第24話 長距離走

(坂田視点)

俺、坂田大輔は与那嶺修と共に課題トレーニングに取り組む事になった。俺達に課せられたトレーニングは、校外での長距離走。コースは指定されていてその場所は徳崎公園。蒼京学園の近くにある公園で徳崎市で最も広い施設と言ってもよい。この公園にはランニングができるループ道路がある。1週2.5kmの大きなループ道路だ。今回走るのはこのコース。ループ道路を2周、つまり5kmを走る事になった。


しかもただ走るだけでなく、今日一緒に走る与那嶺と競走しろというものだった。与那嶺は小学校時代陸上部をやっていたという事なので、走る事は得意なはずだ。だが、俺だって野球をやっていた身だ。走力で負けるのはやはり悔しいものがある。今日は全力で勝ちに行くつもりだ。


「まさか、長距離走するなんてね」


「俺もびっくりだ。でも、元陸上部の人と走れるなんて幸運だ。今日は本気で勝ちに行くわ」


「…こっちも今日は負ける気ないから全力で行く」


何か間があったのが気になったが、与那嶺の方もモチベーションは高いようで良かった。お互い良い勝負ができる。


徳崎公園に移動した俺達はスタート位置についた。


「そういえば、与那嶺は陸上部の時は長距離選手だったのか?」


「ううん。俺は短距離選手だった」


「そうなのか、どうりで足速い訳だ」


「ありがとう。でも、それだけじゃテニスは勝てないみたいだ。まさか、足の速さを利用されるとは思わなかった」


「ああ、遠野との試合か。確かにな。遠野は対応力半端ないよな」


「うん。それに山田には走らされまくって体力負けを喰らった。まさか、陸上部だった俺がそんな負け方するなんて思わなかったよ」


「あれは、俺もびっくりした。しかも、あれまだ100%じゃないんだろ」


「…本当凄い部長を持っちゃったよ。でも、負けっぱなしではいられないからね。部内戦で負けた2人にはいつかリベンジしたい」


「だよな。じゃ、そろそろ始めようぜ。そうだなあの時計で次の分になったらスタートするってことにするか?」


「オッケー」


そうして俺達はスタートの時間を待った。時計が11の文字に差し掛かり、12の文字に到達した所で俺達はスタートした。


最初の200mは並走していた。そして、200mを過ぎた辺りから与那嶺はペースを落としていた。俺はそのままのペースで走っていたので与那嶺との差がどんどん広がっていく。このコースは800m地点で大きな下り坂があり、そこで俺と与那嶺の差が更に広がった。


そうして俺は1800m地点の登り坂に差し掛かった。ここはかなりの急勾配で走り登るにはかなりのスタミナが必要となる。坂を登ってみるとやはりきつい。足にドッシリとくる感覚。かなり足に来る。これは確かに飛ばすときついかもなと感じた。


(全く足音が聞こえない…)


与那嶺は俺のかなり後ろを走っているようだ。

ラスト1周に向けて体力を温存しているのだろうか。ちらりと後ろを見たが200m後方にも与那嶺の姿はない。かなりの差がついてる。ここから逆転できるのか、そう思いながら走って1周目を通過した。


その後も与那嶺の姿は見えず、2周目の登り坂に差し掛かっていた。やはりここまで来ると体力がきつい。確実にペースが落ちているのを感じていた。加えてこの登り坂。ペースがまた落ちる。俺は坂の事をあまり考えないで走ってしまった。ペースが少し速かった。


坂の4分の3を登り終えた。例え、このペースでも与那嶺の位置次第では勝てる。そう思い、またもやちらりと後ろを見た。すると、与那嶺は俺の60m後ろにいたのだ。1周目の時にあった200m以上の差をここまで埋めたというのか。


坂を登り終え、残り500mといったところか。差は40m。俺は最後のスパートをかけようとペースを上げた。しかし、足が重い。中々ペースを上げれない。そして、足音が迫ってくる。


(やばい、来てる)


これは間違いなく与那嶺の足音であった。どんどん近づいてくる。それから俺は並ぶ間もなく与那嶺にかわされた。今日の長距離トレーニングは完全に俺の負けで終わった。


それからマネージャー達から飲み物を渡され、俺達は休憩していた。


「あー今日は負けたぜ。坂きつかったー」


「本当にきつかった」


「お前、よく最後ペース上げれたな」


「先生からペース配分を意識して走れるようにって言われたからね。とにかくバテない事を意識して走ってた」


「木村先生に?」


「うん。多分俺は今まで短距離だったのもあって、ペース配分をあまり意識せずにやってきたんだ。それがテニスの試合でも出てしまってたんだ。だから山田との試合では体力負けしたんだ」


「それでペース配分を覚えさせる為の訓練って訳か…」


「多分。…坂田も凄い体力と根性だね。今回の長距離走はギリギリだった。スパートをかけるタイミングをミスしてたら危なかった」


「はは笑、それは良かった。野球やってきた甲斐があったってもんだ」


「…一つ聞きたい事があるんだ。答えられないならそれでも構わないけど」


「何だ?俺が答えられる範囲ならば何でも答えるぜ」


「…どうして野球からテニスに転向したの?」


「…」


「ごめん。答えづらいなら全然…」


「いや、答えよう。もしかして俺の野球やってた時の事知ってる?」


「少し雑誌で見た事あったんだ。沖縄No. 1の野球チームっていうタイトルで写真と一緒に載ってて、そこに坂田も写ってて、しかも中心選手として載ってたから。小学校時代の事だから記憶から無くなりかけてたけど、坂田と出会ってからそれを思い出して気になっていたんだ」


「そうか…。確かに俺は沖縄No. 1と呼ばれる野球チームに所属していた。沖縄No. 1と呼ばれるだけあって練習は相当きつかった。きつい素振りをしてしまえば、叩かれたり、暴言を浴びさせられた」


「それってパワハラじゃん」


「そうなんだよ。で、そんなパワハラ的指導に嫌気が差した俺はコーチやチームの上層部の人と揉めてしまって、それからは野球業界にいられなくなった。俺にはあの環境は合わなかったみたいだ。それできっぱりと野球を辞め、違うスポーツを始めることにしたんだ。そして始めたスポーツがテニスだったんだ」


「そうだったのか…。ごめん。辛い話させちゃって」


「いや、良いんだ。それに今は凄くテニス楽しいし。野球やってきたおかげで根性と体力ついたってのもあるし。…まあ、それよりも今はインターハイ。これを目指して頑張りたいと思ってるし」


「そうだね。行こうインターハイ」


「おう。まあその前に…」


「?」


「今日の長距離走の借りを返してからだな」


「それはどうかな」


「めっちゃ強気じゃん」


「俺だって意地があるし」


「はは笑、元陸上部だからか?」


「それもあるし、副部長としての威厳かな」


「…ああ、そうだな」


「おい、忘れてたでしょ。俺が副部長だって事」


「忘れてねえよ笑」


「忘れてただろ笑」


「まあ、とにかく今日の借りは明日返すぜ」


「おう、受けて立つ」


こうやって真剣に楽しくトレーニングができるのは凄く嬉しい。こういう環境にいるからこそより頑張ろうと思った。そして俺はこの自分に合った場所で強くなりたいとより一層思った1日だった。

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