第2話 過去②
(遠野視点)
翌日、学校に行き、教室に入ると、クラス内の空気が一変した。俺が入ると、皆んなが静まり返り、皆んながこちらを見ていた。いつもとは何か違う雰囲気を感じ取った。そして、こういった会話が聞こえてきた。
「来たよ。金間を突き落とした奴だ」
「ストレス溜まってたからって人を階段から突き落とすなんて、本当に人間?」
「真面目な優等生だと思ってたのになー。そんなことする人だとは思わなかったのに」
「ね。本当にショックだわ」
昨日の出来事が瞬く間にクラス中に広まっていた。しかも、俺が故意的に金間を突き落としたことになっていた。
「金間。ちょっといいか?」
「うわ。俺を突き落としといて、まだ何か用かよ」
「やめろよ。遠野悠馬。いくら金間が目障りだからって」
「目障り?」
「だってそうだろ。金間は勉強もテニスもお前と争うぐらいだっただろ」
金間はクラスでは2〜3番目に頭が良く、テニスも上手かった。だからといって目障りと思ったことは無かった。
「いや、そんなことはない…」
「そして、また金間に喰ってかかろうとしてんのか」
「え…俺はただ突き倒した訳ではないって説明したくて…」
「本当にひどい奴だな、お前」
「だから…」
この一連のやり取りは皆んなが聞いていた。
「最低だね。階段から突き落としただけでなく、まだ何か言おうとしてる」
「しかも、謝りもしないなんて人としてどうなん?」
クラス内の空気が完全に俺へのバッシングの空気になっていくのを感じた。俺は何を言っても、悪い方向に捉えられ、俺が金間を突き落とした最低最悪の人物としてのレッテルを貼らされた。今回の事で何となく金間達がこのような事をしてくるのか分かった。恐らく、勉強、テニス、あらゆる面で自分達よりも上にいるという事がよほど気に入らなかったからということだろう。だからといって、他人をこんな卑怯な手で陥れようとする彼らを許す気持ちには全くもってなれなかった。しかし、この状況で何もできない自分にも少し憤りを感じていた。この出来事から皆んな、俺に話しかけなくなり、小学校卒業まで誰とも喋ることなく、小学校を卒業した。
中学校は、エスカレーター方式だったために、小学校のメンバーのほとんどと一緒になった。
小学校のメンバーに加えて外部から来た30人程度の人達を加えた180名程度が入学した。
あの一件以降、小学校では毎日、その事を言われ続けた。それは中学校時代でも続いた。俺はどんよりした気持ちで歩いていた。そうすると、
「あいつキモくね?」
「ああ、あいつだろ。遠野悠馬。あいつ、ヤバいぜ」
そういった悪口が聞こえてきた。最初に言ってきたのは、外部から来た人で、しかも、中学校に入学してからイケメンだと言われて、男女問わず、人気があった人だった。そうスクールカーストというものが、どの学校にもあるかと思うが、彼はそのルックスとコミュ力もあってカーストの最頂点に位置する人だった。
そして俺は、彼についての噂を知っていた。彼は今まで弱そうな人を見つけては、その人を社会的に潰し、不登校にさせるという噂だった。
噂はあまり気にしていなかったが、一度も話したことのない人に対して気持ち悪いと発言するということは、噂は本当かもしれないと思った。
それから数日経つと、俺は小学校時代のことも含めて、完全に学年の嫌われ者になっていった。教室に入ると静まり返ったり、テスト返却の時に自分の名前が呼ばれると、教室が静まり返り、次の番号の人が呼ばれると、いつも通り騒ぎ始めるということをされた。こういう何も証拠を残さず、標的に心理的ダメージを与えるのは彼の手慣れた手段だったのである。
当然、悪口、陰口は当たり前のように言われていて、理不尽な悪口を男女問わず多くの人に言われてきた。遂には全く知らない人、他学年の人からも同様のことを言われるようになった。小学校からよく話してきた男子、女子から言われた時は凄くショックだった。かつて信頼していた人からそういった罵倒を受けるのはただでさえ弱ってた心に突き刺さるものがあった。何度なんでこんなことになったのだろうと思っただろうか。この時、親はとても忙しく、この事を相談することで親の負担を増やしてしまうと考え、相談できなかった。先生に相談したいと思っていたが、先生に言えば、またいじめが酷くなるだろうと考え、先生にも相談できなかった。そして、俺が喰らってきたいじめは暴力のような直接的ないじめではなく言葉による精神的にダメージを与える為のいじめなので証拠を残しにくいものだった。こうして、誰にも相談できないまま、小学校時代から続いたいじめは中3まで続いていた。
そして、中3の夏に俺が学校に行けなくなった出来事が起きた。
この日、俺達のクラスは体育の授業があった。体育の先生がこの日はおらず、自分達で課題をこなすことが自習の課題であった。この時の体育の内容はテニスであった。俺はいじめを喰らっていた中でもテニスは続けていた。ただし、その時は前居た所とは違う別のテニススクールと、家の近くにあった壁打ち場でテニスをしていた。前居たテニススクールでは金間が噂を広げた為、学校と似た事が起こり、そこには居られなくなった。でもテニスはやめなかった。テニスをしていれば、学校での嫌な事を一時的に忘れることができるからだ。テニスをする事が自分にとってストレス解消の一つになっていた。その為、テニスはどんどん上達していってテニスの楽しさ、奥深さも知ることができた。
体育のテニスでも、その実力を発揮できた。中3のクラスでは同じクラスに金間がいて俺はこの日、金間とポイント練習する機会を得た。周りはやはり俺に対する陰口、悪口でまさに四面楚歌のような状態だった。でも、そんな状況の中でもテニスでは負けたくないという気持ちがあった為、俺はそういった雑音を無視して、集中力を高めることができた。
俺は金間を圧倒した。周りから罵声を浴びようと関係ない。俺は俺のプレーをする。その事を表現するようなプレーをすることができた。
周りが静まり返る。俺はやっとこの集団に一矢報いることが出来たような気がした。そして、最後のポイント練習の時間になり、ここでも金間を圧倒した俺はチャンスボールを誘う。これをスマッシュで…と思い、スマッシュの構えに入った瞬間だった。
「ボン!」
背中が何かと衝突した。強い衝撃を受け、俺はコートに倒れた。いや、吹っ飛ばされた感覚に近い。
「え…」
すぐに後ろを見ると、目の前に体格の大きい野球部のクラスメイトが立っていた。
「お前、調子乗んなよ」
そう言って、その野球部のクラスメイトはコートの外へと出ていった。恐らく、俺がスマッシュを打つ際に止まった時を見計らって背中にタックルをお見舞いしたということだろう。周りは、俺の倒れた姿を見て笑う者、陰口、悪口を言う者に分かれていた。まさか、テニスをしている時に暴力行為をされると思わなかった。流石に予想外の行為だった。
「まさか、ここまでとはな…」
この直後、雨が降ってきた。周りは雨宿りの為にコートの外から出るが、俺は吹き飛ばされた痛みと、まさかの行為によって、動く気力を失い、立てない状態が続いていた。そして…
「バシャーン」
俺はバケツに入った水をかけられた。水をかけたのは金間だった。そうか、雨で濡れている状態だから、今水をかけても後で先生に誤魔化せるという訳か。俺は水をかけた訳をそう解釈した。どこまでも卑怯なヤツだ。そして、周りもそれに続くように…
「うわ、汚な」
「汚すぎる」
「臭そう〜アハハハハ」
雨宿りしている人達はそう言って、授業終了のチャイムと同時に着替えの場所へと向かった。
そして、1人こちらの元へ歩み寄る人物がいた。
メガネをかけた男子生徒。彼は小学生時代よく遊んだ友人である田邊だった。今は、このいじめを行なっている人物の1人である。
その人は俺に近づくと、俺の腹を一発蹴ってきた。
「グハ…」
そして、着替え場所へと戻っていった。俺は蹴られ、しばらく横の状態のまま、動けなかった。
ああ、何がどうなってるんだ。本来ならこんな事間違ってるはず。だけど、俺が間違ってると考えていることが起こっている。想定する最悪の事態がここ数年起こっているように感じる。この時、俺は何故か小学校低学年の時に掲げた夢を思い出した。
「将来は人の役に立つ仕事がしたいです!」
そんなことをいったっけ。そして、気づいたら、俺は学校を抜け出していて、近くの交差点に立っていた。俺は横断歩道を渡るお婆さんを見かけた。しかし、そこに赤信号にも関わらず、走行しようとする車がお婆さんのいる方向に突っ込んできている。恐らく、飲酒運転だ。このままではまずい。俺はお婆さんの元へ走り出した。危険な行為なのは分かっていた。でも、せめて、最後は人の役に立って終わりたい、そして助けたいと思い、お婆さんを歩道まで突き飛ばすような感じで押した。そして、俺は車を回避できず、気づいたら俺は空の方を向いて倒れていた。薄れゆく意識の中、お婆さんが周りの人達に介抱されているのを見た。お婆さんが無事なことを確認しながら、俺は意識を失った。
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