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「──パロ・パ・トトルさんはC─6ベッドにおります。おかえりの際は、入館証の返却を忘れずにお願いします」

「C─6ですね。ありがとうございます」

 あれから数日後、私の見つけた子供が目を覚ましたと連絡が入ったのだ。そして本人から『助けてくれたお礼が言いたい』との話があったので、こうして治療院を訪ねている。コレは完全な余談だが、治療院への転院手続きは全てカスパーが一人でやってくれたそうだ。またその際、トトルから私に話したい事があると言われたらしい。


 教えてもらった部屋の戸を三度ノックし、入室すると元気そうな姿が見えた。

「こんにちは、パロ・パ・トトル君」

「こんにちは。貴女がラズリーさんですか?」

 そうだよ、と返すと彼は深々と頭を下げてくる。

「助けてくれて、本当にありがとうございます。本当は何かしらお礼がしたいんですけど、僕なにも持っていなくて……」

「そういうのはいいよ。キミが元気になってくれたらそれでいいもの」

「……ありがとうございます」

 14歳の割にはしっかりした子供だ。丁寧な言葉遣いもあってか、大人びた印象がある。そこから暫くお互いの事を軽く話し、互いに打ち解け始めた辺りで本題を切り出すと、少しの間を置いてから彼が話を始めた。

 

 まず語られたのは、概ね三ヶ月前から本格的な内戦が発生したということ。国内にある幾つかの町でようになってから、町同士の諍いは加速度的に増え、不当な拘留や拷問などが横行する事態に陥ったそうだ。そうして気がつけば、なんの罪もない人間の血が流れていた。

 ただ隣町から来たと言うだけで疑われ、惨たらしく殺される。移住してきたというだけで疑われ、人間以下の扱いを受ける。我が身可愛さに戦わないのなら、非国民だと晒される。そうなればもう、武器を手にしない訳にはいかない。戦いたくなくても握らざるを選ない。そうして、もうどうしようも無くなって彼らは逃げ出したという。

 国内に安全圏がなくなったから、彼らは命からがら国外へ脱出した。追手を撒くためにルヴリグ山脈へ入山したは良いものの、獣の襲来も多く相当な苦労をしたそうだ。地図の精度も相まって、自らが何処に居るかも分からなくなって来た時に、何者かに襲われたという。だが、それは少々信じ難い内容だった。

「トトル君達を襲ったのは緋狼人レッド・ヴォルグじゃないの?」

「はい。始まりは一本の弓矢だったんです」

 曰く、どこからともなく飛んできた弓矢が自分の馬に当たったらしい。パニックになった馬は彼の言う事を聞かず、一目散に走り始め家族とは離れてしまったというのだ。少し離れたところに馬が走る気配を感じ、振り向いてみたがその追走者に見覚えはなかったという。彼らは動物の頭が付いた獣革を目深に被り、その手には手斧を握っていた。命の危機を感じた彼は追いつかれないように願いながら馬にしがみついたそうだ。

 そうして追手を振り切り助かったと安堵したのも束の間、馬が倒れ自力で歩くことを余儀なくされたらしい。暫く逃げ続けたが遂に追いつかれ、背後からバッサリと斬られてしまったそうだ。その際に近くの斜面から滑落し、追手からは逃げる事に成功したが、運悪く左足を折ってしまったという。そうして這いずりながら逃げた先で意識を失い、私に発見されたという事だった。


「それに連中、酷い臭いがしたんです。傷んだ血っていうか、肉の腐敗臭です。とても人が纏うような臭いじゃなかったんですよ」

 彼は一体なにと遭遇してしまったのだろうか? 単なる山賊とは考え難いし、そもそも緋狼人レッド・ヴォルグの徘徊する山をテリトリーにするとは思えない。例え禁域を外していたとしても、熊や大鹿といった危険生物がそれなりに多くいる場所だ。そんな場所を根城にするのは賢いと言えないだろう。

 それから幾つか、謎の襲撃者について質問をしてみたが返ってくるのは要領を得ないものばかりだった。逃走中故に仕方ないといえばそうなのだが、あまりにも情報が少なくマトモな候補すら上がらない。

 彼から聞けることを聞けるだけ聞いて、幾らか話をした後に私は自宅へと戻った。



「──ねぇ兄さん、この間見つかった七人の検死解剖って終わったの?」

 帰宅した直後に投げかけられた私の言葉に対し、兄は怪訝な顔を見せた後「一応は終わってる」と答えパソコンの操作を再開した。

「そもそもなんでそんな事を気にするんだ? お前はこの手のモノが苦手だったろうに」

「あ、いや、苦手は苦手なんだけどさ……」

「なんだよ。はっきり言ったらいいじゃないか」

 適当な誤魔化しも出来ないので、事のあらましを簡潔に伝えると兄の顔つきが変わった。私を背に無言でパソコンを操作すること数分、小さなため息とともにソレを閉じてしまった。


「──……今回新たに回収された七名の遺体は、いつになく損傷が激しいんだ。損壊しているといったほうが適切なくらいにはな」

 例に倣って、遺体の頭と腸はさっぱりなくなっていたらしい。加えてどこからか転落したのか、ような印象を受けたそうだ。しかし兄はそこに違和感を覚えたのだという。

「どんな怪我にも言えることだが、生物っていうのは意識がある限りどんな状況下でも身を守ろうとする。その時に出来る傷を『防御創ボウギョソウ』と呼ぶんだが……七人中四人にしかそれが見られなかった」

「後の三人は、その……」

「……多分な」

 兄は苦々しい表情で答えた後に『人間を一撃で仕留める場合、何処を狙うのが最も確実か?』という質問をしてきた。それに対し私は『首か胸』と答えたのだが、即座に不正解だと言われてしまった。

「まぁ、首を刎ねる事が出来れば話は別だがな。それによく考えてみな、ラズリー。首を狙うにしても胸を狙うにしても、そこは一番防御しやすいところだ。ズブの素人でもソコをやられたら不味いって直感的にわかるから、ほぼ確実に防御創がつく」

「ならどこを狙ったら良いの?」

 そういって、兄は鳩尾の少し下のあたりを指さしてきた。そこにあるのは確か、肝臓だったような気がする。

「…………肝臓を狙うの?」

「あぁ。鳩尾を下から突き上げるようにして抉ると致命傷になる。その上躱しにくいんだよ……あれだ、ボクシングのボディブローを思い浮かべてみるといい」

 誰に聞いたか忘れたが、アレはジャブの次に避け難いパンチらしい。そして致命的な一撃クリティカル・ヒットともなれば、プロのボクサーですらその場に崩れ落ちる程のダメージになるのだとか。

 ある人物は『内臓が浮き上がったかのような衝撃の後、形容し難い不快感とともに全身の力が抜けていく』と語っており、だと語る経験者も多い。挙動も早くコンパクトな為、その軌道を読み切ることはほぼ不可能。特にカウンターとして放たれようものなら、死を覚悟するという。

 ……また刺突武器による攻撃では、動脈を負傷した時に見られる派手な出血を伴わないという特徴もある。血流の豊富な肝臓だが、身体の中心部に位置する為、腹腔内に貯留されてしまうのだ。それ故に血が吹き出る事はなく、静かに零れ落ちるような形の出血となる。


「──だから肝臓を狙うんだ。このやり口だとが相手に伝わり難いし、なにより反撃の恐れがない。スマートっちゃスマートなやり方だよ」

「……この話をしたってことは、そういうことなの?」

「まぁそうだろ、第八肋骨に特徴的な傷が残ってたからな」

 ため息混じりにそう言うと、手にしていたペンで自分の肋骨を軽く突っついて見せた。きっと、刃の侵入角を再現しているのだろう。あの角度なら、

「肝臓をヤられたのがパロ・パ・トトル君の関係者なんだろうな」

 その後に兄は「酷い話だ」と一言漏らし、話を続けた。

「胸糞悪いのはその後だ。3人を殺した後、下手人はB.M.Tを抜き取ったんだろう。そして犯人を緋狼人レッド・ヴォルグに仕立て上げる為、遺体の首を刎ねて中身を抜き取りやがった。畜生にも劣る行為だ……!」

 兄の顔には明らかな怒りが浮かんでいる。殺人を犯した上に、その遺体すら手にかけたというのなら、ソイツはもう人ではない。兄の言う通り畜生にも劣る存在だ。


「──……まぁ、下手人は相応しい結末は迎えたようだがな? どうも緋狼人レッドヴォルグは相当な悪食らしい。畜生以下の獣を生きたまま食うとは恐れ入る」

 損壊具合で言えば、その四人は相当なものだったらしい。爪で裂かれるか、噛み砕かれるか。いずれも四肢を破壊され、息のある内に食い尽くされたのだろう。無駄な抵抗の後が、死体中に残っていたそうだ。

「それにしても何なんだ? 犯人の奴らはなぜB.M.Tを狙う?」

 兄の疑問は尤もだ。こんな物に一体何の価値があるのだろうか? B.M.Tを溶かし、中に含まれる希少金属レアメタルを抜くとでもいうのか。もしそうなのであれば、あまりにも稚拙で効率の悪い方法だと言わざるを得ない。

 それにだ。たった数ナノグラムの希少金属の為に殺される人の事を考えて欲しい。大金を手にしなくとも、掴める幸せは在るはずなのに。なぜそれに気付けないのだろう? 身の丈にあった幸せを甘受せよ──なんて偉そうな事を言うつもりはない。ただ、人を殺してまで掴みたい幸せがあるとは思えないのだ。仮にあっとしても、それは本当のなのだろうか?







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