1994年・青山学院大生強盗殺人事件～ゴキブリカップルに奪われた大空への夢～

第2話 ゴキブリカップルの企み

松本が自室の203号室で過ごしていた頃、隣の205号室には出水智秀（20歳）と飯田正美（20歳）という男女がいた。

二人とも20歳だが学生ではない、ばかりかこの部屋の住人ですらない。

出水は窃盗や傷害で少年院に入ったこともあるケチな悪党であり、飯田は昨年出水に名古屋の繁華街でナンパされて以来その彼女となって一緒に行動しているろくでなしのカップルである。

二人は働くことなく手っ取り早く金を得ようと、日本各地を転々としながら車上荒らしや盗みなどを40件も繰り返してきたクズたちだ。

この205号室の本来の住人は宮崎県出身の大学生、名尾満男（仮名・20歳）であったが、2月6日に帰省して不在であった。

いや、逃げ帰ったと言った方が正解だ。

名尾は現在自分の部屋に居座っている出水に脅されていたからである。

彼は中学時代に飯田と付き合っていた時期があるのだが、その縁で前年の1993年（平成5年）7月に飯田が出水と一緒に205号室を訪ねてきたことがあった。

思春期の淡い思い出がよみがえって飯田との会話が弾んだところ、一緒に来て背後に控えていた出水に「オレの女にナニ慣れ慣れしゅうしとんのや！」と因縁をつけられ、それから二度にわたって金を脅し取られていたのだ。

要するに美人局をかまされていた。

出水たちは窃盗よりそちらの方が金になると考えたらしい。

今回実家に逃げ帰ったのは春休みということもあるが、先々週の2月6日に出水から電話がかかってきて「また近いうち行くから金用意して待っとれや！」と脅迫されて怖くなったからである。

やがて出水と飯田は名尾から三度目の恐喝をしようと2月11日に205号室へやって来たが留守で鍵がかかっていたため、ベランダ伝いに侵入してずうずうしくも逗留を続けた。

名尾が帰ってくるのを待つためだ。

その間、無一文だった二人は部屋内の金目の物を物色して見つけた現金を使ってコンビニで買った弁当を食べ、空き箱は散らかしっぱなし。

セックスをしては床や布団を汚染するなど、数日間他人の部屋でやりたい放題してきた。

ゴキブリそのものの奴らである。

見つけた現金をほぼ使い果たすと、部屋にあったテレビを質に入れようと質屋に電話したが、学生証と印鑑が必要だと言われて断念していた。

2月15日には彼らの所持金は数百円を下回るほどになっており、かなり追い詰められた状態に陥る。

衝動的で短絡的な出水は「ここにいても金にならないし死ぬしかない」などと悲観して前々日と前日にはこの部屋で飯田と心中しようとすらしていたが、残念ながら成功しなかった。

部屋の主の名尾や大家には悪いが、こいつらがこの時にめでたく死んでくれていれば事件は起きなかったのだ。

死ぬこともできず八方ふさがりとなった出水だったが、生きるための行動を思いつく。

生まれつき頭が悪くて金がなくなったら平気で盗みをする男の考えることだからもちろん犯罪である。

それはこのこぎれいなアパートの住民を襲って金を奪うことであり、標的は隣室の203号室の住人。

すなわち松本浩二だ。

昨年名尾を恐喝しにここを訪れた際に顔を合わせたことがある大学生だと出水は記憶していた。

何となく自分とは対極的な育ちのいい感じの奴だったから、金を持っているに違いない。

出水は単純にそう考えていたようだ。

だが、強盗という大それた犯罪であっても彼らは綿密な犯行計画を立てていなかった。

とにかくやってしまってから考えようとしてたと思われる。

このように思い付きのまま行われ、最悪の結果で終わることになる犯罪が今まさに始まろうとしていた。