第16話 遠野対与那嶺
(遠野視点)
俺の部内戦1試合目が始まった。相手は与那嶺修。彼は陸上をやっていたこともあり、持ち味はそのスピード。50m6秒3で走るその足で普通なら取れないボールにも追い付き返球することができる。これが与那嶺の強みだ。体験入部でその足の速さが垣間見えた場面が多くあった。この試合は彼のディフェンスをどう破るか、それにかかっていた。
「今日はよろしく。遠野」
「うん。よろしく」
「今日は調子良さそうだ。勝たせてもらう」
「奇遇だね。俺も同じことを言おうと思ってた」
(山田視点)
「あの2人、凄い気迫だな」
「うん。どっちも初めての部内戦で燃えてる感じだよ」
「どう、山田?どっちが勝つと思う?」
「与那嶺の持ち味は驚異的なスピードからくるディフェンス力。遠野はオールラウンドなプレーで相手に応じた戦い方が出来るタイプ。遠野が与那嶺のディフェンスを突破するかにかかってるだろうな」
「確かに。…しかし、まだどっちもまだ見えない部分がある感じ。それが何なのか分からないけど」
赤嶺は何か2人に違和感が見えたようだった。それはただ出会ってから1週間で、お互いの事を何も知らないからという訳でも無さそうだった。俺にはよく分からなかったが、同じグループの対戦相手なので、しっかり見ようと思う。
(遠野視点)
試合が始まった。俺からのサーブ。与那嶺のディフェンス力を見たかったので、わざとスライスサーブを与那嶺の真正面に打った。与那嶺はしっかりと返しラリー戦。左右に振り回しにかかる。しかし、与那嶺はしっかりと返球してくる。それならばと更に角度をつけて左右に振り周りす。だが、全く決まらないし、体制も崩れない。そして遂に…
「しゃあ!」
「おお…」
見ていた部員達が驚いた。与那嶺のカウンターショットが決まった。あれだけ振り回したのに決まらなかった。確かに凄いディフェンス力だ。与那嶺の守備力は物凄い脅威なものであると同時にこの試合が難しいものになることを感じ取った。
その後も与那嶺は脅威のディフェンスからのカウンターショットでポイントを積み重ね、俺は最初のサービスゲームをブレイクされた。
続く、与那嶺のサービスゲーム。サーブを返してラリー戦に持ち込むことは出来るが、あのディフェンスは破れず、こちらが甘く振り回すとカウンターショットが決まり、強引に決めようとするとミスが出る。完全に与那嶺ペースの試合になった。結局このゲームでもポイントは取れず。ゲームカウントは0-2。
次のサービスゲームではディフェンスを打ち破れない焦りからミスが増えた。気がつけば0-40。俺はセンターにフラットサーブ。しかし、与那嶺は持ち味の足の速さでなんとか返球。チャンスボールになったが、左右に振り回しても効かない。その心理からどこに打てば分からなくなっていた。混乱していた。俺はセンターに強打。投げやりな強打だった。予想外だったのか、与那嶺は上手く返せず、再びチャンスボール。ならばと思い、俺はこの試合初めてのドロップショットを打った。体制を崩し気味だった与那嶺には有効だと思った。
「え…」
与那嶺は速かった。今日1番の速さだった。あっという間にボールに追い付き、コート左隅に突き刺した。ボールに向かう彼の姿が本当の陸上選手のように見えた。
「ゲーム与那嶺3-0」
(山田視点)
「強いね、与那嶺。ここまで堅いとは」
「ああ、俺の守備範囲よりも広いかも」
赤嶺、喜納の会話が聞こえる。
「守備力だけでいったら、与那嶺はこの部で1番かもしれない」
「なあ、宮城。俺のエッグボールであの守備、打ち崩せそうか?」
「うーん。戦ってみないと分からないけど、今日の与那嶺の調子なら互角になるかもしれない」
「凄いね。あの守り。隙なしじゃん」
「そうですね。あれだけ堅く守られたら、遠野さんにも焦りが出てメンタルが揺らいじゃいます。それぐらい分厚い壁のように感じます」
赤嶺、喜納、坂田、宮城、マネージャーの玉城、岩見、みんなが与那嶺の守備力を絶賛していた。与那嶺はここまでの3ゲーム1ポイントも落としていない。それもあり、与那嶺の圧勝だろうと考える人が多かった。かくいう俺もこのままいってしまうのではないかと考えていた。
「強いな。与那嶺」
「ああ、確かに強い。でも、遠野はまだ全然諦めてないよ」
「うん。悠馬はまだ何かやってくると思う」
「そうだよね。榎本さん。遠野は必ず挽回する。見てよ山田」
「え…」
「あいつ少し笑ったよ」
「対応策を見つけたということか」
「多分」
厳しい状況であったが、阿西と榎本は2人は遠野の巻き返しを信じている。遠野はこれからどんなテニスをするのか。楽しみになってきた。
(遠野視点)
見つかった。彼を攻略する手段。あとは、それを実践できるか。与那嶺のサーブで始まった第4ゲーム。俺は与那嶺のサーブをこれまで同様、バックハンド側に返し、ラリーの主導権を握り、左右に走らせる。ここまでは同じだが俺は次のショットをセンターに打ち込んだ。
「え…」
与那嶺は意表を突かれ、態勢を崩してチャンスボール。ボールがネット前でバウンドする。ここからの強打ならいくら与那嶺でも取れない。しっかりと決め切ることができた。
「0-15」
そう。与那嶺の守備力の強みは全速力に近い走りからくる守備範囲の広さ。急ストップをすることは難しくなる。急ストップをすればバランスが崩れ、普通に打てなくなる。与那嶺の走りを利用したという訳だ。
俺は更にもう一つの対策を立てた。それは阿西戦で使った低く滑るスライス戦法。そしてそれも全てセンターへと打った。与那嶺は相手の球の威力と自らの走りから生み出すパワーを使ったカウンターショットが得意だ。ならばその二つの強みを出させなくすれば良いと考えた。この対策は成功し、与那嶺は自分の強みを出せなくなり、俺は完全に試合の流れを変えた。
「ゲーム遠野4-3」
「よし」
(山田視点)
「嘘だろ」
「これは驚いた」
「逆手に取ったね…」
喜納、赤嶺、宮城が驚きの声を上げる。
「凄いよ!、流れが完全に変わったね」
「はい!まさか、こんな方法を試合中に思いつくなんて。これなら与那嶺さんの守備も封じ込めます。それに与那嶺さんのダッシュも少しずつ遅れ始めています。心理的効果もあったみたいです」
「やっぱり。遠野はすぐ対応策を仕掛けてくる」
「諦めが悪いね笑。全然変わってない」
「変わってない?」
「悠馬は昔、卓球を大人の人達とやっていて、最初は全然勝ててなかったけど、泣きながらもう一回ってお願いして、試合してたら、だんだん相手を攻略していって、そこからは勝ち続けた。負けず嫌いだったわ」
あのプレースタイルは幼少期からその原型が出来ていたという訳か。対応力、応用力、そしてそれを可能にする集中力。面白いプレイヤーが現れたな。対戦が楽しみになった。
遠野は更にギアを上げて試合を完全に支配した。それに比例にするように彼の集中力が上がっているのを感じた。これはまるで…
「40-0」
そして遠野のマッチポイント。遠野のサーブはワイドへ。遠野はサーブ&ボレーを仕掛け、与那嶺が返球したボールをガラ空きの逆サイドへ。しかし、与那嶺はこれにも追い付く。流石の守備力だ。だが、返すだけで精一杯。高く舞い上がったボールは完全に遠野のチャンスボール。
「え…」
「!」
遠野は普通ならスマッシュを打つボールをバウンドさせフォアハンドストロークで決め切った。なぜ…?
「ゲームセットアンドマッチウォンバイ
遠野 6-3」
試合は遠野の勝利で終わった。だがなぜマッチポイントの場面、彼はスマッシュで打たなかったのか。赤嶺の言う何かあるとはこの事なのか?これから知れるだろうか?
(遠野視点)
なんとか勝てた。やはりあのディフェンスは脅威だった。しっかりと対応できて良かった。
でも、やっぱり打てなかったな。
「遠野、ちょっと来て」
監督から呼び出された。内容はおそらく…
「なぜ最後のポイント。スマッシュを打たなかったんだ?スマッシュ苦手なのか?」
「…先生、その件は部活後に話しても良いですか?」
「…分かった。部活終わった後、話しよう」
「ありがとうございます」
俺は試合には勝ったが、弱点克服とはならなかった。
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