第5話 初試合

(遠野視点)


引っ越しをして数日が経ち、蒼京学園の入学式の前日の日になった。


「悠馬〜、朝ご飯出来たわよ〜」


「はーい」


朝起きて顔を洗ったりしていると母さんから朝ご飯の合図が聞こえた。リビングに行くと、バターが塗られた焼いたばかりの食パンにカリカリとしていて香ばしい匂いのするベーコン、ふわふわしているのが見ても分かるぐらいのオムレツが並んでいる。


新しい家に引っ越したばかりであるからだろうか、どこかオシャレなお店で朝ご飯を食べているかのように見えた。


そう、俺の母、遠野明日香は料理が大の得意で

若い頃は喫茶店でバリバリと働いていたらしい。料理の手腕はその頃から一級品でルックスも良く、喫茶店のエースだったそうだ。


そんな母から俺はある提案をされた。


「悠馬、高校入ったら部活はする?」


「行ってみて決めるつもりだけど、テニス部に入るつもり。小学校の時からずっとやってきたし。」


「だよね。そういえば、この街、先週からテニスコートができて、壁打ちできる所もあるらしいよ」


「え、それは知らなかった」


「一回行ってみたら?久しぶりにボール打って運動しても良いんじゃないかと思って」


「そうだね。じゃあ朝ご飯食べて準備したら行ってくる」


「…頑張ってね、悠馬」


「うん」


俺はすぐに準備をして家を一目散に飛び出してテニスコートへ向かった。テニスコートは自宅から少し離れた所にあって、引っ越した初日には走らなかった場所にあった。


この場所も新設されたテニスコートであった。コートは15面もあり、壁打ち、休憩施設、給水所もあったりしてここもかなり充実した設備が整っていることが分かる。老若男女問わず色々な人達がボールを打っている。和気藹々とした雰囲気だ。


「良い場所だな」


そう呟いて、俺は壁打ち場の前へと向かった。

壁打ち場には予想外なことに誰もいなくて、思う存分使うことができそうだ。そして俺は、ラケットとボールを持って壁打ちを始めた。実に5ヶ月ぶりのテニスであった。


最初は久しぶりのテニスでフレームショットや芯を外したショットがあることが多く、少し難しさを感じた。だが次第に打点などを修正していくとそれも無くなっていき、以前のように集中して打てるようになった。


少し疲れたので水分補給をすることにした。

時計を見ると、壁打ちしてから1時間が経っていた。俺自身は10分くらいの感覚だったので、時計が壊れてるんじゃないかと思うくらいだった。


そしてふと視線を感じたので周りを見ると、何人かの大人と1人の高校生らしき男がこちらを見ていた。最初は驚いたが、すぐに分かった。これは好奇心からくる視線。"あの"視線ではない。


そう思っていると、高校生らしき男の子が話しかけてきた。


「さっきの壁打ち見てました。良かったら僕と一緒に打ちませんか?一緒に打つはずだった友達が来れなくなってしまって」


「あ…いえ、僕で良かったらぜひ」


少し悪い癖が出そうになったが、俺はテニスの誘いはとても嬉しかったので、一緒に打つことにした。


「そういえば、自己紹介がまだでした。僕の名前は、阿西一雄。今年の春から蒼京学園に入学する高校1年生です」


「初めまして。僕の名前は遠野悠馬。同じく今年の春から蒼京学園に入学します」


「おお!同じ学校なんですか、よろしく!」


「よろしく」


挨拶をして、少し話をしながら俺達はコートに入り、練習を始めた。


阿西と打ってみて、彼も小学校時代からテニスをしている人だというのはすぐに分かった。ボールの回転、重さ、スピード、どれも何年かテニスをしていないと打てないようなボールの質であった。


軽いラリーを終えて、俺達は試合形式の練習をすることにした。ルールは10ポイントのタイブレーク。つまり、10ポイント先に取った方の勝ち。


あるいは9-9になったら先に2ポイント差をつけた方の勝ち。それが10ポイントのタイブレークの主なルールである。


サーブ練習を終え、試合が始まった。阿西のサーブは速かった。初見ではなかなかとれないぐらいのサーブだった。ワイド方向に阿西のサーブが鋭く決まった。


「おもしれー」


絶対あのサーブを返して勝つ。その想いが強くなった。俺は試合に完全に入り込んだ。


次の俺のサーブ。俺はさっき決められたサーブをやり返すかの如くワイド方向に鋭いサーブを決めた。


「面白いじゃん」


阿西がそう呟いている声が聞こえた。続け様に俺は次のサーブもスライスサーブに球種を変更したがワイド方向に打った。外に逃げていくサーブ、いいサーブを打てたと確信があった。意表を突かれた阿西は体勢が崩れて中途半端なリターンになり、チャンスボールになった。それを空いているストレートに叩き込んだ。完璧なポイントだった。


次の阿西のサーブから始まったポイントはラリー戦になった。やはり阿西はいいボールを打ってくる。こちらはディフェンシブに対応して、チャンスを待ちながらラリーを続けている。そうしていくと、阿西がフレームショット。甘くなったボールをすかさず角度をつけて返し、俺は前へ。次の打球でボレーで決めるつもりだったが、阿西は俺の横を狭い角度でありながら抜いてきた。それも強打で。


「え…」


思わず声が出てしまう。それぐらいに予想外だった。あの位置から強打して、ボレーに来た相手を抜いてしまうのだから、凄く驚かされた。

阿西の強みはもしかしたらどこからでも強打ができることかもしれないと仮定した。


その仮定は的中した。彼は普通だったら強打しないタイミングで強打してくる。ミスこそあったものの、決まれば流れが大きく変わる。


それは彼に更に勢いを与えていた。こうして阿西が試合を優勢に進めて、俺は5-8で負けている状況だった。なんとか俺は自分のサーブ2本がいい形で打てて、ラリーの主導権を握りポイントを取って7-8とした。


そして、問題は次の阿西のサーブから始まる2ポイント。ここでどうにかしてあの強打をなんとかしなければならないのである。そうじゃないと勝てない。ここで俺はある作戦を思いつく。


「やってみるか」


俺は阿西のサーブを返してラリー戦に持ち込んだ。阿西はやはり俺のバックハンド側を狙ってきた。それもそのはずだ。今日、俺はバックハンドの調子があまり良くない。それが分かっていたのだろう。だが、俺は今日、バックハンドのスライスショットはまだ1本も打っていなかった。俺はこのショットに今日の試合を賭けた。


俺はバックハンド側に打ってきたボールをスライスショットで返した。低く滑るスライス、これならば、強打をしようとすればネットにかけるリスクが上がる。そう簡単には強打できないと感じたからである。


するとやはり阿西は強打してこない。普通の打球だ。こうなると我慢比べになる。どちらかがこの均衡状態を破るために仕掛けるか。そういった勝負になる。そういった戦いは昔からしていたので自信はあった。


阿西が痺れを切らして最初に仕掛けた。しかし、ボールはネット。狙い通りにできた。阿西は悔しそうな表情をしていた。このポイントは試合の流れを完全に変え、阿西は次のポイントを簡単なミスで落とした。これもスライス戦法の恩恵である。


ポイントは9-8。俺のマッチポイントでしかも自分のサーブ。


俺はセンターにフラットサーブを叩き込んだ。自分でもいいサーブだと感じたそのボールを阿西は触るのがやっとだった。ボールが空高く舞い上がった。完全に打ち上がったボールは俺のコート中央に落ちてくる弾道だった。これをスマッシュでと思い、ボールの落ちてくる場所に移動して、構えに入ったその瞬間だった。


「うう…」


俺は激しい動悸と呼吸困難に陥り、その場にうずくまった。


「大丈夫か!?」


阿西が異変に気づき、俺に駆け寄っていた。


(ああ…、またか…)

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