第4話 召喚前夜

「ふー・・・・・・もうこんな時間か・・・・・やれやれ、何とか理解できたが・・・・決行は明日だな」


ナガセは自身の目を軽く揉むとすっかり冷めてしまったコーヒーをひとくち口に含み

正面の壁掛け時計を見てそう呟いた。2本の時計の針は天辺近くを指している。

菩提が訪問してから実に9時間ほど経過している。


仕様書と言って渡された書類には霊玉に施されている封印の解除法が

記されていたのだがかなり厳重な封印で、その術式を読み解くのに

かなりの時間を要してしまった。

解除の仕方を間違えれば暴走し、広大な範囲に被害が出る可能性が高いので

完全に掌握するまでしっかり頭に叩き込んだ。


ナガセは椅子から立ち上がると長時間座って作業していた腰を伸ばしてから

霊玉の入った小箱を手に取り大事そうに抱えながら執務室を後にした。


今ではナガセしか利用者のいない宿直室に向かう渡り廊下はひんやりとしていて

渡り廊下から見える優しく月明かりが照らす中庭は、まるで生き物が

存在しないかのように凛とした静けさを纏っている。

昼間は大勢の召喚士達で賑わう大楼殿のこの静けさがナガセはお気に入りだった。


渡り廊下を抜け召喚士達の研究室の引き戸をガラガラと開けると誰もいないはずの

部屋の奥にぼんやりと蝋燭独特の薄ぼんやりとした明かりが見えた。

本来であれば空き巣を疑う所であったが、この時間まで残る人物に

心当たりがあったので物音を立てずに静かに近寄ると副召喚士長の

東雲八千代しののめやちよ」がいた。


大きな蝋燭を四隅に配置し、大量の書物がうず高く積み上がっている机で

何やら熱心に書物を読み、一心不乱に紙に書き記している。

彼女は顔を覗かせているナガセの存在にまったく気付く素振りも見せない。

ナガセはやれやれといった顔で眉尻を下げながら、コホンと咳ばらいを一つした。


「千代?まだいたのか?」


「!・・・・・ナガセ士長。お疲れ様です。・・・・・・・あれ?今何時ですか?」


「もう子の刻だよ、そろそろ帰りなさい」


「子の刻!?いけない、また私時間を忘れて・・・・失礼しました」


彼女は少し慌てた様子でずりさがった大きな丸眼鏡を直し、書類を纏め始めた。

その様子を見れば髪はおさげにしているものの、目に見えてボサボサで

所々逆立っていて恐らく風呂にも数日入ってないだろう事が見て取れた。


研究熱心なのは結構な事だが、ここまでくると少し健康面が心配になってくる。

だが仕事となるとこれ以上なく頼れる存在なのもまた確かなのだ。


彼女は召喚術だけでなく天堂術や冥道術にも精通しており、故にその多角的な

物の捉え方はナガセも度々驚かされたし、色々な発見や気づきをくれた

一番信用している部下だ。

だが研究こそを生きがいとしている彼女は、それ以外を全て投げ出しているので

それ故その彼女の才能を知らない人からは変人扱いされる事も多かった。


「千代、例の霊力不足の問題は解決しそうだ。明日召喚術を再開するぞ。

疲れているところ悪いが明日の朝一番で皆を召喚堂に集めてくれるか?」


「!!・・・・本当ですか!?勿論です!すぐに手配しますね!」


「落ち着きなさい。まずは今日は家に帰ってゆっくり休むんだ。いいね?」


「ハッそうでした。もう深夜でしたね。つい興奮してしまって・・・・・失礼しました」


千代はそう言ってはにかむと外套に袖を通して赤い色のマフラーを首に巻くと

研究所の出口の方に歩いていくとナガセの方を振り返り、

「ナガセ士長、絶対成功させましょうね」とニコリと微笑んだ。

ナガセが笑顔でコクリと頷くと、彼女は満足そうに事務所を後にした。

それを見送るとナガセはポツリ呟いた。


「そうだ。必ず成功させなくては・・・・この国の行く末が掛かっているのだ・・・・・!」

そう決意にも似た独り言を呟くと、研究室の奥にある宿直室のドアを開けた。


                🌸


翌日の朝、ナガセはいつもより少し遅い時間に召喚堂へ息を切らせてやってきた。

流石に疲れが溜まっていたのか、ハッと起きた時にはいつもより一刻ほども

経った頃だった。召喚堂の入り口では、八千代が心配そうな顔で

出迎えてくれていた。


「すまない、遅れた。首尾はどうだ?」


「士長!おはようございます!勿論大丈夫です。既に主要な者は全員召喚堂に

いますよ」


「そうか!すまない、ありがとう、すぐに取り掛かるとしよう!」


大召喚堂の引き戸を開けると準備をしていた数十名の召喚士達の視線が一斉に

集まる。ナガセがコクリと頷くと全員ゾロゾロと集まってきた。


「皆、おはよう!遅れてすまない。これより改めて三千世界大軍勢召喚を執り行う。

各班の班長は私の所に集まってくれ。他の皆は準備が整うまで各々休んでてくれていい」


ナガセがそう指示を出すと、集まった各班の班長と共に大きな長机で今回の

作戦について打ち合わせが始まる。

勿論議題は今回使用する事になる神代の霊玉「八尺瓊勾玉やさかにのまがたま」に関する事で使用方法や注意点などを事細かにナガセは説明していく。


「八尺瓊勾玉ですか・・・・神話の世界の話でまさか実在するとは思いませんでした」


「ふぅむ・・・・では三國主様が三神器を一つづつ管理しているという噂も誠の話であったか」


「制御はかなり難しそうですね・・・・ぶっつけ本番でいけるでしょうか?」


「やるしかないだろう。いずれにせよ一度術式を発動させれば霊媒人形は

使い捨てねばならん在庫はもう無いのだ。失敗すればまた用意するのに半年はかかる。

もうそんな時間は無い」


「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」


場に重苦しい空気が立ち込める。この国の運命が掛かっていると言ってもいい

この召喚術。国の重鎮たちも部屋の隅で邪魔にならないように四六時中

監視している。当然、皆言い知れない重圧を感じている。

中には緊張で小刻みに手が震え唇が青くなっている者までいる。


そんな重苦しい空気の中、ナガセは立ち上がり大きな声で笑って見せた。


「はーはっはっは!何をびびっておる!これしきの事何度も乗り越えてきたではないか!おぬしらは国の中でも選りすぐりの誇りある召喚士なのだ。絶対に何とかなる!

もっと胸を張れ!自信を持て!国を!故郷を!愛する人たちを守るのであろう?

我々は最前線で戦う事は出来ないが、今がその時!命を賭して戦う時だ!」


ナガセが皆の顔を見ながら鼓舞するかのように高らかに宣言する。

最初は戸惑っていた班長達も、段々と覚悟を決めた顔に変わっていった。


「大丈夫!心配するな!儂が付いているのだ!失敗などありえん!やるぞっ!

いいな?」


「「「 応!! 」」」


1時間ほど続いた打ち合わせもナガセの号令により皆立ち上がり一気に動き出す。

ナガセも霊玉を箱の中から取り出し、ズンズンと魔法陣のある中央祭壇へ足を踏み入れる。


「よし、始めるぞ!」

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