第3話 過去③

(遠野視点)

気がつくと、俺は病院のベッドにいた。俺は助かったらしい。


「悠馬!」


目を開けた先には、俺の父さんと母さんがいた。2人とも泣いている。すぐにお父さんが病院の先生を呼ぶ。母さんは俺を抱きしめて、泣き続けている。


「…母さん」


「ごめんね…、ごめんね…、ごめんね…」


母さんはその言葉を繰り返すばかりだった。恐らく俺の事情を学校の先生に聞いたのだろうか。


「あなたがこんなに傷ついていたのに…気づいてあげられなくてごめん」


母さんは謝り続ける。でも、俺が悪い。俺が家族に迷惑をかけるからとずっと相談できなくて、気づけば精神的にボロボロになっていたのだから。自業自得だ。


その後、医者に検査をしてもらった。俺は5日間ぐらい意識不明の状態だったらしい。一時は生死の淵をさまようほどだったそうだ。でも、俺は目を覚ました。検査の結果、体はまだ動かせられないがもう大丈夫だろうと言われた。経過観察で何ごともなければ、リハビリをして退院できるということだ。


「悠馬、本当にごめんなさい」


父さんから謝罪を受けた。


「父さん、母さんが悪いんじゃないよ。これは事情を話さなかった俺の責任なんだ。ごめん」


「そんなわけないだろ!」


父さんが興奮したように立ち上がった。いつも真面目であまり感情を出さない父さんの姿を見るのは初めてだった。母さんも呆気に取られた表情をしている。


「学校の先生が俺達の所へ聞いて、事情を話してくれたんだ。悠馬が喰らってきたものはもういじめと言われる行為の範疇を完全に超えている。あれは立派な犯罪だ。俺は今から悠馬を苦しめ続けた奴を訴えるつもりだ」


「ダメだよ、父さん!そんなことしたら父さんまで酷い目に合う」


「どうしてだ?」


「俺にあの仕打ちをした首謀者の親は大企業の社長で色んな有名な所に顔を利かせている人なんだ。もし、何かしても、すぐに揉み消される。恐らくもう学校にも…」


父さんは黙り込んだ。自分達は強大な相手を敵に回してることに気付いたようだ。


金間周三(かねましゅうぞう)。大手工業製品の社長で、日本でも上位5%にも入る大富豪とも言える。最近は海外でも確かな業績を収めていてるようだ。これが俺が親に相談できなかった理由の一つでもあった。相手が悪すぎる。俺達が動けば、逆にこちらがやられる。家族が壊滅するかもしれない。その恐怖心があったのだ。


「…そんなの関係ない。俺は今回の事は完全に間違っていると思ってる。だから、俺は戦う。例え、どんなことがあっても」


「父さん…」


「私もよ。あなたはこんな仕打ちをうけるべき存在じゃないわ。あなたの事、しっかりサポートしながら、私も戦う」


「母さん…」


俺はこの2人の子供で本当に良かったとこの時、思った。


その後、俺は車椅子で相談室へ行き、警察から交通事故に関する事情聴取を受け、病院からのカウンセリングを受けた。


さらに学校の校長先生や担任の先生などが、病院に訪れた。父さんは猛抗議をしていて、校長先生や担任の先生は謝るばかりでそれ以外の事は何も言う気配はない。余計な事を言わない為なのだろう。考えてみれば、3年近く酷い仕打ちを喰らってきたにも関わらず、先生が誰も察知していないのはおかしい話だ。加害者側が上手く先生に見つからないように立ち回っているのだとしても。


その後、校長先生から交渉しないかという提案をしてきた。


「交渉ですか?」


「はい。遠野さんは本当にお気の毒な思いをされたと思います。ですので、高額な謝罪金を出させていただきます。なので、今回の件はこれで収めるということにはできないかと考えておりまして」


何を言っているんだこの人は。あまりにも予想外な話で俺達は呆然としていた。そして次に校長先生が謝罪金の値段を提示してきた。確かに高い額だが、こんなのはただの隠蔽だ。信じられない。これで俺達が納得するとでも思っているのか。この体が動けば、この先生達をどうにかしてやりたいと思った。すると次の瞬間、父さんが立ち上がった。


「出ていけ!、あんた達ともう話したくもない!二度と悠馬の前に表れるな!」


「ちっ」


校長先生が舌打ちをしているのが聞こえた。


「では、今日はこれで失礼します」


「今日じゃない!、二度と顔見せるな!」


そうして校長先生達は会議室を後にした。


恐らく、あの校長は金間周三と繋がっている。だからあの謝罪金の額を提示できたのだろう。

それにしても何て汚い大人なんだ。学校の隠蔽というのはネットやニュースで取り上げられているが、こんな事が自分の前で堂々と行われるなんて思わなかった。そして俺は人間に対する信用を完全に失いかけていた。


その後、父さんは裁判にかけようとしていたが証拠不十分で裁判を開くこともできず、更には勤めていた会社もクビになった。金間周三は父さんの勤めている会社の社長の知り合いであった。恐らく、自分の敵になりそうな人物を社会的に排除しようとして、手を回したのだろう。今回の件はやはりメディアも報じていなかった。ここでも金間周三が手を回していて事を大きくさせないようにしていた。更に加害者が多すぎるのと、加害者が未成年でもあるからだと父さんが言っていた。


俺はしばらく廃人のような状態になっていて、まともにご飯を食べれていなかった。そんな状態をみかねた母親はあらゆる手を使って、俺を廃人の状態から救い出してくれた。まだ人をそんなに信用できていないが、家族、親しい友人は信用できるレベルにまでは回復できていた。俺はそれからリハビリをして、入院から数ヶ月、遂に退院することができた。


父さんも俺のリハビリ中、精神的にかなり参っていたが、何とか持ち直して、また歩き出していた。


「悠馬、沖縄へ行こう」


「え…沖縄?」


「ああ、俺の友人が働いてる所で働かせてもらうことになったんだ」


「今、住んでいる場所では過ごしにくいと思うし、環境を変えるにはいいかと思ってな」


「あそこでまたテニス出来るってこと?」


「うん。今はまだ満足にはテニスできないようだけど、あっちにいけば症状も治るかもしれない」


「分かったよ、父さん。沖縄に行こう」


「ありがとう、悠馬」


そう俺は退院と同時にテニスをまた再会することにした。いくら酷い目にあってもテニスに対する情熱はまだ消えていなかった。知り合いと少しずつテニスを再開したが、俺はある症状に見舞われた。それもスマッシュを打つ時に…


「うう…」


「遠野!、大丈夫か!」


(その後、病院にて)


「これはパニック障害ですね」


「パニック障害?」


「はい。精神的ショックを受けた出来事を思い出し、動悸やめまい、呼吸困難などの症状に見舞われるものです。遠野さんはスマッシュを打つ際に暴行を受けたという出来事が頭によぎり、スマッシュを打とうとすると、その出来事がフラッシュバックするという形で症状が出たのだと思われます」


「そうですか…あの、どうすればこの症状は治るのでしょうか?」


「主な療法としては、薬を使って、興奮を抑える薬物療法と症状を引き起こす要因の認知を修正し、予期不安を無くすという認知療法があります。更に不安を起こさせる状況に挑み、不安を無くす行動療法もあります」


「なるほど…分かりました。この症状を直す為にあらゆる事をしていきたいです。療法についてもっと詳しく聞かせてください」


「分かりました。それにしても偉いね、遠野君は。聞いたところ、かなり苦しい経験をしているのに、立ち上がろうとしている。その気持ちがあれば、きっとこの症状も治ると思うよ」


「ありがとうございます、先生」


こうして俺はパニック障害を直す為、大好きなテニスをもう一度自由にできるようにする為に、テニスをやり続ける事を決めた。


そうして俺は生まれ育った場所を離れ、沖縄へと引っ越すことになった。






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