傾国の美女と百英雄を従える少女

野々宮のの

第1話傾国の美女

じい。此度の大召喚はどうなっておる?もう七日七晩も経つでのはないか?』


本人は涼しげに凛とした表情で努めて冷静に話しているつもりでも、

声に少々の怒気が混じり焦りから無意識に漏れ出る霊圧は

ピリピリと張詰めた空気を周りに放っている。

長い付き合いの女中や家臣達は、彼女の不興を買うまいと

内心冷や汗をかきながら畳の一点を見つめ事の顛末を見守る。


国の明暗が掛かっていると言っても過言では無い今回の大召喚は成功例が極めて少ない。

そのほんの僅かな希望に縋るしかない現状に憤りを覚えているのは

何も彼女だけではない。

爺と呼ばれた大蝦蟇おおがま族の家老である「大典太光世おおでんたみつよ」もまた同じ気持ちであった。

だが国の行く末を案じこの一計を彼女に進言したのもまた彼であったので、

彼女の怒りを黙って一心に受け手拭いで額の油汗を拭きながら口を開く。


「はい、恐れながら申し上げます。召喚士長の話ではあと数刻もあればとの事

ですゆえ、姫殿下に於かれましては今しばらく猶予をお与え頂ければと存じます・・・」


ここ数日似たような返答を何度も聞いていた彼女は、一切の表情を変えず黙って

家老の顔をじっと見つめる。


姫殿下と呼ばれた彼女は、多くの獣人族が治めるこの国に於いても珍しい血筋で

金色の美しい毛並みを持つ妖狐族であり、その中でもさらに珍しいとされる九つの

純白の尾を持つ「白銀尾花族」と言われる極めて希少な一族だ。

妖狐族は皆すべからく金色の瞳を持ち、その瞳には魅了チャームの特殊効果があり

じっとその瞳を見続けるのは危険であるとされている。


そして彼女の瞳はその中でも特別性だ。

その瞳の効果は魅了の外に恐怖フィアーの効果が上乗せされ、例え目を合わせずとも

かなりの精神的負荷がかかるのだ。

さっきからじっと見つめられている家老はその証拠に顔は青ざめ、唇は紫色に変色し

まるで酸素欠乏症チアノーゼを起こしかけているように息を荒くしている。


シーーーンと誰一人口を開く者も無く場に静寂だけが支配する。


やがて諦めたのか彼女はふーーっと鼻で大きくため息を吐くと、ひじ掛けに乗せていた

手をすっと返し指でクイクイと合図をする。

すると彼女の後ろの陰に控えていた側仕えの若い小姓が、雅な細工が施されている

鮮やかな朱色の桐箱から、豪奢な金色の装飾のある煙管キセルを取り出し

彼女の陶器のような美しい指にそっと乗せ、滑らかな造作で火を点ける。


彼女は手慣れた様子で目を細めながら、煙管の吸い口から煙をスーっと口に含むと

優雅な動作で天井めがけてふぅーーと煙を吐き出した。

彼女が数度その動作を繰り返すと、大座敷の中は彼女の吐き出す煙の独特の

甘ったるい香りに包まれていく。


煙を吸い終わった彼女が煙管を逆にし灰を落とす為に金属製の灰皿に、

煙管を打ち付けるとカーーンと甲高い音が室内に響いた。


息を殺していた家臣や女中達はその音に思わずビクリと肩を揺らす。

ここにいる誰もが彼女からの叱責を覚悟したその時、大座敷の襖の奥の方から

数人の慌ただしい足音がこちらに近づいてくる。


足音は大座敷の襖の前にきた辺りで一旦静かになってから、

「失礼致します。召喚士長のナガセで御座います。火急の件で姫殿下にお目通りを

お願いしたく馳せ参じました。平にお願い申し上げます」


その声を受けて女中2人が速やかにその襖の前に移動し主人の声を待つ。

高座に鎮座している姫は、女中らの方を一瞥しコクリと軽く頷いてから

「良い。通せ」と声を掛けた。

スーと襖を両側から開けると、いかつい顔をした高僧といった出で立ちの

鼻の高い男が大座敷に入ってくると恭しく正座し主である姫に深く礼をする。


その様子を鋭い目で見やると美しい九尾の姫君はまた煙管に火を点け声を掛ける。

「形式ばった挨拶は抜きでよい!ナガセよ構わぬから近こう寄れ」

「ははっ」

召喚士長のナガセは彼女の言葉に従い、足早に大座敷の高座前まで進み出てから

そのまま目線を下にし目を合わせないように気を付けながら座り直した。


姫君は金色の瞳をより一層輝かせながら、召喚士長であるナガセに言う。

「申してみよ」

「ははっ、ご下命頂いておりました大楼殿に於きましての大召喚の儀、先程『世界』と

繋がり見事成就致しましたのでご報告に上がりました」

「何?まことか!?」


コクリと黙って頷く召喚士長に、横で成り行きを見守っていた家老は内心ほっとしていた。

だがそんな様子にまるで気づかず彼女は矢継ぎ早に質問を飛ばす。

「して首尾はどうじゃ?その資格はありそうなのじゃろうな?」

「はい、霊力だけで言うと計測した所、基準値を大幅に越えており申し分ないかと」

「左様か。で、何人召喚出来たのじゃ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


「?・・・どうした?何故黙っておる?」

「御一人・・・・に御座います」

「・・・・一人?一人じゃと?一人と申したのか?」

「御意に御座ります」

「一人・・・・たった一人でどうしろと言うのじゃ・・・」


前のめりに聞いていた姫は召喚士長の話を聞いて、思わず座椅子の背もたれに

力なくもたれ掛かる。

「我が国の命運もここまでかのう・・・・・」

少し顔を青くしながら諦めにも似た表情で姫がそう呟くと、ナガセはしばし逡巡した後

不敬ではあるが自ら顔を上げ複雑な表情で姫に声を上げた。


「殿下。まだ諦めるには時期尚早かも知れませぬ」

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