第19話 ゾーン
山田大地。元千葉県No. 1プレイヤー。その実力は将来を有望視され、かつては全国区の力を持っていた。とある試合で右手首を負傷。2年間近くをリハビリに捧げ、沖縄の蒼京学園に入学し、テニス部を立ち上げ、現在に至る。
そんな彼のテニススタイルはオールラウンドプレイヤー。相手ごとにプレイスタイルを変えることができる。そして、俺は山田の攻撃的スタイルと戦っていた。
(阿西視点)
「なんだ今のショット…」
「遠野のサーブも凄かったけど、山田は難なく返したね」
「今日は山田は攻撃的スタイルで行くつもりなのか」
山田の攻撃的スタイルは俺の強打よりもずっと強力に見えた。山田はこれに加えてあの守備的スタイルを持っている。それに、あのサーブをあんなに簡単に返されると、もう、サーブから試合を組み立てることはできない。遠野はどうするのだろうか。
(遠野視点)
最初のポイントで俺の計算は完全に狂った。完璧に近いサーブをそれを超えるショットで返されたのだから。次のポイント、俺はセンターにスピンサーブ。センターに高く跳ねるスピンサーブならば、角度がつきにくいからリターンエースの可能性は低い。予想通り、エースでは返ってこなかったが、山田の打ったボールの球威が凄く、中途半端なボールでしか返せなかった。その甘くなったボールをあっという間に決められた。
今まで返してきたストロークの中で最も重いボールだった。持ち上げるのが難しい。そうとうな回転がかかっているのだろう。そのボールをしっかりと返すことはできないまま、俺は山田にポイントを奪われ続けていた。
「ゲーム山田 3-0」
あっという間に2ゲームを取られた。サーブもストロークも通じない。どうすればいいか…
普通なら少しでも返す為にポジションを下げるが、それはラリーで数的優位を作れなくなる。
一か八かの賭けに出ようと思った。俺はポジションを一歩上げる選択をした。
(山田視点)
遠野はポジションを一歩前に上げてきた。嘘だろと思った。このプレースタイルの時は今までの相手ならほとんどが後ろに下がって、守備範囲を広げるのが決まった流れだった。なのに、遠野は下がるどころか、上げてきた。何が狙いなのか分からなかった。
「遠野はいったい何してるんだ?」
「その位置じゃ、ますます山田のボールを返しにくくなるじゃないか」
「悠馬…」
遠野は俺のサーブをスライスでセンターに返す。次の一打で決められないためだろう。遠野のポジションを見ると、やはりこれまでより一歩前だ。
「…面白い。そこで何ができるのか、見せてみろ!」
俺は渾身の攻撃的ショットを打ち込んだ。遠野はスイングをコンパクトにして、俺のボールを角度を付けて返してきた。コート外に逃げていくボール。予想外の所にボールが来た。再び打ち込んだが、遠野はこれを全く同じ手法で今度は逆サイドへ。そして、また、逆サイドへ。
…俺は走らせているのか。
「0-15」
ウィナーを決められてしまった。俺は左右に走らされっぱなしでオープンコートが徐々に広まった。完全にやられた。
(岩見と玉城視点)
「これは…」
「何があったの?」
「恐らく、遠野さんは威力のあるボールを逆に逆手に取ったんだと思います。山田くんのボールを真正面から撃ち返すんじゃなく、威力を利用するという形で。コンパクトなスイングはコントロールショットに向いています。その反面、ボールの威力を出すのには余り向いていません。それに加え、遠野さんは更にコンパクトなスイングをしています。威力を出せませんが、山田くんのボールの威力である程度あのスイングでもパワーが出せるんです。それで山田くんを左右に走らせ、オープンコートに決めるというのが狙いでしょう」
「でも、それをするってなると…」
「はい。相当なコントロール力と、山田くんの打球をコントロールするタッチセンスと、集中力が必要です。凄いプレイヤーです。遠野さん」
(山田視点)
そんな事ができるのか。普通ならこんな事は考えないし、それをするにしても、相当な技術が必要なはずだ。だが、彼は…
「え…」
彼の集中力が上がっているのが感じ取れた。そう、これは間違いない。スポーツ選手が極限集中状態の時に陥るゾーン。あれに近かった。いや、遠野の集中状態はオーラを纏っている感じがした。
「ゲーム遠野3-2。山田リード」
(坂田、赤嶺、宮城、マネージャー視点)
「遠野…まさかここまでの実力とは…」
「ああ、しかも、物凄い集中力だ」
「遠野と山田、戦場に駆り出された2人って感じだぬ」
「凄いね、遠野くん」
「うん。本当に凄い」
「…山田くん。あなたもそれ持ってますよね」
(山田視点)
遠野、俺は嬉しい。こんな常識に囚われないプレイヤー初めてだ。テニス、大好きなんだな。
俺もテニスは大好きだ。だから、俺も最高の形でそれに応えたい。今、自分の出来ること全てをお前にぶつける。
(遠野視点)
あれは…何だ山田の雰囲気が何か変わった。気をつけないといけない。俺はリターンの構えに入った。山田のサーブはこれまでよりも、速く、鋭く伸びてきた。一歩も動けなかった。
その後も、山田のサーブを返すので精一杯だった。返したとしても、あっという間に決められる。もう、対策でどうこうできるものでは無くなっていた。俺は為す術なしだった。これがゾーン…
「強い」
「これが俺達の部長、山田大地…」
「ゲームセットアンドマッチウォンバイ
山田 6-2」
完全に負けた。全ての能力で。何も言い訳ができないほどに。
「強かった。完敗だよ」
「遠野も凄かった。ゾーンに入れなかったら、危なかった」
「やっぱりあれはゾーンだったんだね。ゾーンって自発的に出せるものなのか?」
「いや、普通はピンチになった時とか、大事な場面でないと出ないはずだ。もし、自発的に出せたら最強だ」
「確かに」
「次は勝つよ」
「ああ、楽しみだ」
こうして、部内戦全ての試合が終了した。
「皆んな、お疲れ様。今回の部内戦でお前らのプレーをいっぱい見ることができた。皆んな、凄かった。良いプレーしてた。これから、鍛えていけば、もっと上の舞台に行けると俺は確信した。これから頑張っていこう」
「先生、明日からは練習に入りますか?」
「ああ、皆んなには特別メニューを行なってもらう」
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