第26話 他者の為

(遠野視点)

俺、遠野悠馬は国吉真斗と共に筋力トレーニングを行う為に学校のトレーニングルームを使うことにした。ダンベル、ぶら下がり健康器などあらゆる筋力トレーニングをする為の道具が置かれている。俺達にとっては最適なトレーニング環境だった。


俺達は筋力不足が顕著な2人だったからこれらの道具を扱うのに苦労していた。でも、これをしっかり使ってトレーニングしていけば、試合でパワーのあるショットが打てるようになって試合を有利に進める為のショットが打てるようになるはず。そう思ったから多少きつくてもトレーニングを頑張ることができた。


トレーニングはぶら下がり健康機が2つあって俺と国吉が並ぶような形になっていた。国吉からの提案でどっちが最後までぶら下がり続けられるか勝負しようという事になり、勝負することになった。


「絶対勝つわ」


「俺も負けるつもりないぞ」


「じゃあ、負けたら帰りにジュース奢るってのはどうだ?」


「ふふ笑、良いよ」


「よし、決まり、いくぞ」


「おう」


こうして帰りのジュースを賭けた筋力トレーニングが始まった。開始から数分が経ち、先に疲れたのは国吉の方だった。ちらりと横を見ると国吉はヘトヘトな顔をしている。この状態だともって後1分ぐらいだろう。そう思っていた。しかし、1分以内に国吉が落ちる事は無かった。国吉は落ちそうで落ちない。必死に耐えていた。


そして今度は俺の方が苦しくなっていた。しかし俺も負けたくないのでまた息を入れ直して腕に力を入れた。それから3分経って、先に落ちたのは国吉だった。俺も国吉が落ちた直後に棒から手を離した。俺も体力の限界だった。


「はぁ、はぁ…くそ〜負けたぜ」


「はぁ、はぁ、めっちゃ疲れた。飲み物飲んでくるわ…」


「おーう」


俺は飲み物を飲みにいったが、ひしひしと感じていた。このままでは俺は国吉に抜かされる。

今日の最初のラリーと、今回のトレーニングでそれを痛感させられた。国吉の粘り強さは凄かった。もし、あれがテニスの試合中にも出るようになれば…、そう考えてしまい、恐ろしい気持ちになった。しばらく休んだらまたトレーニングだなと飲み物を飲んでいる最中、そんな事を考えてトレーニングルームに向かうと、


「え…」


そこにはトレーニングルームでダンベルを使ってトレーニングしている国吉の姿があった。さっきまであれほど、くたびれた表情をしていたのに、もうトレーニングに戻っていた。


「…もうトレーニングしてるのか?」


「ああ、もっと筋力つけたいからな」


「そうなのか。でも、さっきまでトレーニングしたばかりだから、少しは休んだ方が良いんじゃないか」


「んー、まあ、それもそうだな。休もう」


そう言って国吉はダンベルから手を離して飲み物を飲みに行った。


彼には休んだ方が良いと言ったが、半分は本当に休んだ方が良いからという思い、もう半分は

これ以上強くなったら、もう届かない所までいきそうという恐怖心、劣等感からくる、これ以上強くなるのを止めさせようという負の感情だった。


最低だ。最悪だ。そんな相手を引っ張るような事をするなんて俺が一番嫌ってる事なのに。俺は自分の腕で自分の頬を殴った。


しっかりするんだ。相手が成長しているのなら、自分ももっと成長する。その為にやるべきことをやる、正々堂々と。そう決意して俺は足の筋肉をつける為のトレーニングを始めた。


トレーニングを再開して数分が経ち、国吉が戻ってきた。


「ふ〜、水美味かった〜、って足のトレーニングしてたのかよ」


「うん、負けてられないからね」


「自分にか?」


「そうだね。自分もそうだけど、この前負けた山田とかにもリベンジしたいし、その他色んなことに」


「確かに山田には勝ちたくなるよな、あんなもの見せられちまったら。俺も頑張らないとな」


「さっきの国吉の粘り、凄かった。あんなに苦しい顔してたから、正直、勝てると思ってた。でも、それは間違っていた」


「はは笑、だろ、俺は意外と粘るんだよね。まあ、スターになる為には必要だよな。粘り強さ」


「よくスターになるって言うけど、どうしてそこまでスターになりたいの?」


「そうだな。やっぱカッコいいじゃん、スターって。人を惹きつける何かがあって、皆んなの希望になる、皆んなを笑顔にする。それに…」


「それに?」


「それに俺がそういう存在を目指す理由はもう一つあってな。俺には弟がいるんだよ。名前は律っていって、今は小4の年齢になるな。律は6歳の時に病気になってずっと病院に入院してるんだ。ずっと寝たきりで小学校にも行けず、喋り相手は親と俺と看護師の人くらいだ。それに治療の為に辛い思いもいっぱいしてきたんだ。あいつの心は疲れきっちゃったんだよ。一時は完全に塞ぎ込んでた時もあったな」


「…」


「少しでも律に元気を出させる為に一緒にゲームをしたり、笑わせようとしたりとか色々な事をした。そして律が一番興味を示したのは俺の運動会のビデオだった。俺がリレーで走っている姿が一番あいつの心には残ったらしくて。律は俺が活躍している姿を見るのが好きみたいなんだ。だから、俺がスターになっていつか大きな存在になれば、もっと律を元気に、笑顔にさせられる、そう思ったから俺はスターになりたいと思った。元々、そういう存在に憧れもあったし」


「そうだったのか。…凄いな国吉は」


「はは笑、まあ、こんな感じだ。スターになる為にはそれ相応のことをしないと行けないからな」


この男は凄い。才能面もそうだが、何よりも他者の為に頑張れる力を持っている。日本高校テニス界スターになる為の心技体をこれから正に持とうとしている。俺はこの原石のような存在が今日、部室で見たときよりも眩しく見えた。


話が終わった直後に、マネージャー達がやってきた。飲み物を持ってきてくれたみたいだ。


「遠野、国吉〜、おつかれ〜、練習頑張ってる?」


「うん。さっきまでトレーニングしてたよ」


「おう、バリバリやってたぜ、もうヘトヘトだ」


「ふふ笑、2人ともお疲れのようですね。飲み物があるので、良かったら飲んでください」


「お!飲み物だ、やったぜ!」


「ふふ笑飲み物は凛さんから受け取ってください」


凛が飲み物を持っているようだが、どこか様子が変だ。いつも3人並んでいるのに、今日は2人が前で凛がその後ろに立っている。そこが少し気になったが、まあ、気にしすぎだろう。俺は凛から飲み物を受け取った。


「…2人とも、はい、これドリンク」


「ありがとう」


「ありがとな」


「どう、練習の調子は?」


「バッチリだよ。遠野とトレーニングしてるとめっちゃ刺激になるし」


「うん。俺も、それにここのトレーニング器具良いの多いし、しっかりやれば絶対強くなれる気がする」


「そ、そうなんだ。頑張ってね」


「うん。頑張る」


「ん…?」


マネージャー達はドリンクを渡してから去っていた。


「なあ、遠野?」


「ん?」


「榎本とは確か幼馴染だよな?」


「そうだよ」


「で、高校で再開したんだよな」


「うん」


「そうなんだ。分かった」


「?」


急に俺と凛のことについて聞いてきた国吉だったが、質問の意図はよく分からなかった。飲み物を飲んで俺はトレーニングを再開した。




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