第6話
「先ほど話した護衛を紹介しておこう。エンベルト」
「はっ」
扉を開けてくれた体躯のいい男性が返事をする。先ほどから聖の後ろを歩いてくれていた護衛の一人だ。年は三十歳くらいだろうか。顎に髭のあとが多少残っているものの身なりはいい。彼もまた彫りの深い顔をしていた。
頭を下げる習慣がないのか、胸の前に手を当てる敬礼のポーズを取り、前に出る。動きは機敏で隙がないが、オーウェンが持つような高貴さはあまり感じない。話しやすそうな雰囲気で面倒見もよさそうである。
「彼はエンベルト。第一騎士団の副団長を務める男だ。火の適性を持っていて文句なしに強い。王城でも森でもセイには傷一つつけないように守る。できるな?」
「もちろんです!」
声が大きく、熱血な体育会系。
だが、彼の持つ雰囲気もオーウェンと同じで温かだ。侮蔑や蔑視といった感情は伝わってこず胸を撫で下ろす。
「よろしくお願いします。エンベルトさん」
ついさん付けで呼んでしまったのは、自分よりも年上だからだ。
だが、オーウェンはそう思わなかったようで軽く眉を顰める。たしかに王子である彼を呼び捨てて、その部下に敬称をつけるのはおかしかった。
「エンベルト、と呼んで……いや、お呼びください。聖女様。すみません、俺は平民で学がないもので言葉遣いが」
エンベルトは恐れ多いと言わんばかりに一歩下がり、視線を下げた。
「全然、私も敬語とか苦手だし。あ、じゃあ私のこともセイって呼んでね」
「セイ、この国にいるすべての者……王族である俺を含めてだが、セイよりも立場が下となる。ほかの者に示しがつかないから、誰を紹介されても呼び捨ててほしい」
「そっか……そうなんだ。うん、わかった」
そう答えたところで、聖のお腹がきゅうっと音を鳴らす。気がついただろうに、オーウェンはそのことに突っ込まず、室内にいる侍女に目配せをした。
「ほかの護衛は出払っているようだし、また後日紹介しよう。食事の用意を」
「はい」
すぐさま紺色のワンピースに身を包んだ侍女と思われる女性が隣の続き部屋からワゴンを押して、テーブルの近くに置く。
年齢は十代だろう。聖の今の姿よりも少しだけ年上に見えた。ブラウンの髪を後ろで一つに結っている。立っている姿勢は指先まで美しく気品があり、自分なんかよりもよほど傅かれていそうな雰囲気がある。美人過ぎてキツそうに見えるけれど、聖に対していやな感情はなさそうだ。
テーブルに豪華な食事が並べられると、もう一度きゅるりと腹が音を立てた。
(こんなときでもお腹は空くんだね……いやになっちゃう)
死んでもいいと思っていたのに、この身体は必死に生きようとしているようだ。
食べたこともないような肉厚のステーキからはいい匂いが漂ってくる。マッシュポテトのようなものが皿に添えられていて、焼きたてパンからは湯気が立ち上っていた。
「食事をしたら、風呂に入って休め。続きは明日話そう」
「私、一人で食べるの?」
テーブルに並べられたのは聖の分だけだ。空腹ではあるが、侍女に見つめられながら食事を取るのは緊張する。
「俺は仕事があるから。ここでは自由に過ごしてもらって構わない。城内には書庫もあるし、出かけるときはエンベルトに声をかけて案内をさせればいい。なにか用があるときは、ベルで隣室に控えている侍女を呼ぶように」
オーウェンが視線を向けると、立っていた侍女が軽く頭を下げた。
「お皿はどうすればいいの?」
「片付けも侍女の仕事だ。そのままにしておいていい」
「着替えとかは?」
「あそこにある部屋が衣装部屋。寝るときの着衣は侍女が用意しているはずだ」
「わかった、ありがとう」
オーウェンの口からすらすらと説明される。
「ドアの外に常に騎士を一人置いておく。部屋を出る際は、必ず護衛をつけるように」
「うん」
オーウェンが扉を閉めると、室内は聖と侍女の二人になった。エンベルトは扉の前で警備についてくれているのだろう。
人見知りする方ではないが、知らない女性と二人きりなのは気詰まりだ。けれど、今の聖は他人と会話を楽しめるような心境ではなかった。それを察してくれたのか、侍女が「ご用の際は、ベルでお呼びください」と言って、隣室へ向かった。
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