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──九月八日、朝の公共ニュースのお時間です。
翌週より四日間、自治区ピナにおいて春の感謝祭が行なわれます。出店希望の方は翌日の正午までに手続きを行ってください。出店料は500ルーバス、1人1ブースまでとなります。合同出展の場合は、事前の連絡及び相談を必ずお願い致します。
また近隣区の参加希望者は、役所にて渡区手続きを忘れずに行ってください。近年、申告漏れによる強制送還が増えています。区民の皆様におかれましては、どうか申請忘れのないようお願い致します。
また、申請期限は渡区日の前日正午までとなります。ご確認の程、宜しくお願いします。その他ご質問等はこちらの番号までお願い致します──
「もうそんな時期なんだね」
春の感謝祭。それは四年に一度開かれるお祭りで、様々な催し物がある。出店も多く、ここでしか食べられないような食事も多い。子供達はそういった
「早いものだな。ラズリー、今年はどうするんだい?」
「友達と参加するつもり。兄さんは?」
「今年もスタッフ参加さ」
「今年も? どうせなら同級生と遊べばいいのに……他区の友達も来るんでしょう?」
そう。私達は基本的に自分の地区を出る事がない。
先のラジオ放送であったように、役所で手続きを行えば他区との往来は可能だ。何故そうなっているかは不明だが、そういう取り決めになっている。
けれど、自ら進んで他区へ渡ろうとする人は極少数だ。各自治区は住民の数や土地面積の差こそあれ、基本的には同じ都市構造になっている。区外であっても郵便は普通に送りあえるし、電話だって通じるのだ。
それ故に近年『わざわざ対面で会わなくてもいい』と考える人が増え始めている。確かに渡区手続きの手間を考えれば、そちらを多用したくなるのもわかる。けれど個人的には、なんだか少し寂しいと感じてしまうのだ。
「まぁ……そりゃ来るには来るが、わざわざ対面で会う程でもないよ。それなりの頻度で連絡は取り合っているし」
私の兄もそんな考えの一人だった。だからつい想像をしてしまうのである。結婚して、別々に住むとなった時──兄と対面する機会が激減してしまうのではないかと。
「兄さんは、手紙や電話だけで満足出来るんだ」
「あぁ。それはそれで悪くないと思っている──って、おい……ラズリー?」
隣に座る兄の手を取り、その指を優しく握る。私とは違う、固くてゴツゴツとした太い指。ちょっと土の詰まった爪先、欠けた小指の爪。ふわっと生えた指毛や手の握りダコ。ほんのり褪せた水色の瞳も、私は結構気に入っている。
わざわざ言葉にせずともわかるとは思うが、これらは文書や電話じゃ伝わらない、直に触れなければ感じられない生の情報だ。近頃はテレビ通話なんてものもあるけれど、それも結局はナニかを通して見ているに過ぎない。
機器が読み取り映し出したデータの塊からでは、私は相手の存在を感じ取れないのだ。
「──私はね……兄さん。こうやって触れないと、不安になるの」
お父さんやお母さんが突然消えたみたいに、兄さんも消えてしまうのではないかと。
だから掌の感触や、息遣い。髪の触り心地や肌の質感──そんな何気ない情報であっても私は覚えておきたい。いつか会えなくなる日が来るとわかっている以上、どんな事でもいいから記憶しておきたいのだ。
「ラズリー。ソレ以上は駄目だ」
兄へ向き直り、抱きしめようとした瞬間に止められてしまった。
……その時の表情は決まって
「……ごめんなさい、兄さん」
けれど不思議なことに私が手を引くと、一瞬だけ兄さんは切なそうな、申し訳無さそうな表情をする。
……兄さんもわかっているのだ。私がとる行動の意味も、その理由も。だから毎回止めてくる。お互いにもういい年齢なのだから、そういったエラーは修正するべきだと彼女に教えられたから。
──無言で席を立つ兄を、私は目で追うことしか出来なかった。
「メール……? 誰からだろう」
兄が席を外してしばらく経った頃、本国支給の携帯端末が震えた。ディスプレイに表示された差出人はピナ広報部。あそこはメールニュースの配信や、ラジオ放送を行っている部署である。
だからコレもただのメールニュースだろう。そう思いつつ、添付されたファイルを開き私は息を飲んだ。
『本日未明ルヴリグ山にて、身元不明の遺体を複数発見。
コレに伴い当面の間、ルヴリグへの入山は禁止となります。区民の皆様に置かれましては、ご不便をおかけ致しますがご理解、ご協力の程よろしくお願いいたします』
二つ目のファイルは遺体発見現場をマッピングしたものだった。コレを見るに被害者は全員、赤水川よりも先のエリアで見つかっている。そして三つ目のファイルには、遺体の特徴が大雑把に記されていた。
いずれの遺体も損傷が激しいのか、読み取れる情報は多くない。また遺留物についての記載も少なく、大凡の身長と体重、年齢、性別くらいしか記載のない遺体が殆どだ。
けれどそれ以上に不自然なのは──遺体の身元が不明のまま報せたという点である。
「……兄さんに聞いてみよう」
この手の話であれば現役解剖医の兄へ聞いたほうが早い。明日まで兄は休みのはずだから、きっと部屋にいる筈だ。
「兄さん、今いいかな?」
私が訪ねてきた理由もわかっているのだろう。声をかけてすぐにドアが開けられた。
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