第3話 またとない好機にやがて支払う代償

「こ・・・・これはまさか・・・・や、八尺瓊勾玉やさかにのまがたまか!?」

「ふふふ・・・・・やはりわかるかい?流石だね」

「実物を見るのは勿論初めてだが・・・・これほどの力を秘めた霊玉とは・・・」


ナガセが重厚な箱を開けると七色に輝く、それはそれは見事な美しい霊玉が

入っており石を覗き込むナガセの顔を妖しく照らす。


霊視すると石からは大量の霊気が止めども無く溢れ出しておりナガセの顔を撫でる。

これほどに濃縮された強すぎる霊気は長時間浴び続ければ確実に人体に悪影響を

及ぼす霊障を起こすだろう。それほどに濃密な霊気だ。


だというのにこの石の霊気は静謐で厳かな空気を周囲に放っており、不思議と

畏れよりも妙な安らぎをナガセに与える。


「あまり直視し過ぎないように。下手をすれば引かれるよ」


ポツリと呟くように言った彼女の声は、まるで真夜中に落ちる水滴の音の様に

その声量に反して驚くほどよく通りくっきりと室内に響いた。


ナガセはその声にハっとした表情になり軽く頭を振ると、自分の手が無意識の内に

霊玉に差し伸ばされている事に気づきゾワリと全身が粟立った。

思わずガタリと席を立ち慌てて箱を閉じると、油汗を額に滲ませながら深く

息を吐いた。

神代の時代に作られた聖遺物アーティファクトその力の片鱗を見たナガセはゴクリと生唾を飲み込んだ。


「どうしてこれを?しかも国の三大至宝だというのに貴公、護衛もつけずに・・・・」

「天帝様からの勅命でね。それに護衛ならいるよ?今もそこに・・・ね」

「なに!?」


菩提が目で指示さししめした方向を慌てて振り返ると、そこには黒ずくめの

服を着た筋肉質の女性が立っていた。口元は布で隠され頭にはフードを

被っているので顔は分からないが頭頂部から黒い猫耳が見えているので

恐らく獣人族だろう。


「一体いつの間に!?・・・・・そうか!外交省の暗部・・・・陰に潜む者・・・か?」

「ご名答♪わからないかも知れないけど他にも数人配置しているよ?」


ナガセも武闘派では無いにしろ気配感知にかけては一定の自信があったのだが

視認できている今でさえ暗部の彼女からはまるで存在感を感じない。

いくら音に聞こえし暗部とは言え、どれほどの修練を積めばこれほどの領域に

至るというのか。


「ふぅむ・・・かの暗部が実在していたとは・・・・。まあいい、で天帝の勅命と

言ったな?それはどういう事だ?」

「うん、結論から言うとね、その霊玉。今回の大召喚で使用せよと天帝は仰せだよ」

「なに!?これほどの至宝をか!?」


「ナガセ・・・・声が少し大きいよ」

「!・・・・・失礼した」


ナガセはコホンと咳ばらいをひとつしてから改めて霊玉の入った箱を見る。

国の3大至宝と言われ、またの名を三種の神器。

八尺瓊勾玉やさかにのまがたま八咫鏡やたのかがみ天叢雲剣あめのむらくも。この国の古い神話にも登場する国の最高機密のひとつが今まさに目の前にある。


この国の神話「創世記」には霊玉「八尺瓊勾玉」についてこう記述がある。

霊玉には神が造りし黒翼の不死鳥“イザナミ”が封印されており、その生命力の象徴

である荒ぶる炎が常に勾玉から漏れ出ていると。


そんな神話に出てくるような貴重な聖遺物アーティファクトを使えと言われても

正直普通の神経であれば畏れ多くて手が出せないだろう。


だがこの大召喚において霊力エネルギーが足りずに足踏み状態になっている事実と

この大召喚を成功させられなければ、また一歩国家存亡の危機へと近づくという現実

を考えるとナガセはこの霊玉が有する霊力エネルギーは今喉から手が出るほど欲しい物だった。


しかし懸念すべきは菩提ぼだいか。彼女は仙術庁のエリートだ。

仙術庁は霊能省の外局で姫殿下の管轄する省庁ではあるのだが、

彼女は外交省からの出向という形で特別顧問として在籍している。


外交省と言えば天帝が直轄している3省の内の1省。

当然菩提は現在も天帝率いる外交省とも太いパイプがある。

菩提は天帝からの連絡係としての役割も担っているのでこうして来たのだろう。


その菩提の背後バックにいる天帝といえば姫殿下の兄君だ。

他国との交渉事を担当する外交省、そのトップに君臨しておられる兄君は交渉術のプロ。

かわいい妹君の為に無償でこの霊玉を下賜されるなどという甘い話は絶対に無い。


「天帝は一体何を望んでおられるのだ?」


怪訝そうな顔でナガセが問いただすとと、そんな心中を察してか彼女は

含みのある笑顔を作りながら、おもむろに立ち上がり執務室の窓のある方に歩きながら

語り始めた。


「此度の大召喚、天帝様は水晶眼により運命の大きなうねりを感じておいでだ。

成功すればこの国は大きく前進し、周辺諸国を巻き込んで大攻勢に出ることも可能だと」


「・・・・・・・失敗すれば?」


「歴史的な大敗北を喫し、この大陸はもはや向こう千年間やつらの支配下で屈辱的な

日々を送る事になるだろう」


「なんという事だ・・・・」

複雑な表情になるナガセを見て、菩提はふっと柔らかく笑った。


「安心しなよナガセ。この霊玉さえ君がうまく使いこなせばかなりの確率で

この国は救われるのだから・・・・・そうなれば君は世界を救った英雄として名を残せるよ?」


「馬鹿な事を・・・・!儂はそんなものに興味はない!あるのは愛国心と姫殿下への忠誠心のみよ」


「あはは・・・・・相変らずだな君は。だけど僕は君のそういう所昔から嫌いじゃないよ」


「ぬかせ!・・・・・それで?建前はいいから要求を聞かせよ。これほどの品の代わりに

返せる物など儂には無いが姫殿下に進言し取り計らって貰うと約束しよう」


「交渉事が下手なのもまた相変らずか・・・・。失礼だが今の疲弊しきった姫殿下に

この霊玉に見合う物を返せる力はもはやないだろう?」


「・・・・・・・・・・」

呆れた表情でナガセを見てくる菩提に、悔しいが返す言葉が見当たらない。


「これは先行投資だよナガセ。先の戦での姫殿下の失態についての追及はしないし

霊玉も無償で提供しよう。・・・・・今は国全体が一致団結しなくてはならない時だからね。

困った時はお互い様さ・・・と言うのが天帝様の御意思だよ」


「・・・・先行投資と言ったな?他に何を企んでいる?」


「企みとは人聞きが悪いね。ふふふ・・・・でもねナガセ。実はもう姫殿下にも話は

通してあるのさ。だからどちらにせよ君は黙ってこの霊玉を受け取るしかない」


「手回しの早い事だ。儂は昔から貴公のそういう所が苦手だった」


「知っているさ。さてすっかり長居してしまったな。ではその霊玉に関する

仕様書を置いていく。しっかり目を通してぜひ成功させてくれ」


「・・・・・・・ああ。すまん助かった」


ナガセが不器用に頭を下げると、手をヒラヒラさせながら菩提は退室していった。

予想外の出来事に、疲れがどっと押し寄せてくるナガセだが、

折角のまたとない好機だ。

どうせ引き返せないのであれば、精一杯尽くすしかないと心に誓い菩提が

置いていった仕様書に急ぎ目を通していく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る