1994年・青山学院大生強盗殺人事件~ゴキブリカップルに奪われた大空への夢~

44年の童貞地獄

第1話 幸福な青年

1994年(平成6年)2月15日夜、東京都世田谷区野毛のアパートの203号室でくつろぐ青山学院大学四年生の松本浩二(23歳)は間違いなく幸福の絶頂にいた。

来月に大学の卒業式を終えた後は夢の実現に向けた第一歩を踏み出すことができるからである。


彼は在学中に国が設けた公的エアライン・パイロット養成機関である航空大学校の入学試験に合格しており、春には長年の夢であった国際線パイロットになるための訓練が始まるのだ。


進学先の航空大学校は宮崎県にあるため、あとちょっとしたら自分が今いるアパートを引き払って東京を離れなければならない。

だが、学生生活を送った地とのお別れはやはり名残惜しいものだ。


思えばこの四年間の大学生活は極めて充実したものだった。


高校時代は短距離の選手として地元和歌山県から近畿大会に出場したほど運動神経抜群の松本は青山学院大学入学後ヨット部に入部、そこでも素質を開花させて三年生の時には全国で三位に輝くほどの成績をおさめている。

だからと言って体育バカではなく頭脳も明晰で、他の大学生が遊びに呆けている間も学業をおろそかにしていなかった。

そうでなければ入学試験の競争率が七倍から十倍の航空大学校に入れるわけはない。


おまけにスポーツマンらしく性格もさわやかで人望もあった松本は、まさに非の打ちどころのない好青年であったと言えよう。


地元和歌山県の母親からは実家に帰ってくるよう電話で言われていたが、松本は思い出深い東京にしばらく居続けるつもりだった。

新天地の宮崎県に向かう前に、残り少ない花の東京ライフをかみしめながら過ごそうとしていたのだ。


だが、後に母親はなぜもっと強い調子で「帰って来い」と言わなかったのかと悔やみ続けることになる。

なぜならこの日は息子の夢ばかりか命までもが永遠に絶たれる日となるからだ。


ちょうどこの時、松本の住む部屋の隣室にその災いをもたらすことになる悪魔たちが潜み、邪悪な企みを実行に移そうとしていたことを彼はまだ知る由もなかった。

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