第25話 テニスを始めた理由

(喜納視点)

俺、喜納佳明は赤嶺朝日と共に壁打ち場でサーブの課題トレーニングを行っていた。俺はコントロール、赤嶺はパワーの強化を図る為であった。


「なんだこりゃ…」


壁打ち場に向かってみると、壁打ち場は2つの場所に分けられるように線が引かれていた。一つは壁に小さい金属の輪っかが取り付けられている。そしてもう一つには壁に岩が取り付けられている。


「つまり、俺はこの輪っかにサーブを入れ、赤嶺はサーブを岩に当てて落とす事をすれば良いって訳だ」


「そうみたいだね」


とはいっても、これはかなり難しそうだ。輪っかはボール2個分の大きさしかないし、岩の方も岩自体は大きいが岩と壁が何でくっつけたかは知らないけど、ぴったりとくっついているから、これを落とすのは大変そうだ。


「やるか…」


「うん」


実は赤嶺とはあまり話した事がない。俺と赤嶺は別のクラスでもあり、俺は遠野、国吉と、赤嶺は宮城、与那嶺、坂田と一緒にいる事が多かった。グループや派閥が出来てる感じでは無かったが、同じクラスや塾が一緒だったりといったつながりで多く関わっている人とそうでない人に分かれている感じだった。俺、遠野は同じクラスで、遠野、国吉、俺は部員スカウトの時に出会った3人。赤嶺の方は宮城とは高校の塾で一緒だったらしく、与那嶺とは同じクラス。坂田とは中学校時代の塾が一緒だったらしい。


しかし、こうして話す機会ができたのだから練習の合間に喋ってみたいと思った。少し聞いてみたい事もあったのもそう思った理由だった。でも、そんな思いを忘れさせる程、この課題トレーニングは難しいものだった。 


まず、打つ場所が指定されていて指定された位置からではセンターへのサーブを打つようにしないと当たらない。俺は前からワイドへのサーブは得意だがセンターへのサーブは苦手だった。

さらに、金属の輪っかはボール2個分で中々あの中に当てようとしても、上手くいかない。どうすればいいのか今の俺には全く分からなかった。


赤嶺の方も、岩に当ててはいるが全くビクともしていなかった。赤嶺の普段のサーブは回転を掛ける事を重視した、いわば、入れる為のサーブを多様していたから普段の赤嶺のサーブの威力だとあの岩を落とさせるのは難しいだろう。


赤嶺はパワーを上げる為にスイングスピードを上げた。しかし今度はサーブが岩に当たらなくなった。当てる事に重視する余り、コントロールするという事を忘れてしまったからであろう。赤嶺はパワーとコントロールのバランスに苦しんでいたのだ。


「そっち難しい?」


赤嶺が俺に問いかけた。


「うん。俺のはあんな小さい輪っかに入れなくちゃいけないんだから、大変すぎるよ」


「そっか。それならスピード落としてコントロールすれば良いんじゃない?」


「ううん、だめだ。それじゃ当てる事はできても、試合では使えない」


「そうだった。ねえ、パワーとコントロールの両立したサーブを打ちたいけど、どうすれば良い?さっきからパワー重視しすぎてコントロールできなくなっちゃって…」


「ん〜やっぱり力任せに打ちすぎてるんじゃないか?それに赤嶺のサーブは全部スライスサーブになってる。テニスのサーブはスライスサーブだけじゃなくてフラットサーブやスピンサーブだってあるんだ」


「へ〜そのフラットとかスピンってのはどうやって打つの?」


「フラットは今まで打ったサーブより少し左側にトスしてボールを真正面から叩くように打つサーブでスピンはそれよりもさらに左側、頭の真上ぐらいに上げて打つサーブだ。威力が強いのはフラットサーブだからそれを練習してみたらどうだ?」


「そうだね。やってみるわ」


赤嶺はフラットサーブを打とうとしたが、少しスライスサーブ気味だった。今までスライスサーブばかり打ってきたからだろう。体にそのフォームが染み付いているのだろう。何回もやっているがやはりスライスサーブになっている。正直、早く自分のトレーニングに戻りたかったが、なんだか焦ったい感覚になったので俺は赤嶺にフラットサーブの手本を見せる事にした。


「赤嶺、今からフラットサーブ見せるからよく見といて」


「あ…分かった」


少し唐突に言ったから赤嶺も少し驚いた感じだったがこのまま放っておくのも気持ちがモヤモヤしたので俺は見本のフラットサーブをしっかりと打って赤嶺にトスから打つまでの指導を始めた。


「ボゴーン」


「こうやってサーブをスライスサーブよりも左側にしながらしっかりと打つ瞬間までボールを見て…あ…」


「喜納?」


「…ごめん。赤嶺、ちょっと試したい事があるんだ。少し時間ちょうだい」


「うん」


「バゴーン」


俺はここで自分が良く打つFSサーブを打った。


(やっぱり)


俺はここでとある事に気づいた。俺はサーブを打つ時に打球の瞬間までボールを見ずに一瞬早く打つコースを見てしまう癖があるのだ。これで体が開きやすくなりワイドサーブになりやすくなりセンターへのサーブが打ちにくくなっていたのだ。


「何か掴めたの?」


赤嶺がそう問いかける。


「ああ、赤嶺のおかげかもな」


「俺が上手く打てなかったから笑?ひどいなーそれは」


「あ…違う、いや、そんなつもりはなかったんだ。ごめん」


「大丈夫笑、それに今の喜納のサーブ見てコツ掴んだかも」


「まじか」


「見てみて」


赤嶺はサーブを打った。それは今までとは全く違った打球だった。ボールが速くなっている。ボールだけじゃなく、トスもフォームの位置も変わっていた。トスはしっかりとスライスサーブより左側の位置にトスされているし、フォームもより自然な形のフォームになっていた。


しかし、たった一度俺のサーブを見ただけでここまで変わる物だろうか。部内戦の時から感じていたが、やはり赤嶺の才能は凄い。普通ならこんな見ただけで上手くなるなんてアニメや漫画の世界ぐらいでしかあり得ない。それをやってのけるという事は赤嶺は本当に天才なんだろう。そしてそれは国吉も。このテニス部は何故か天才が2人もいるという異常事態になっていたのだ。


俺達はその後、練習を続け、課題達成に確実に近づいていた。練習中にマネージャー達がやってきて飲み物を貰ったので、休憩時間とすることにした。


「ぷはー、これ美味しいな〜」


「確かに、めっちゃ上手い、そういえば赤嶺はテニスやる前はゴルフやってたんだっけ?」


「うん。そうだよ」


「高校からテニス?」


「うん。…ふっ笑、何で高校から急にテニスを始めたかって顔してる」


「え、いや…」


正直その通りだった。俺がそう思ったのは赤嶺がゴルフで新聞に載っているのを見たからだ。スポーツで新聞に載る人は大会で優勝や準優勝になった人ぐらいだ。だから赤嶺はゴルフでは優秀な成績を収めていたはずだ。そんな人がなぜ急にテニスを始めたのかが気になっていた。

それが赤嶺に聞いてみたい事だった。


そしてその事について赤嶺が話し始めた。


「俺、ゴルフは小2の頃からやってたんだ。父さんが元々ゴルフやってて、父さんのゴルフに付き添うような形でゴルフ場に行った時、やってみるかって言われてさ、それでやってみたら、結構上手く打てたぽくってさ」


「凄いな」


「ふふ笑、そしたら父さんが母さんに言ったんだよね。朝日にゴルフをやらせようって、それから俺の両親は俺にゴルフを教えたり、スクールに通わせたりした。そしたら俺はゴルフが上手くなっていて小5ぐらいになったら、俺は県トップクラスのゴルフプレイヤーになっていた」


凄い話だ。彼の両親も彼の才能を見込んでゴルフを始めさせたのだろう。彼は本当に運動ならなんでもできる運動神経の良い人だった。


「でも、大会では良い成績を残しても、あんまり楽しくなかったんだよね。何というかゴルフに対して興味がそんなに無かったって感じで」


「え…」


「親や周りの人から凄く期待されていたのもあって、その事を中々言えなくてさ、ゴルフを続けてたらいつかゴルフの楽しさに気づけるだろうって思ってた。でも、俺はゴルフの楽しさに気づけなかった。そして中3でゴルフを辞める決断をした」


赤嶺はしたいと思わないスポーツを何年もやって、結局楽しさに気づけぬまま、ゴルフを辞めてしまったのだ。自分のモチベーションと周りからの期待に大きな違いがあったのだという。


今までやってきたスポーツを辞めるというのは大きな決断のように思う。期待していた周りの人達の落胆する姿、辞めるのを反対する姿なんて容易に想像できる。そういう事が起こることを覚悟した上で赤嶺はゴルフを辞める決断をしたのだ。俺は才能があるのなら、たとえ楽しくなくてもやるつもりだから、そんな決断ができる赤嶺をどこか凄いと思った。



「一応、両親含めた周りの人達は反対してたけど、それでも説得して納得してもらって、ゴルフを辞めて、高校では何か新しいスポーツを始めようと思ったんだ。で、それがテニスだった」


「そうなんだ」


「その時に、山田に誘われて今までテニスの事知らなかったけど、行くあてもなかったからテニス部に入ったんだ。もしかしたら面白いかもって思ったし」


「そっか、…それでテニス面白い?」


「まだ面白いってはっきり言えないけど、奥深いスポーツだなって思った。正直、テニスってパワーさえあればオッケーなのかなって思ってたけど、遠野や山田の試合見て、そうではないんだなって思った」


「遠野や山田には明確な戦術があってそれで試合を戦っていた。そうやって自分の実力を引き出していって、試合中にこんな事ができるなんて凄いなって思った」


「あいつらは凄いよな。俺もあそこまで考えて打ってる人あんまり見た事がない」


「そうだよね。それでテニスはやり方次第で戦況をがらりと変えられるスポーツなんだなって思って、興味が出てきたんだよね。今までゴルフやってきた時とは違う感覚だった」


「それは楽しいって感覚かもしれないな」


「かもね。だからもっとテニスやって本当にやりたいスポーツかってのを見極めたいんだ」


「そうか。テニスは面白いスポーツだと思うよ。これからもっと楽しくなるよ」


「うん。だから今与えられている課題トレーニングもちゃんとやりたい。…もしかしたら喜納よりも先に課題クリアしちゃうかもよ笑」


「…ふふ笑、それはどうかな。俺はもう課題クリアのヒントは掴めてるよ」


「俺もだよ笑、じゃあ、どっちが先に課題クリアするか勝負だね」


「臨むところだ」


こうして俺達はまた課題トレーニングに取り掛かった。赤嶺の事を少し知れたし、仲も深まった感じがする。後は課題トレーニングをクリアするだけなので頑張りたい。そして赤嶺よりも先にクリアする。俺達は個人でのトレーニングだったはずだったのに、いつまにか対人戦のような形となって残りのトレーニング期間を過ごすことになった。


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