第2話 予想外の来客

「失礼します。ナガセ召喚士長、仙術庁の菩提局長ぼだいきょくちょうがお見えです」


ナガセの秘書である山猫族の吹雪ふぶきがコンコンと小気味良く2回ノックをしてから扉の奥の主であるナガセにそう呼びかけた。


彼は大召喚が始まってからというもの、不眠不休で作業に没頭していた。

国の命運をかけたこの大召喚は国内の学者からは「限りなく不可能に近い」や

「神への冒涜ぼうとく」などと批判が集まる中、姫殿下が周囲の反対を押し切り決行された。


そのきっかけを作ったのは滅びゆく国の行く末を憂う家老の大典太に、

国家の危機をひっくり返せる方法があるとナガセが進言したのが始まりだった

彼は才能ある選ばれた召喚士達が集まる召喚術師連盟の本部があるこの大楼殿たいろうでんに於いて、

様々な論文や未知の英霊召喚を成功させるなど、輝かしい功績を残してきた。

その功績は大典太も耳にする所であり、その言葉を信用たらしめたのだ。


そしてそのナガセが長年に渡り研究してきた「三千大千世界大軍勢召喚さんぜんせかいだいぐんぜいしょうかん


別名「異世界召喚」と呼ばれるこの大召喚術は

約400年前に天才召喚士カレン・ミューラーが最初に提唱したもので、

召喚術としては各国で禁忌とされている究極召喚である

「天界召喚」「魔界召喚」に次ぐ大召喚術と呼ばれており、召喚士達の

終着点とも呼ばれている理論だ。


この理論は簡単に言うと三千大千世界、つまりこの世に無数に存在する「世界」と

この世との扉を繋げそこに住む英雄、勇者、賢者、などを無作為に抽出し召喚する

という召喚術だ。


もちろん生身の彼らを次元を超えて召喚するには、莫大なエネルギーコストが必要に

なるのだが、この理論では彼らの魂を模倣コピーし予め依り代となる魂の器に

入れるという手法を取る事で、必要なエネルギー量のほとんどを

軽減できるようにした。

そして忠実に再現した英雄たちは意思なき最強部隊としてこの世に生まれ変わる。


ナガセはこの理論を長年に渡って研究し続け完全に理解したつもりになっていた。

必要な資材、召喚に必要な設備、優秀な人材を家老に用意してもらい、

理論通りに行けば推定でも三日もあれば完成するはずだった。

しかし術式開始当初から召喚作業は難航した。


かなり複雑な術式の為、召喚に必要な御法円ごほうえんも高度な技術を要するため少しでも

法円に綻びが見つかれば連鎖して修正作業が必要になる上、この作業はかなりの

集中力と霊力を消費する事になるため召喚士達も疲弊し倒れる者が続出した。


その上法円が完成に近づけば近づくほど、何故か凶悪な魔物やあやかし共が

大楼殿に集まるようになり、そこでも人員を割かねばならなかった。


一つ一つの問題を片付けていき何とか計画を進めるも当初の予定よりも四日も

遅れており家老の大典太からはこれまで幾度も確認と催促の連絡があった。


だが本日最終調整を済ませ、御法円も完成しあとは必要な霊気を術士全員で

流すだけだったのだが、ここにきて術式を起動するのに人員が足りずさらには理論上

必要な霊圧が実践で試すと圧倒的に足りない事が判明した。


どうにか必要な霊圧を確保すべく、関係各所への通達と他の代替エネルギーを

利用する方法がないか執務室で寝ずに調べていたのである。


「どうぞ」


ナガセはかつての古い友人の突然の訪問に心底驚いた。何故ならこの大召喚を

真っ先に否定し反対した中心人物が彼女だったと聞いていたからだ。

ナガセは声が裏返りそうになるのを必死に抑えて、彼女を部屋に招き入れた。


「やあ、ナガセ!久しぶりだね。随分と追い込まれていると聞いてきたんだけど・・・

なんだ少し痩せた?ちゃんとご飯は食べているのかい?」


意外にも彼女はニコニコしながら、白兎族特有の頭の上の純白の長い耳をピコピコ

動かしナガセに手を上げて挨拶してきた。


菩提ぼだいか・・・・・・突然どうしたというのだ?すまないがこちらは忙しいのだが」

「まあそう邪険にしないでよ。今日は君にとっていい話を持ってきてあげたんだからさ」


彼女はそう言って手をヒラヒラさせながら、執務室の奥にある応接用の椅子に

ツカツカと歩みよりドカっと座ると、なんと置いてあった茶菓子を勝手にバリバリと食べ始めた。


「ふーー。まったくお前は昔から変わらんな・・・・・」

深いため息をつきナガセは自身の座っていた椅子の背もたれに寄りかかり

皺の入った眉間を指で揉んだ。

「アッハッハー!そう?このお煎餅美味しいね~。あ、秘書さんお茶貰える~?」


そのやり取りを気まずそうな顔で見ていた秘書の吹雪に、空気を読まない彼女は

図々しくお茶を要求する。

吹雪は無言でナガセの方を見て、どうするか目で訴えるとナガセは苦々しい顔で

持ってきてやれと手でジェスチャーを送る。


吹雪がそそくさと2人分のお茶を用意し応接用の黒檀こくたん製の机に置くと、ナガセも観念したように菩提の向かい側の椅子に腰かけた。


「それで?今日は何しにこっちへ来たのだ?遊びに来たわけではないのだろう?」

「ふふふ・・・・・ナガセもそのせっかちな所昔から変わんないねー」


彼女が軽く茶化すとナガセは口をへの字に曲げ、肩眉がピクリと反応する。

そんなナガセの反応を楽しみながら、彼女は持っていた大きなバックの中から

重厚そうな箱を取り出し目の前の机にコトリと丁寧に置いた。


「なんだこれは?随分と物々しい箱のようだが・・・・・一体何を持って来たと言うのだ?」

「フフ・・・君が困ってる頃だと思ってね・・・・上から許可は貰ってるからまあ開けてごらんよ。ああ、ただ扱いはくれぐれも慎重に頼むよ・・・・ね?」


そういうと菩提は手元から複雑な文様の書かれた鍵を取り出し箱の横に置いた。

ナガセはいつもながらノラリクラリと真意の読めない彼女の言動にますます眉間に

深い皺を寄せ怪訝そうな表情を浮かべる。


中身は何なのか事前に知りたい所だが、ニコニコと胡散臭い笑顔を張り付けた

彼女はこういう時絶対に教えてくれないことを彼は知っていたので、唇を尖らせ

渋々取り合えずこの鍵を開ける事にした。

鍵を鍵穴に差し込むと、箱が仄かに光りカチャリと音がする。

どうやら鍵の文様に反応して開く仕組みのようだった。


ナガセは恐る恐る箱を開いていき、中身を確認すると目を大きく見開き思わず

息を飲んだ。


「こ・・・これはまさか!?」

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