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 不穏なメールニュースから二日後。私は区内の商店街へ足を運んでいた。

 ルヴリグへ収穫に向かうことも出来ず、家でやれる事もないので久しぶりに足を運んでみたのだ。自宅からは片道一時間とそれなりの距離があるので、滅多に来れないがやはりここは楽しい。友達は物足りないと言うが、私から言わせてもらえばそんな事はなかった。

 ……まぁ確かに、本国の商業施設に比べたら見劣りするだろう。けれど、ここはここで良い所もある。個人経営の喫茶店や、ハンドメイド作品を取り扱うワークショップなど、本国には無いものが沢山あるのだ。

 ──……ただ一つ不満を上げるとすれば、上映される映画のタイトルが限られている点である。それも妙な事にサメ映画ばかり充実しているのだ。あの店主は何を考えてサメ映画ばかり買い付けてくるのだろう? 


「やぁラズリーちゃん。久しぶりだね」

 そんな事を思いつつ歩いていると、突然声をかけられる。声の主は織物屋の女主人だった。

「ベルおばさん、ご無沙汰しております」

「また少し大きくなったかい?」

「私ももう十八歳ですよ? もう伸びませんって」

「そりゃわからないよ。ウチの息子は二十歳まで伸びてたからねぇ」

「またまた冗談を」

「本当さ。ただヒョロヒョロと背ばっかり伸びちゃってねぇ……アンタの兄さんみたいに、筋肉があればもう少し男前になるんだが」

 溜息混じりにそう言うと、店の奥へと視線を移す。その先には息子さんであるマスルクがおり、大きな縫製機器を弄っている。余程熱中しているのか、こちらに気付いた様子もない。

「……もしかしてアレ、調子が悪いんですか?」

「そうそう。それで息子に頼んでみたんだけど……国が違うと色々違うらしくてねぇ。やれネジの規格が合わないだ、モーターのパーツがないとかで全然進まないんだよ」

 息子が治そうと奮起しているあれは、たしかグィナヴィアから取り寄せた希少品だった筈だ。となれば部品がないのも仕方ないことだろう。

 一応本国でも縫製機器は生産しているものの、個人向けモデルは極端に少ない。あったとしても全自動式か足踏み式という、非常に極端なラインナップなのだ。ベルおばさんはそれが嫌で、様々な商人へと声をかけていたらしい。アレはそういった紆余曲折を経て、ようやく辿り着いた逸品らしく強い思い入れがあるのだとか。

「部品の取り寄せは出来ないんですか?」

「そう思ってワタリガラスに頼んでみたが駄目だったのさ」

 最大手の商社ワタリガラスでも取り寄せ不可とは予想外である。あの縫製機器は余程珍しい型番だったのだろうか? 

「なんでもグィナヴィアで内戦が起きてるらしくてね。取引はもう見込めないってことで、グィナヴィア産の製品は在庫が無くなり次第カンバンなんだとさ」

「グィナヴィアで内戦ってそんな──!」

 返ってきた返事は想像もつかないものであった。正直あのグィナヴィアで内戦が起こるとは信じ難い。だがそれと同じくらい、ワタリガラスが嘘を吐くとも考えられなかったのだ。

「アタシだって信じられないさ。けど事実として、グィナヴィア産の製品はどこも品薄なんだ……あの国は少しばかり閉鎖的だが、クィラムよりも遥かに信用できたのにね。アタシとしても残念だよ」

 そう語る彼女の声は沈んでおり、その姿は古い友人を偲ぶ人のソレであった。確かにグィナヴィアは閉鎖的な所があるけれど、輸出されるモノは高品質な事で有名である。それに加えて納期を確実に守ってくれる、良質な取引相手だったそうだ。

 中でも生糸の品質は本国にも勝るともされ、使い込めば使い込む程に柔らかな光沢が出る事で有名だった。ベルおばさんはそんな生糸を使用してストールを作り販売している。彼女が手掛けるそれは、独自のデザインと生糸の手触りが噂となり絶大な人気を博していた。


「それよかラズリー? ルヴリグでまた人が消えたって話は聞いてるかい」

「えっ? そんな話聞いたこと無いよ。二日前のアレなら知ってるけど……」

 もしその話が本当ならば異常事態だ。先日のニュースといい、なぜこうも立て続けに人が消えるのだろう。こんな事、数年に一度くらいしかなかったのに。

「なら、本国から守人モリトが来るって話も聞いてないのかい?」

「それならエーギルさんに聞きました。たしか三人程やってくるとか」

 先日彼女を訪ねた折、そんな話を教えてもらったのだ。なんでも元エーギルの教え子が守人隊モリトタイに所属しているとかで、事前に手紙で知らせてくれたらしい。ただしその内容はほぼ箇条書きに近く、手紙というよりは報告書かメモに近しい印象を受けたとか。しかしそれもまた彼の持ち味だと言って、彼女は嬉しそうに笑っていたのを覚えている。

「へぇ、三人も来るのかい」

「そうみたいです。うち一人はエーギルさんの教え子らしくて、ヴィラヴィスっていう名前だそうですよ」

 その名前に覚えがあるのか、彼女は視線を少しばかり上に向けて口を噤んでしまった。そこから寸秒の間を挟み、話を再開する。

「あのヴィラヴィス坊やだとしたら、偉い出世したもんだよ」

「ご存知なんですか?」

「あぁ、たしかアンタ達より一回り上でね。いつも率先して下の子の面倒を見てたんだ。気の利く兄貴分だったけど表情が硬いのなんの……その癖に男とは思えない澄んだ声で歌うもんだから、仲間内からジューク・ボックスだなんて呼ばれてたっけ」

 そう言って彼女は軽快に笑い、「もし会えたらウクレレでも渡してやりな。一曲くらいは歌ってくれるだろうさ」と付け足して来た。私も歌を歌うのは好きなので、もしかしたら仲良くなれるかもしれない。そんな期待を胸に抱きつつ、私はおばさんと暫く談笑を楽しんだ。


「おっと、もうこんな時間かい。すまないねぇラズリーちゃん。長々とつきあわせちまって」

 時計を一瞥すると、時刻は既に午後三時をまわっていた。

「構いませんよ。今日一日暇でしたし、色々な話を聞けましたので楽しかったです」

「ならいいけど、暗くなる前に帰るんだよ」

「わかりました。またお邪魔しますね」

 彼女へ別れを告げ、再び商店街へと戻る。夕飯の買い出しにでも出てきたのだろうか。主婦らしき風貌の人がチラホラと増え始めていた。

 その途中、青果店で珊瑚桃コーラルピーチを見かけたのだが──入山規制のせいか、平時よりも数倍高い値段がつけられている。ざっと計算すると大凡六倍強といったところだ。ボッタクリにも程がある。しかも天然物よりも小さく色艶も甘いので、恐らくは何処かの養殖品なのだろう。

 こう言っては悪いが、あの値段であの品質のモノを買おうとは思えない。私が見つけたあの場所なら、数倍良いものを採れる自信がある。


 ……兄にも止められているけど、こっそり行ってしまおうか?

 そんな悪魔の囁きに耳を貸しそうになったが、兄の顔が脳裏をよぎった。









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