第3話 行き当たりばったりで行われる凶行

出水の彼女でこの事件の共犯となる飯田正美は彼氏同様問題のある家庭環境で育ったとはいえ、前年の1993年まで昼は紡績工場で働きながら保育士を目指して夜間の短大に通うなどまっとうな生き方をしていた。

だが、出水と出会ってから人生が変わってしまったようだ。

流されるままに窃盗を繰り返しながら一緒に各地を転々とする生活を送るようになったのである。


一緒にパチンコ屋などで働き始めても出水が長続きせずに悪さばかりするようになることに嫌気がさして離れようとしたこともあったが、結局また戻ってしまう。

互いに魅かれ合うものがあったらしく、このクズ男と一緒に行動し続けたのである。


優柔不断で自己主張ができない弱い性格だったとも考えられるが、この事件の共犯者というそしりは免れ得ないであろう。

だいたいこの出水の思い付きの犯行も、飯田がまず203号室のチャイムを鳴らして被害者となる松本を呼び出すことから始まったのだ。


「ちょっと換気扇の調子が悪いんで、見ていただけませんか?」


夜8時ごろ突然チャイムを鳴らしてきた飯田はそう言って困った顔を松本に見せた。

飯田の言う部屋とは隣の205号室である。


205号室に住んでいるのは名尾という男子大学生だというのは松本も当然知っていたが、前述のとおり昨年7月に出水と飯田が名尾宅を訪れた際に顔を合わせており、特に話をした仲ではないようだったがお互いに顔を知っていた。

だから名尾の部屋に飯田がいても以前に見た顔だから彼の知り合いが来ているのだと判断したようだ。


こうした理由から、ジェントルマンである松本は何の疑いもなく205号室に向かってしまったのだが、もし松本が名尾とよく口をきく仲だったら彼が出水から脅されていたことや隣の部屋で起きている異常事態に気づいて警戒したかもしれない。


隣の部屋の中では出水が台所にあった果物ナイフを持って待ち構えており、そうとは知らずに入ってきて換気扇の調子を見ている松本にこっそり近寄る。

出水は威勢がいい男ではあったが暴力を専門とする武闘派の悪党ではなかったからかなり緊張していたらしく、じっとりと汗ばんだ手で握るナイフを突きつけて上ずった声と引きつった顔で松本を脅した。

「オラ!大人なしゅうせい!殺てもうたろか!おおん!?」


一方の松本もスポーツマンとはいえ荒事には慣れておらず、元々品のない顔を余計ひきつらせて刃物を突き付ける出水を前に声を失う。

その間飯田は驚愕で立ち尽くした松本の後ろに回り込み、部屋にあったビニールひもで後ろ手に縛りあげた。


完全にターゲットの制圧に成功した出水と飯田は縛られた松本を彼の部屋である203号室に引っ立て、そこで足も縛った。

完全に身動きできず恐怖に震える松本は飯田にナイフを突きつけられ、出水は部屋内を物色して金品を探る。

やがて航空大学校合格を祝って東京在住の母方の伯母がくれた五万円の他に現金三千円とキャッシュカードが見つかって出水に奪われ、暗証番号も吐かされた。


それでも満足できない出水は「もうないんか?殺てまうぞ!」と、さらに金品を要求する。


出水はチンピラらしく先ほどから「殺す」という脅し文句を何度か使っていた。

当初から松本を本気で殺すつもりがあったかどうかは分からない。

だが、本当に殺す気になったような言動をし始める。

「金ないんやったらもう死ねや。こっちはどっちみち殺るつもりやったけどな」


こいつは行き当たりばったりな性格であり、直情的に行動をエスカレートさせる傾向があったから、勢いのままその気になったのかもしれない。


「ツレに貸した金と…、あと、あと、サラ金からも借りてくるから!やめてくれよ!」

「たった五万円で殺さないでくれよ!頼むよお!」

「黙ってるから!警察には絶対言わないからさ!約束するって!」


死の恐怖を存分に感じている松本は出水の雰囲気から自分を殺害するつもりであることに気づき、泣きながら命乞いを始めた。

これから夢に向かって走り出そうというのに死ぬなんて絶対にごめんだ。


だが、この必死の懇願は出水のような社会のゴミには逆効果であったようで、加虐の炎を余計にたぎらせる結果となる。


「死ぬ前に気持ちええことさせたるわ」

いたぶるようにそう言い放つや「正美、コイツにまたがってイカしたれや」と、飯田に松本と性交するように命じたのだ。


「いや!絶対にいや!!」

飯田は当然拒んだが、結局いつもどおり強引な出水の言いなりになる。

服を脱いで縛られたままの松本の下半身からズボンとパンツをおろしてまたがり、性交を始めたのだ。


飯田は20歳とはいえ性的魅力に乏しい小汚い女だったが、23歳の男の体は正直であった。

松本は気持ちよさそうな顔をするようになり、飯田も反応して体をのけぞらせる。


性交を命じた出水だったが、自分の女が他の男とヤッて感じているのを見て面白くなくなってきた、というか腹が立ってきた。

「もうええわ!やめいや!!」

飯田を松本から引き離すと代わりに自分が飯田の中に入って絶頂に達し、行為を強制終了させた。


「さて、もうそろそろ死ねや!」

自分が命じたこととはいえ、自分の女とヤッた奴なら何のためらいもなく殺せる。

この異常な3Pの狙いはそこだったのではないだろうか?


しかし、いざ殺そうとした時に手足を縛っていたビニールひもが緩んで手足が若干動くようになっていた松本が窓側に転がって立ち上がり、外に向かって大声で叫んだ。

「あああああ!!殺されるうううう!!」


この大声は近所の住民にも聞こえていたことが後に分かっているが、間に合わなかった。

直後に出水に羽交い絞めにされて刃物で背中を刺されたからだ。

飯田は前から腹を刺し、二人は胸、頭を刺し、喉を切り裂く。

血まみれになって崩れ落ちた松本はさらに首に電気コードを巻き付けられ、とどめとばかりにしめ続けられて絶命した。


夢の実現に手が届くところで、しかも23年という短い生涯を絶たれる無念はいかほどのものであろうか。

松本が出水と飯田に向けたこの世で最後の言葉は「恨んでやる…」だったという。


何の落ち度もない有為な青年を殺した出水と飯田は205号室に戻って返り血を浴びた衣類や血を拭いたタオルなどを放置し、無神経にも16日の早朝まで寝た後アパートから姿を消した。

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