめるような時間もなければ術もない。

 未だ続く虐殺の調べを耳にしながら、私達は目的地へと急いだ。


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