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端末の示す
しかし不思議なことに姿が見えない。もしかして光学迷彩のせいでこちらを視認できていないのだろうか?
だがそれは考え難いと言う。守人の目には超小型の
「地下室があったりとか、そういう話はありませんでしたか?」
「ううん。そういう話は聞いていないし、簡易ソナーでもソレらしきものは確認できないの」
そもそも反応は地表で見つかってる。と付け足して彼女は瓦礫の裏など、死角になっている場所を探し始めた。私達も死角になりそうな場所を探しては見たけれど、残念なことに何の痕跡すらも見つけられずにいる。
「タヴィア、先に一人で行ってもらっていい? 正直ここで手間取るとは思わなかったから」
「そうだねぇ。時間もないし、サクッと行ってくるよぅ」
そう言って彼女は単身、ターゲットとの会合場所へと向かっていった。
「──それじゃ、もう少し探そうか」
軽い疲労感の混じった声でそう言うと、彼女は再び捜索を開始する。しかしその手は進まない。お互い言葉にはしないが、その原因はわかりきっている。
もう何処を探せば良いのかわからなくなっていたのだ。目につく所は粗方調べ終えているし、肝心の反応も動いていない。彼は救難信号を打つでもなく、ただ静かにそこにいるのだ。おかしいと思わないほうが不自然な状況に、どう動くべきかわからなくなり始めている。
──パンッ。
「伏せて!」
最悪の事態を想定した瞬間、そう遠くない所で銃声が鳴った。彼女の指示とほぼ同時に伏せたが、此方に弾が飛んで来た様子はない。しかし発砲音は断続的に聞こえてくる。それも先程と同様に、こちらも飛んでくる様子はなかった。
「……戦闘ですかね?」
「なら良いんだけど」
そう答える彼女の声は暗く、やや重たいものであった。この間も銃声は鳴り止まず一定の間隔で聞こえてくる。それは狙撃銃の発砲音というよりも、自動小銃のソレに近い気がした。
「──…………これ、多分処刑だよ」
先程よりも重みの増した声で彼女が口にしたのは、思いもよらない言葉だった。重なった三つの銃声を何度か聞き届けた結果、彼女はその答えに行き着いたらしい。
曰く、その予兆のようなモノは感じていたのだという。道中大通りを避けたとは言え、あまりにも死体の数が少なかったと。より詳しく言うのであれば、女性や子供、老人の死体を殆ど見かけなかったとのことだった。言われてみれば確かにそうなのだ。私はてっきり避難したのかと思っていたが、彼女はそう考えていなかったらしい。
タヴィアもそういった者達はどこかに集められ、酷い扱いを受けているのだろうと踏んでいたとの事だった。
「間違っても止めようとか考えないでね、ラズリー」
断続的に聞こえる銃声の中、決して大きくはない彼女の忠告が突き刺さる。
「私達の主要任務は、ヘルヴィグズの回収とターゲットから情報を聞き出すことなんだ」
「……え? 医療支援物資を届ける事は──」
「──それはもう意味がない」
疑念と困惑の詰まった私の声を遮り、端末の画面を操作しながら彼女は言葉を続ける。
「合流予定のここが配達先の野戦病院だった」
廃墟にも等しいここが? そんな言葉が出かかったけれど、何故か上手く口が動かない。まるで体が喋り方を忘れてしまったかのようだ。
「きっと中で爆弾でも破裂したんじゃないかな」
静かな怒りとやるせなさを孕んだ声で彼女は続け「ほら、これを見て」と言って何かの欠片を差し出してきた。
「半ば炭化してるけど、
「……今、なんて言いました?」
これが? こんな拳よりも小さなよくわからない塊が、人の肉だといったのか?
「それがヘルヴィグズの成れの果てだと言ったんだ」
私の手からソレを取り上げると「中に彼のB.M.Tがあるはずだよ」と言ってバタフライナイフを使い、小さなカプセルを抉り出した。照合にかけられたそれは、ヘルヴィグズのモノと一致している。端末画面には、彼のフルネーム、出身国、職場、役職、年齢、生年月日、と言ったパーソナルデータが表示され、一番下には『Mordre la poussière』と赤い文字が表示されていた。
幼児の小指の爪ほどもない、この小さな機械の塊がクァルビスド・ヘルヴィグズという個人の終わりを証明している。それがなんだか酷く薄っぺらくて、味気ないものに感じられた。死体もない──というと語弊がありそうだが、あの肉片しかないのだからそう云う他ない──のになぜ死んでいると証明できる? あの肉片がどの部位なのかは知らないけれど、生きている可能性だってあるのではないか? 腕の一本を失くしたって生きている人はいるのだから。
「──変な希望は持たないでね」
でも、という言葉を口にした直後、肩を掴まれた。
「この暗さだし、気付けないのも仕方ないと思うけど──」と言って彼女はいくつかの場所を指し示し、ここで何が起きたのかを掻い摘んで説明してきた。その内容はどれも衝撃的なものなのに、彼女は淡々とした口調を崩さない。
「──そしてこれは昨日や今日の出来事じゃない。仮に爆発を生き延びていたとしても、長くは持たなかっただろう」
彼女は彼のB.M.Tをケースにしまい『これだけでも回収出来て良かった』と口にした。何の変哲もない一言なのに、それが妙に引っかかる。上手く言い表せないけれど、彼女達は初めからB.M.Tの回収を目的にしていたのではないか?
私の視線から何か察したのか、彼女はやや疲れた声で続ける。
「実を言うとね、彼の生存は期待されてなかったの。上から言われたのは現地の視察と
「ターゲットの排除?」
「…………うん。この内乱を引き起こした元凶を殺せと言われたんだ」
そう話す彼女の声には全く覇気がない。疲れ切っているというか、擦り切れかけているような印象を受けた。そして「騙してごめん」と、力なく付け加える。
騙された事に対して思うことはあるけれど、それ以上に気になるのは誰が彼女達にそんな指示を出したのかという点だ。しかしそれについて、明確に答える事は出来ないと言われてしまった。
「私から言えるのは、本国に番犬が居るって言う事くらいかな……私やタヴィア、サレニ姉さんもその番犬に監視されてるからね。逆らう訳にはいかないの」
そんな話は聞いたことがないけれど、恐らく本当の事なのだろう。彼女達とはそこまで長い付き合いではないけれど、何時だって真摯に向き合ってくれていたと思う。それに二人はエーギルとも面識がある上、彼女も二人の事は信用しているようだった。だから私も信じてみようと思う。
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