第4話
窓から見える景色は、自分が知っているものとはだいぶ違う。
どうやらこの城は高台に建っているようで遠くまで見晴らせる。町は高い壁に囲まれていて、その奥には森が広がっていた。森の中にもぽつぽつと小さな町がいくつか見える。
これが現実でなかったなら、はしゃいでいたかもしれない。陽一とのデートで訪れた観光地だったならどれほどよかっただろう。
「天蓋付きベッドなんて、初めて見た」
「こちらはセイ様の部屋として自由に使ってください」
自分の部屋だと言われ、否応なしにここに留まらなければならないと知る。
(異世界に頼る人なんていないし、仕方ないんだけど)
大人五人が寝られそうな程広いベッドが置かれ、床には暖かそうな絨毯が敷かれている。三面鏡のついた化粧台やテーブル、椅子、すべてが高価であるとわかるような豪華さだった。だが、その豪華さを喜べるはずもない。
オーウェンはドアを開けたまま、騎士の一人をドアの内側、もう一人を外に立たせた。そして椅子を引き、手の動作で聖に着席を促す。
「ありがとう」
「いえ。私も座っても構いませんか?」
「もちろ……んっ?」
オーウェンは聖の隣の椅子を引き腰かけた。だが、聖の様子がおかしいことに気づいたのか案じるように目を細める。
「いかがなさいました?」
聖は首元に触れて違和感に気づいた。
(ネックレスが、ない?)
どこかに落としたのかと思ったが、その時自分の髪がはらりと前側に流れてきて、その色にぎょっとする。
さらりと肩に掛かる髪は真っ黒な聖の髪とは異なる色合いのブロンドヘア。そもそも聖の髪はショートだ。髪が肩にかかるはずはない。
よくよく見てみれば、聖が着ている服もまた制服とは違う。緻密な金糸の刺繍が入った真っ白なローブ。こんなものは持っていない。まるでゲームに登場する白魔道士みたいだ。
教室とは違う場所にいることに驚いて、服が違うことさえ気づいていなかったらしい。
「髪がブロンド? それに手も小さい……え、胸? なに、うそでしょ」
ぐいぐいと艶のあるブロンドの長い髪を引っ張るが、当然抜けない。そして自分の身体ではないとわかる、あり得ない胸の大きさに驚き、思わず手を伸ばした。
(この身体、私じゃない)
死んで生まれ変わったのだろうか。そう考えつつも違和感を抱く。聖はつい先ほどまで教室にいて授業を受けていた。彼らは聖を召喚した、と言ったのだ。
聖は壁側に置かれた三面鏡の前に慌てて立った。
「なんなの、これ」
そこに映る少女は、道場で体躯のいい男に回し蹴りを食らわせ、その蹴りの恐ろしさから「お嬢」などと呼ばれていた自分ではなかった。線の細さや女性らしい体型はあたかも深窓のご令嬢のようだ。
(髪だけじゃない……目がエメラルドグリーン)
なんなんだこの美少女は。聖はその場で立ち竦んだまま鏡を見つめた。
きめ細やかな透き通る肌とぱっちりと丸い大きな目、艶のあるブロンドの髪。ほっそりとした華奢な手足。鏡に映るのは、どの角度から見ても清楚系美少女であった。
聖は顔を歪ませながら、ふたたび力を込めて頬を抓った。当然痛い。
「なんで私、別人になってるの?」
「召喚魔法の影響です」
「もしかして、私……元の世界で死んだことになってる?」
「いえ、なっていませんよ」
その言葉に安心する。オーウェンからいやな雰囲気は感じない。彼は帰してくれるとも言った。頼る人もいない聖は彼を信じるしかないけれど、不安でたまらなくなる。
陽一からもらったネックレスもない。着ている服も制服ではなかった。聖はローブのような真っ白いドレスに身を包んでいた。
「いろいろわからないことだらけなの。オーウェンが説明してくれる?」
聖はいろいろあり過ぎてパニックになりそうな頭を落ち着け、椅子に腰かけた。
「もちろんです」
「あと、普通に話してくれると嬉しい。私、普通の十六歳の高校生だから。オーウェンの方が年上でしょ? あ、王子様を呼び捨てとかだめ? オーウェン様とか呼んだ方がいいの?」
「いえ……呼び捨てで結構です。では私……いや、俺も普通に話させてもらう。これでいいか?」
オーウェンは咳払いを一つすると、気を取り直したように話し始める。丁寧な口調も王子様然として似合っているが、こちらの方がずっと落ち着く。
「うん、ありがとう」
「召喚されたってことは、私のこの記憶は前世のものとか、そういうんじゃないんだよね? どうして別人になってるの?」
「……召喚魔法は、そうなるとしか説明できない」
召喚魔法について聞くと、オーウェンの口が重くなる。オーウェンは鋭い目で前を見据えていて、それ以上を聞いたとしても聖が求める答えが返ってくるとは思えなかった。
「じゃあ、聖女ってなに?」
「聖魔法の使い手を総じてそう呼ぶ。瘴気を祓うには聖魔法が必要だ。だが、この国に聖魔法を使える者はいない。だから異世界から召喚している」
「さっきも言ってたけど、瘴気を祓うってどうやって?」
異世界人とは言え、自分は平凡な高校生だ。
聖女と言われてもぴんとこないし、当然、魔法も使えない。新たな聖女を呼ぶまでは協力するが、魔法を使えと言われて簡単にできるものなのだろうか。
「この世界には、魔力も魔法もある。魔法は簡単に言えば想像を魔力で形にしたもの。風を望めば風が吹き、火をつけることも火を消すこともできる。だが自分の魔力には適性があり、自分の適性の魔法しか使えない」
「適正って言うと、私は聖魔法。瘴気を祓うことはできるけど、火をつけたりはできないってこと?」
「そうだな。聖魔法には体力や傷を治す回復魔法もあるが、使える者はさらに少ないと聞く」
「回復魔法って……わかってたけど、異世界だね」
魔法について細かく聞き始めたら一日が終わる気がする。聖はひとまず魔法については置いておき、ほかの質問に移ることにした。
「そうだな、紛れもなくセイが住んでいるところとは違う世界だ」
「じゃあ、質問の続きね。そもそも瘴気ってなに?」
「瘴気は、空気中にある魔素の濃度が上がりすぎて害を与える状態になったものだと言われている。魔素とはこの世界において魔力の元となるもので、人の多いところでは常に循環されているから問題はない。しかし、人のいない森の奥深くでは、魔素が循環されずに溜まり続けてそれが瘴気となる。人間でも、身体に取り込む量が多すぎれば害になるが、皆、魔力を持っているからそれなりに耐性もあるんだ。瘴気の吹き溜まりが発生すると、まずはその近くにいる魔力のない動物を魔獣に変える。魔獣に変えられた動物たちは、凶暴性が増し、人を襲い食らうんだ。それを元通りに戻すには、聖女の力が必要になる」
「ってことは、魔獣がたくさん出たら、近くに瘴気の吹き溜まりがあるってこと?」
「そうだ。魔獣は力の弱い動物やほかの魔獣を食らい、より力を増す。そして森に食べ物がなくなれば、村や町を襲うようになる」
「なんだか全然信じられないけど。私に、その瘴気ってのを祓えって言うの? 魔獣がいる森の奥深くに行けって?」
聞いているだけで危険なのはわかるというものだ。聖は普通の女子よりも強いと自負している。だが、元の世界であっても熊を相手に戦おうとは思わないし、人を食らう魔獣と戦うなんて御免である。しかし、それをやらなければ元の世界にも帰れない。
「そうだ。だから、セイを守るために俺たちがいる。セイには傷一つつけないと約束する」
その話を素直に信じるなら、魔素の吹き溜まり近くなんて、一番危険な場所ではないか。命の危険を感じず、のほほんと暮らしていた自分が魔獣を戦うなんてできるはずもないし、この国をなにがなんでも助けたいと思うような立派な正義感もない。
「やるって言ったけどさ。私にできると思ってる?」
「放っておけば人が死ぬ。やるしかないんだ。それに、聖に戦わせようなんて思っていない。聖はただ瘴気の吹き溜まりを見つけて祓うだけでいい」
「聖魔法がなにかも知らないよ。本当に私に祓える?」
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