第6話 遠野家

(阿西視点)


俺、阿西一雄はニュータウンにできた新しいテニスコートに来ていた。名前は確か大橋テニスコートといっていただろうか。この場所に来たのは、明日から入学する蒼京学園のテニス部に入る予定だったので、一度練習をしたかったのである。


ところが一緒に練習するはずだった友達が風邪を引いてしまい、来れなくなってしまったのである。そいつと2人で練習する予定だったので、今、俺は一緒にテニスをする仲間がいない状態である。


「なんてこった。これからどうすればいいんだ。ああ〜」


せっかくやる気全開だったのに、この始末。他の友達に連絡しても皆、明日の入学式の準備で忙しいらしい。今日は仕方ないからサーブ練習して帰るかと思って歩いてると壁打ち場でボールを打つ1人の男を見かけた。


壁打ちをする人は多く、全く珍しくもない至って普通の光景である。しかし、あの人はどこか違った。壁打ちでボールを壁に当てる場所が全く同じなのである。


何球打っても、何分打っても、打っても打っても同じ箇所にピンポイントで打ち続けていた。驚異的なコントロールである。だが、あの人にはもう一つ驚異的な所があった。それは恐ろしいほどの集中力。それはまるでオーラでも出ているかのような迫力があった。こういった理由から俺だけではなく壁打ち場を通りかかった何人かの大人も興味深くあの人を見ていた。


「信じられない集中力だ、いったい何分間やっているんだ」


「それだけじゃない。全てのボールを同じ地点にピンポイントで打っている。普通じゃ考えられないよ」


周りの大人達もやはりそれが気になっていたようだ。俺は打ってみたいと思った。この人と。

自分の実力を確かめたかった。だから、俺は集中しているところ、申し訳なかったが、声をかけてみた。彼は誘いをOKしてくれた。しかも明日から蒼京に通う生徒だったなんて、凄く驚いた。今日、このコートに来て友達から連絡を貰った時とは真逆のテンションだった。来て良かったと思った。


コートに入ってあの人、遠野悠馬と打ってみると、やっぱり凄かった。ストローク、ボレー、サーブ、フットワーク、どれをとっても一級品の実力を持っていてあの壁打ちはまぐれなんかではないことが分かった。


試合では最近出来た武器、どこからでも打てる強打を実践した。最初から中盤までは通用していたが、終盤になると遠野は新しい戦術で俺の強打を攻略した。


「チクショー」


俺はそういった声が出るほど悔しかった。正直マッチポイントの所で遠野の鋭いサーブに触るのがやっとで、チャンスボールになってしまった時、負けを確信してしまった。


しかし、遠野はスマッシュを打たなかった、いや、打てなかった。急にその場にうずくまって、苦しそうな表情をしているように見えた。明らかに只事では無かった。熱中症だと思い、俺は遠野をコートにある屋根付きのベンチに移動させ、首や脇などに冷たいタオルなどを当て応急処置を行った。


だが、遠野は熱中症の症状では無さそうだった。呼吸が苦しそうではあったが、熱があるわけではないし、汗もしっかりと出ている。ではこれはいったい何の症状であろうか。考えこんでいると、遠野の呼吸困難の症状は落ち着き、普通に会話できる状態まで戻った。


「ごめん。阿西、実は俺喘息持ちなんだ。迷惑かけて悪かった」


「良いよ。気にしないで。急に倒れるからびっくりしたよ」


「はは笑、でも助けてくれてありがとう。今日はもう帰るよ」


遠野はそう言ったが、流石に心配だったので家まで送っていくことにした。


俺と遠野はよく見ているアニメが一緒だった。

高校生が薬を飲まされ体が縮み、子供の体になって難事件を解決するあの国民的アニメのことだ。すっかり意気投合して話をしている内に遠野の家に着いた。


2階建ての新築だった。ボタンを押して出てきた遠野の親に今日起こった出来事について話すと、遠野の親は一瞬青ざめた顔をしたが、すぐに感謝の気持ちを伝えてくれた。お礼にご飯をご馳走になることになった。


「美味しい…!こんなに美味しいオムライス初めて食べました」


「ふふふ、褒めてくれて凄く嬉しいわ、おかわり欲しくなったらいってね。じゃんじゃん作るから」


「はい!ありがとうございます」


「それにしても今日はありがとう。息子を助けてもらって、感謝してもしきれない」


「いえいえ、それにしても遠野…悠馬さんテニス上手ですね。お父さんもテニスやられてたんですか?」


「僕はテニスじゃなくて陸上競技をずっとやっていてね、長距離選手と中距離選手だったんだよ」


「ええ〜長距離だとすると5000mだったり?」


「いや、10000mを主にやっていたよ」


「凄い…」


「しかも父さん高3の時、インターハイ3位」


「本当ですか!?凄すぎます!」


「練習の鬼の中の鬼って呼ばれていて、毎日同じ距離を同じ時間、同じペース、同じ足幅で走ってたらしい」


「足幅まで…真面目だ…」


「おい、そろそろ恥ずかしいからやめろ笑」


遠野の家でご飯を食べてみて感じたことは遠野家は雰囲気がとても良いということ。真面目なお父さん、元気なお母さん、2人と会話をしているだけで、子への愛情というのだろうか、大事にしているというのが伝わってくる。暖かい雰囲気だ。


しかし、なぜだろう暖かい雰囲気の裏に何か哀愁のようなものも漂っている気がして

遠野と知り合えたのは凄い嬉しかったけれど、彼にはまだ何か秘密がある。その秘密は何なのかは分からないまま俺は遠野家を後にした。

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