▼ 16 ▲
そこからはトントン拍子に事が進んでいった。
私達は特別派遣医師団という扱いであり、直接戦地へと赴くような事はないとの事。しかし戦時下においては、医療関係者であっても戦火に巻き込まれる事はある。場合によっては医療物資の強奪、医療従事者の誘拐なども十分にあり得るとの事だ。
その為、グィナヴィアへ向かうまでの10日間──私はみっちりと教育を施された。
ここで驚いたのは、エーギルから習った多くの事が通用してしまったという点だ。しかし
今日から始まった射撃訓練は特に酷く、居残り練習を命じられている。
「──……遅くまですみません、スミラックスさん」
「いいのよ、気にしないで」
私の戦闘訓練を担当しているのは、アクバル・スミラックスという人物だ。淡い象牙色の髪と、スカイブルーの瞳が特徴的な女性である。そしてなんとサレニ姉さんの妹でもあった。
「ねぇ、ラズリーちゃん。やっぱり銃は怖い?」
「怖いですよ。こんなもの、手にした事ないんですから」
今、私の手に握られているのはSIG SAUER P2382と呼ばれるハンドガンだ。ズボンのポケットに問題なく忍ばせられるサイズでありながら、精度、信頼性、堅牢さとどの部分をとっても文句なしの逸品らしい。
「怖いのはわかるけど、撃つときに目を瞑ったら駄目よ」
「……すみません」
「ラズリーちゃん、謝られても困るの。貴女だって味方を撃ちたくないでしょう?」
それは勿論だ。というより、そもそも人を撃ちたくない。
「人を傷付けたくないっていうのはわかるよ。それは貴女の姿勢を見ていれば嫌でもわかるもの」
「なら──」
「──駄目、絶対に駄目。最低限これだけはクリアしてもらわないと私は貴女を連れていけない。
「それはわかってます。けど、子供が……子供を相手にする可能性があるって、聞いたら、私──」
彼女が教えてくれた知識の中に『C.S.E.P──
これは子供ですら扱えるような武器が普及してしまった結果、爆発的に増えた可能性だった。戦場において庇護対象であった筈の、女性も児童も皆武器を手にするようになっている。
「──けどそれが現実よ。戦場には相手を説得する時間なんてないの。話し合う余裕なんてものは、始めから何処にもないの。だからどうにか折り合いをつけて、撃てるようにしないと駄目」
「……どうにかならないんですか、スミラックスさん」
「残念だけどそれは無理なのよ──さぁ、構えて」
彼女が私の背後に立ち、拳銃を握らせてくる。構え方はC.A.R──
「構えて、狙いをつけて、引き金を引くの」
標準を合わせ、引き金にかけた指先へ力を込めた。ガチン、という音と共にスライドが後退し反動が生じる。
「──っ!」
このタイミングで私は目を瞑ってしまうのだ。その結果、銃身の抑えがブレてしまい弾丸は的から大きく外れてしまった。
「また、目を瞑ったね?」
「……はい」
「ちゃんと目を開けて。貴女が撃つ相手をしっかりと見るの」
先程と同じ手順で銃を構え、引き金を絞る──当たらない。目を瞑ってしまったのだから当然だ。
「もう一度」
構え、狙い、撃つ──右斜め方向へ外れる。目は瞑らなかったけど、顔を背けてしまった。
「……もう一度」
構え、狙い、撃つ──左下へ大きくズレる。また、目を瞑ってしまった。
「もう一度、目を開けて」
構え、狙い、撃つ──左上方向へ外れる。駄目だ、また顔を背けてしまった。
「顔を背けないで、もう一度」
構え、狙い、撃つ──左斜上へと大きく外れた。
「これは貴女が生きるために必要なの」
──指示。構え。狙い。撃つ。12発毎の
「……貴女一人が撃たれて死ぬのならまだいい。けどねラズリー、貴女が殺し損ねた誰かが別の誰かを殺すのよ。それが何を意味するか、わかる?」
背後に立ったまま、抑制の聞いた声で彼女が続ける。
「──相手は既に人を殺す覚悟を持ってる。殺して、奪う事を選択しているんだよ。躊躇いなんか持たない。だから貴女の大切なものだって簡単に壊して、奪っていくの」
彼女は私から離れ、自前のSIG SAUER P2382を取り出すと訓練装置の開始ボタンを押した。幾度となく聞いたブザー音が鳴り響き、複数のターゲットが出現する。赤い的は全て敵であり、青の的は友軍だ。
──どのターゲットがいくつ出現したか。
私がそれを確認するよりも早く、彼女は引き金を引いていた。そうして訓練終了のブザーが鳴り、ターゲットのヒットポイントが表示される。青い的には一発も当たっておらず、赤い的は全て頭部を撃ち抜かれていた。勿論、チャイルドターゲットであってもそれは変わらない。
「それが嫌ならこうするしかないんだよ」
ゾッとする程に、彼女の声はフラットだった。感情のかの字もない、真っ平らで冷たく鋭い言葉。
「殺して奪う事を選択したんだ。なら同じように殺され、奪われたとしても文句は言えない筈だよね?」
「でも、それが全部本人の意思じゃない事だって──」
「──だとしても、武器を握ったという事実は変わらないよ。そうせざる選ない状況へ陥っていたのだとしても、選択したのはその人自身だ。全ての選択が他人に委ねられている状況はそう多くないからね? どんな状況下でも基本的には選択肢があって、本人がその中から選んでいくんだ」
そう語る彼女の声は冷たい。サレニと変わらぬ優しい顔で、残酷な現実を突きつけてくる。
「その手に
彼女は空になった
「……私が武器を握るのは、私が守りたい人を守るため。その結果何が起こるのかは、ちゃんと理解しているし覚悟もしてる」
装弾を終えた拳銃に
「勘違いされたくないから言っておくけど、私だってコレを積極的に使う事はしないからね。何事も平和的に解決出来たら良いと思ってるけど──そんなモノは理想でしかないから、最後はこれに頼るしかないんだよ」
言い終えると、私の手を取ってC.A.Rの構えを取らせてくる。
「──……そして殺せる事、戦える事を証明しないと対話に応じてくれない人たちもいる。彼等は『お互いに殴り合えばタダじゃ済まない』と理解したら、仕方なく会話という平和的解決を選ぶんだ」
骨伝導イヤホン越しに聴こえる声は、殆ど感情を読み取れないくらいに抑制が効いている。かなり異質な喋り方だからか、それは頭の一番深い所に直接届いているような錯覚すら覚えた程だ。
「オルヴィエート研究機関、人体工学科のトップ──ディヴィニティ・イッツェルという人物はこうも言っていたの──『環境への適応は種の最適化であり、生命進化は闘争によって起こるものだ。そして人体は、人間同士でと戦う事を念頭にデザインされている』──ってね」
いつの間にスイッチを押されていたのだろう。訓練開始のブザー音が鳴り響き、銃を構えた
発射された弾丸は寸分違わず
否、私はただ操られているだけだった。二人羽織のような状態で、人間そっくりな
『ごめんなさい』
────
『ごめんなさい』
────
ブザー。終了。初めてのフルスコア。そこにあったのは全弾頭部へ命中という正確無比な殺意。
『貴女は全員を見事に撃ち殺しました。
撃ったのは私じゃないけれど。物言わぬ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます