21:隠匿

「あいててて……」


 アキは覚醒して早々、頭の芯にズキズキとくる痛みに顔をしかめた。

 どのくらい寝ていたのか、ぼうっとする意識に加えて喉の渇きを覚え、辺りを見回す。


 すると、そこは脱走したはずの病室だった。

 しかし、違和感がある。

 

 そうして真横を見ると、そこにはもう一台ベッドがあり、槇原が横になっていた。

 

「おはよう……。アキくん。いい朝ね」

「セリフと顔色が一致してないですよ……?」

「……誰のせいだと思う?」


 青い顔で目の下にくまを残した槇原が睨みつけてくる。彼女の額には大きな絆創膏が張ってあり、腕のあちこちにも痣や傷が見えた。

 半分は自分のせいか、と思い、首を竦めると、槇原は寝たままパキっと割った何かをこっちに放り投げてくる。


「鎮痛薬。水はそこ……」

「はぁ……」

 

 それだけ言うと、槇原は反対側に寝返って黙ってしまう。

 話をする余裕もないといった雰囲気に、アキは素直に水と薬を胃に流し込んだ。

 欲していた水分が体に行き渡る感覚を覚えながら、腕輪を軽く撫でる。


 するとすぐに目の前にソフィアが現れ、飛びついてきた実体のない体をアキは抱きとめた。

 

『ソフィア、大丈夫?』

『問題、ない。不覚、取った』


 ソフィアの顔を見ると、その表情はいつにも増して冷たい。

 アキはその青い髪をかき分ける仕草をして、彼女の頬を氷を解かすように撫でた。


『ごめんよ。守れなくて』

『いい。一緒に、いるから』


 そうは言いつつもソフィアは怒っているように見えるが、恐らくそれは己の失態を悔やんでいるんだろうとアキは察する。

 彼女はもう一度アキの首に腕を回して、耳元で囁くように会話を続けた。


『マスタ。情報集積体、どこ?』


 情報集積体、という言葉に、アキはソフィアに渡し、そして【B】に投げつけられた宝玉のことだと思い至る。

 アキ自身の記憶であるという、あの宝玉だ。


 【B】に告げられたときにはその実感はなかったが、今しがた見ていた夢を思い出して、アキは口をつぐむ。


 これまでにアキは何度も異世界での記憶を取り戻してきた。

 それはいつもアキが眠っている最中に起こっている。

 穏やかな波が乾いた砂に染み込むような、ゆったりとした懐古だった。


 だが、今回は違う。


 欠落していた部品を雑にねじ込まれたような……うまく嵌るはずの場所に別の何かがあって、けれどそれを押しのけて無理やり修復された痕跡――頭痛を感じていた。

 アキはすでに取り戻した記憶でわかる。


 自分の体は多少の不調や疲れで頭痛を感じることはない。たとえ普通の人間が死に至るような毒を受けても、アキの体はそれに耐える強度を持ち、体を動かせる程度には苦しみを遮断するだろう。そういう体に

 

 なぜなら、それが勇者というものだからだ。


 故にアキは受け入れるしかない。

 【B】の言っていた通り、少なくともあの宝玉に自分の記憶が含まれていることを。

 だからといって、あの女子高生の形をした魔物が信用に値するかは否だが――。


『……取られちゃった。銃を持った女子高生の魔物だったんだけど、ソフィアは知ってる?』

『不明。【じょしこうせい】、生物、知識なし』

『あ、いや、そういう生き物ってわけじゃないけど……そうだよね。向こう側じゃ女子高生どころか銃もなかったもんね』

 

 ――アキは宝玉のことを誤魔化した。


 ソフィアを勘ぐっているわけではない。ただ、これは自分の記憶であって、誰かに肯定されたり、否定されたりして取り戻すべきものではないと思ったからだ。

 アキは相棒に嘘をつくことに若干の罪悪感を覚え、触れられない体を掻き抱く。


『マスタ――?』


 ソフィアが心配そうなの声を上げるも、アキはしばらく彼女を離さなかった。

 


 ◇   ◇   ◇



「ええと……なに? じゃあアキくんはこんなおっきな美少女と四六時中イチャついてるわけ?」

「槇原、話の要点はそこじゃない」


 調子の戻った槇原が首を捻りながら言った言葉に、大木がため息をつく。


 アキが花の魔物を倒して、再びこの病室に縛られて数日が経った。

 そこに大木が訪ねてきて、改めてアキは自分の状況を説明したのだ。


 そのためにはソフィアの存在を打ち明ける必要がある。

 

 故に、ベッドに腰かけるアキの腕には実体化したソフィアが絡みついていた。

 

「し、失礼しました。で、アキくんの彼女ちゃんは――」

Negative否定。ソフィア、生物、じゃない。つがい、違う』


 槇原の言葉に、ソフィアが首を横に振る。

 その反応の早さに目を瞬かせながら、槇原は可哀相な視線をアキに送ってきた。

 

「振られてるわよアキくん」

「ぼくとソフィアは相棒だよ、槇原さん」

「わからない……。こんな美少女にまとわりつかれてそう言える男子高校生……。アンタ、仏か何かか?」

「勇者なんですけど」


 勝手に煩悩から解き放たれた存在に疑われたアキは呆れた顔で槇原に答える。

 アキとて美味しいご飯は食べたいし、テレビに映る面白そうなゲームもやってみたい。

 なんだったらそろそろこの病室にいるのも飽きてる、とアキは思った。

 

「そろそろ話を戻そう」


 そこで、大木が逸れた話を修正する。

 缶コーヒーを手に持ちながらこちらへ体を向ける彼に、アキは背筋を伸ばした。


「アキくんは勇者として別の世界――異世界に召喚され、冒険をして……それ以降は思い出せていないんだね?」

「はい。けど、まったく記憶がないわけじゃないっていうか……。たとえばこの間の魔物とは異世界で一度戦ってるんです。ただ、それは体が覚えてるだけ、みたいな……」

 

 自分でもうまく説明できないあやふやな状態に、アキは言葉を詰まらせる。

 槇原は怪訝な顔でこちらを見てくるが、大木は顎に手を当てて「うーん」と眉を顰めることなく唸った。

 その仕草はアキの状態を共に考えてくれているようで、好感が持てる。

 

 と、そこで大木の目がアキの傍にいるソフィアへと向いた。

 

「ソフィアくんは覚えているんじゃないのかな」


 確かに、ずっと一緒にいたのならば記憶を補完できるかもしれない。

 アキも首を巡らせてソフィアを見る。

 だが、彼女はアキの服に口元を押し付けて、モゴモゴとした喋り方で答えた。

 

「ソフィア。言わない」

「んん? なんで?」


 遠慮のない槇原の問いに、若干ソフィアの目が厳しくなる。

 だが、ソフィアはアキの服をぎゅっと掴むと、珍しく長めの言葉を紡いだ。


「マスタ、記憶復元中。ソフィア、の記録、客観的。言うと、マスタ、の主観的記憶。混ざる。とても危険」


 そうなんだ、とアキは他人事のように思う。

 他人に説明される記憶など意味がない。アキはあくまで感情的にそう思っていたからではあるが、実害があるとまでは予想していなかった。

 

「……神経学と精神医学の先生も連れてくればよかったかね?」

「わかんねーって言われるだけですよ。変に情報が漏れて仕事を増やすのも面倒です」


 難しい顔をする大木に、槇原は伸びで体をほぐしながら答えた。

 

「つまりソフィアくんの口から異世界での出来事を話してもらうのはよくないということか。なら今はそのことについて掘り下げるのはやめておこう」

Affirmative肯定。マスタ、の人格、破綻。可能性、ある」


 ソフィアがゆっくりと頷く。

 アキとしても異世界で体験したことの整理を自分自身で出来ていないこともあり、突拍子のない話でもとりあえず聞いてくれる大木の姿勢は有り難い。


 ソフィアの存在が受け入れられたことに、ひとまずアキは安堵するのだった。

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