▼ 18 ▲
そうして訓練を積み重ね、及第点をもらえた翌日に私達はグィナヴィアへと旅立った。
……悲しい事に、出立は私の合格待ちだったようである。
そして今回のメンバーについてだが──スミラックス、タヴィア、私の三人だけだという。本国からの守人が一名付く予定だったらしいのだが、上からの命令で先入りする事になってしまったらしい。彼が先入りしてからは定期的に連絡があったのだが、つい3日程前から連絡が途切れたままだというのだ。なので、そちらの捜索も並行して行う流れとなっている。
「ここからは歩きになるよ」
「もう少しだけでも駄目かなぁ、スミラックス」
「甘えた事言わないで、さっさと降りてくださいタヴィア」
グィナヴィア国境付近より五キロ離れた位置で、私達は小型の二脚車両から降りた。コレは本国がオフロード走破に重きを置いて開発した個人用車両であり、車輪の代わりに二つの脚が装備されている。これには逆関節を採用しており、衝撃吸収力と跳躍力に優れているのだとか。
そこら辺の事情は解らないけど、実際乗り心地は悪くなかった。積載量も多く、半日で操作を覚えられる程シンプルに纏められている。それに加え、
「スミラックスも可愛げが無くなってきたなぁ」
「馬鹿な事を言ってないで行きますよ。ラズリーも急いでね」
タヴィアは愚痴りながらも手際よく準備を進めていく。この手の準備に慣れていない私は、スミラックスと共に準備を済ませた。
「ここから2時間歩き倒して、ヘルヴィグズを回収して、ターゲットとお話をするのかぁ。緊張状態にあるとはいえ、なぜこの様なルートで侵入する必要があるんだかわからないよぅ」
キミもそう思うだろう、とでも言いたげな視線を彼女が向けてきた。正直、そんな視線を向けられた所で困ってしまう。
「喋る余裕があるなら、行軍スピードを上げましょうかタヴィア」
「やめてくれよぅスミラックス。というか足を早めたら、ラズリーがついていけないのではないかなぁ」
「? まだ余裕はありますけど……」
そう言うと彼女は信じられない、とでも言いたげな表情を見せ「冗談だろぅ?」と蚊の鳴くような声を漏らした。
言っては何だが、この程度ならもっとハイペースで進んでも良いと思っている。こちらは普段からルヴリグを歩き回っているのだ。たとえ赤水川を渡らずとも起伏の激しい所はあるし、仕事道具だってそれなりの重量がある。はっきり言ってこの程度はなんの問題もない。
暫く進んだ後、私は一つの疑問を抱いていた。先程タヴィアが口にしていたように、なぜ私達はこのような方法でグィナヴィアへ入国しようとしているのだろう。これではまるで密入国ではないか。
「──あの、スミラックスさん」
「なにかな」
「私達は医療支援員としてグィナヴィアへ行くんですよね?」
「勿論だよ。この荷物はその為のものだからね」
「なら何故こんな密入国みたいな方法でグィナヴィアへ?」
「強奪されるのを防ぐ為だね」
「強奪ですか?」
「その話は事前にしなかったかな」
「いえ、聞いてはいましたけど……それは入国してからの話だと思っていたので」
暫しの間をおいてから「そんな訳ないでしょ」と一蹴されてしまった。曰く、外からの支援員/支援物資というのは何かと狙われやすいのだそうだ。以前、ドローンを始めとした無人機での支援物資配送を試みたというが、どれも途中で撃墜されたりして中身を強奪されてしまったのだとか。
そうした積み重ねの結果、有人での潜入配達が確実だという結論に至ったらしい。
「だからバックパックには勿論、この服にも光学迷彩機能が付いてるんだよ。相手から見れば私達は宝箱だから、見つからないようにしないと」
低草木が増え始めた地点で私達は光学迷彩を起動し、グィナヴィアの西側を目指した。先入りしていた守人──ヘルヴィグズからの話では、そこが潜入に適したルートになっているらしい。
「わぉ、古典的だ」
指定されたポイントに着くと、彼女は驚きと呆れの入り混じった声を漏らした。ヘルヴィグズが教えてくれたという侵入口は、巨大な排水管であったのだ。それも大人一人が余裕で通れるくらいの大きさである。
「…………くっさぁ」
「ですね……」
「まぁ仕方ないか。行くよ二人共」
排水管なので当然臭いも酷い。汚水は足首辺りまであるし、変なぬめりと言うかとろみがある。壁の汚れ具合や損傷具合いから、ここが長年手入れされていないのは明らかであった。
あらゆる生理的嫌悪感に耐えながら進む事数十分、メンテナンス用の通路らしき場所に辿り着いた。そこで付着した汚泥のようななにかを払い落とし、スミラックスを先頭にして通路を進む。暫くすると、時折強い揺れを感じるようになっていた。恐らく地表が近いのだろうと彼女は言っていたが、その気配はまだ感じられない。
そう言えば今は何時なのだろう? 腕時計型の端末へ目をやると、午前零時を指し示していた。事前の話では日の出前にこの国を出る、との事であったが……果たして間に合うのだろうか?
「──ここから出られるみたいだね」
前方の彼女がドアを見つけ、音を鳴らさないようにゆっくりと開く。道中の具合から見るに、蝶番も錆ているのだろうと思ったがそんな事はなかったようだ。軋み一つあげず、滑らかに開いた扉の先にあったのは、排水設備のコントロールルームと思しき場所だった。
「…………これは酷いねぇ」
何かしらの兵器によって破壊されたのか。天井は殆ど崩落しており、火と黒煙の立ち上る市街地が一望出来るようになっていた。
直後、嗅ぎ馴れない臭気が鼻腔を擽る。燃え落ちた木々や、ゴムのそれとは異なる臭い。加えて少しばかり唇がベタつくような気がする。それは唾液とかそういうものじゃなくて、動物性の油を軽く塗られたようなベタつき具合だ。
「スミラックス、ここから早く離れた方が良さそうだねぇ。あそことか、今にも崩れそうな気がするよぅ?」
「……そうね。ラズリー、足元に気をつけて行くよ」
タヴィアが指を指した場所では、焼け爛れた支柱の残骸が妙な捻れ方をして立っていた。その近くにあるのは、天井だったものなのだろう。千切れた配線が時折、バチバチと火花を散らしている。無事なモノは、何処にも見当たらなかった。
私はスミラックスに手を引かれつつ、瓦礫だらけのコントロールルームを後にする。その時に何か、ゴムのような弾力があるものを踏んだような気がするけれど、あれは一体何だったのだろう。
「ここが、グィナヴィア…………?」
──外は更に酷い有り様だった。
──どこか遠い所にあった現実が、ここに広がっている。煤けた空気が、焼け落ちた残骸が、破壊された町並みが。あらゆるモノが、私に現実を突きつけてくる。
「──……急いだ方が良いかも。二人共、急ぐよ」
この惨状からなにかを感じ取ったのだろうか。スミラックスが移動速度を上げ始める。姿勢を低くした中腰姿勢のまま走るのはキツかったけれど、置いて行かれないよう必死に食らいつくしかなかった。
その道中で真新しい焚き火の跡を何度か見かけたが、歩哨の姿は酷く少なかった。戦場の末端とは言え、ここまで少ないとは思いもよらなかった。見かけたとしても、基本は1人で動いているのでやり過ごすのは簡単だった。それに加えて、時折立ち止まってはあたりを見回してタバコを蒸すようなような哨戒兵だ。
そんな、あって無いようなザル過ぎる警備を尻目に、私達は廃墟となった町並みを進んでいく。二脚車両を使ったとは言え、僅か四時間足らずの距離にこんな光景が広がっているとは思いもしなかった。
轍に頭を突っ込み、その頭蓋の中身を露出させた子供の遺骸。下半身の潰れた誰かの亡骸。煤けたぬいぐるみの手を握るのは、身体をなくした子供の腕。千切れた腕を咥えて歩く獣の姿。凭れかかったまま死んでいる兵士。溢れた腸を腹に戻そうとしながら死んだ誰か。頭をなくした誰かが寝転んでいる。
……ほんの少しでも足を踏み外せば、誰かの死体を踏みつけそうだ。いいや。きっともう踏んでいるのだろう。この地面のシミも、誰かだったものだ。この湿り気も、唇のベタつきも、鼻腔を擽る生臭い鉄の匂いも。
──誰かが死んで、形を変えたもの。
ここに蔓延する死の気配は、初めて
だからこそ耐えられたのだろう。あの時に感じた、喉元に歯牙の食い込むような
だからだろうか。この惨憺たる現実を、誰の言葉にもなっていない現実と正面から対峙できているような気さえした。
「──ここの筈なんだけど、誰も居ない?」
自分が眼前の現実を冷静に処理しているのだと自覚しかけた矢先、スミラックスが疑念たっぷりの声を漏らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます