第27話 見えないもの
(山田視点)
俺、山田大地は阿西一雄と共にコートサイドにあるベンチで動体視力を上げる為のトレーニングを行っていた。顧問の木村先生に渡された機械にはいくつものボタンが設置されている。恐らく何秒間の間に光ったボタンを押して、また光ったどこかのボタンを押す。それを繰り返して動体視力を鍛えるというものなのだろう。
今日はこの機械を使って、トレーニングをしろと言われた。このトレーニングは動体視力を鍛える為には打ってつけだと思ったので気合は十分。モチベーションは高まっていた。木村先生から使い方を教わり、俺達はトレーニングを始めることにした。まずは30秒コースでやることにした。
「よし、やるか」
「おう」
最初にやるのは阿西。阿西がスイッチを押してスタートした。ボタンが光り、阿西はそれを押す。そしてまた、別のボタンが光り、それを押していく。どこのボタンが光るか全く分からないので阿西は少し戸惑っている感じだった。記録は22回。機械の側にはこの機械でトレーニングを行った人達が何回押したかの歴代上位記録が載っていた。1位は34回で、2位は33回、3位は32回ということらしい。1秒間に1回以上のペースになるので凄く速いペースだ。その領域までたどり着けば、全国でも戦えるだけの動体視力を身に付けられるかもしれない。
次は俺が挑戦した。実は俺はこういったトレーニングを受けたことがある。怪我をする前だったがその時の記録は数年前だったのでよく覚えていなかった。だが、やり方は知っているつもりだから、今はその時の感覚があることを願っていた。
俺はスタートしてすぐ光ったボタンを押し、その後も順調にボタンを押し続ける。しかし、終了2秒前で押し間違いをしてしまい、そのまま時間切れとなった。記録は24回。前、やった時とはもっと上手く出来てたイメージだったので、あの頃と比べるとやはり良くないパフォーマンスだろう。これからもっとパフォーマンスを上げないといけない、そう実感させられた。
「お疲れ。最後、ミスったのに俺より上とはな、凄いな」
「前に一回やったことがあってな。やり方を知っていたんだ」
「そうなんだ」
「せっかく歴代記録も書いてあるみたいだし、できるなら、トップを目指したい」
「向上心の塊だね、山田は」
「全国…目指したいからね」
「そうだな…俺も頑張らないと、そういえば、山田は遠野との試合でゾーンに入ってたらしいけど、ゾーンに入った時ってどういう感覚なの?」
「ゾーンに入った時か…そうなった時は周りの音があんまり聞こえなくなるな。プレーにだけ集中して、本当に研ぎ澄まされた感覚って感じかな」
「なるほどね。その状態になったらもう手がつけられないよね」
「そうだな。いわゆる超集中状態だから通常よりもパフォーマンスは確実に上がるだろうね」
「俺、あんなの初めてみたからさ、びっくりしたんだよ。しかも、山田だけじゃなくて遠野までそれっぽい感じになってたから」
「遠野もあの試合、ゾーンに入りかけてたな」
「うん。びっくりした。でも、遠野は初めて会った時もあんな感じだったな」
「初めて?」
「実は遠野とは入学前に一回会って、試合もしたんだよね」
「そうなのか。だからよく話しているのか」
「うん。遠野を初めて見かけたのはこの街にあるテニスコート場の壁打ち場。凄い集中力でさ、周りの大人達も感心して立ち止まって見てるほどだった」
「その時からゾーンの原型は出来てたのかもな」
「それで声をかけたくなって声をかけて知り合って試合もした。まあ、途中で終わっちゃったけどね」
「途中で?」
「遠野は喘息持ちらしくて、途中でその症状が出たみたいで、試合はそこで終わったんだ」
「…遠野が喘息持ち?」
「そうみたい。でもさ、俺、本当にそれだけなのかなって思ってさ」
「言いたいことは分かる。遠野は俺達に話していない何かがあるってことだろ」
「うん。遠野の家に行った時、暖かい雰囲気で良いなって思ってたんだけど、なんか哀愁ただようような雰囲気もあって」
「遠野にもそういう雰囲気はあるな。いつも、普通に接してはいる感じだが」
「何か事情があるんだろうとは思うけど、あんまり深入りするのも良くないと思って、過去の事は聞けないんだよね」
「そうだな…」
確かに人の過去にあまり深入りするのは良くない。本人の口から言うまではその事については触れない方が良いと思う。しかし、やはり気になる部分があるのも事実だ。遠野がなぜかスマッシュを打たない事。本心が見えない時がある事。九州から沖縄に引っ越した訳を言わない事。これらの事にはつながりがあるのだろうか、そう考える時はあった。特にスマッシュを打たないという事についてだ。スマッシュが大の苦手なのかもしれないが、遠野の技術を考えれば、あまりそれは考えられない。
スマッシュが打てないと、この先の大会で必ず致命傷になる。そう考えているからこそ、その理由を知っておきたいんだ。この先、全国を目指す仲間として、部長として、出来ることは何でもしたいと思っているからこそ。
阿西と会話している途中、マネージャー達がやってきて、飲み物を渡してくれた。
「飲み物持ってきたよ〜、休憩がてらに飲んで、飲んで〜」
「ありがとう。何が入ってるんだ、これ?」
「レモンと蜂蜜とかは入ってるよ。ビタミンとかミネラルとかも不足すると思うから、それが入ってる物も入れてる」
「へ〜そうなんだ。よし、山田、飲んでみようぜ」
「うん」
飲み物を飲んでみると、とても美味しかった。運動で不足する部分も補われているらしいし、味の調整もしっかりされていた。ここまでのドリンクはあまり飲んだ事ない。凄い完成度だった。
「凄いね、これ。とっても美味しい」
「ほんと、ほんと、俺、結構好きな味だわ。商品にでもできるんじゃないか」
「ふふ笑、ありがとう。でも、味調整する時に蜂蜜を入れようと提案したのは香里奈なんだよね」
「そうなのか?」
「え、はい。そっちの方が美味しくなると思って…美味しく召し上がってくれて良かったです」
「ああ、とても美味しいよ。これからもこれ、作り続けると嬉しい」
「はい!頑張ります!」
(阿西視点)
(そりゃ、モテるわな)
山田はこれを無意識に言ってしまう男なのだろう。俺もこんなにさらりと褒められる人間になりたいと俺、阿西一雄は思ったのであった。
部長で部内No.1の実力を持ち、勉強も出来てルックスも抜群で頼りがいのある性格、こんな完璧超人みたいな人と出会えたのは良かった。俺の良き目標だ。テニス面でも、俺は山田には敵わない。実際、部内でも、山田を完全に負かしたという者はいない。皆んながこの山田の牙城を崩そうという気持ちだろう。もちろん、それは俺も同じで。超えたい壁が目の前にある。それに感謝しながら、俺はトレーニングを再開した。
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