20:招かねざる追憶、二
言葉を返せない。
そんなことない、と言えばいいはずなのに、ノエルが絞り出すように言った言葉を簡単に否定してはいけないと思ったからだ。
半年間一緒にいて、ノエルはどんな困難な状況でも絶望することのない強い女性だ。森の中で数週間遭難したときも、最後まで弱音を吐かなかった。
そんな彼女が今、目に涙を浮かべている。
「君はもっと、ずっと強くなる。出会ったときは頼りなかった君が、今はもう私たちを追い越して、すごく先にいる。君を近くで見てきた私たちには、それがわかるの」
ノエルの頬を伝う涙を見ていると、ぼくは肩に生温かいものを感じた。
見れば、ナナルがぼくの服に顔をこすりつけて嗚咽している。
「だから、ここで立ち止まらないで」
顔を拭ってはっきりとさせたノエルの口調に、ぼくは顔を上げた。
「君がいなくなったら、みんな寂しい。けど、嬉しくもあるの。君が強くなっていくのが見られて。ここまで一緒に冒険してくれて……。だから、私たちは君に夢を見てる。君が行く先で輝く姿をみんなが確信してる」
夢――いつかみんなで話していた、大陸中に名前を馳せるパーティになること。
そうやって稼いだ名声とお金で、それぞれの幸せを掴むこと。
それぞれが口にした希望は、行き着く先は違っても、同じ目標だったはずだ。
日々、命の危険に晒される中で、そんな夢を語れるみんなが好きだった。
一緒にいると、みんなと同じくらい希望に溢れた人間のように自分を思えたから。
「ぼくはみんなといたいよ……。一緒に、すごい冒険者になるって言ってたのに……!」
ぼくは思わず堪えきれず、泣いてしまった。
みっともない。ダサい。カッコ悪い。そんなことはわかってるけれど、ぼくの心はぐちゃぐちゃだった。
「甘ったれんな、アキ」
すると、思った通りクラウスの声がする。
まだぼくを叱ってくれることが、ぼくは嬉しかった。
「俺たちはお前ぇの足引っ張るための仲良し集団じゃねぇ。冒険者だ。こんなところで腐ってたらお前ぇの目的も掴めねぇだろ」
クラウスはどこか遠くを見ながら、ふんぞり返ってそう言う。
けれど、ぼくはその言葉に首を捻った。
「ぼくの目的……?」
呟くと、クラウスは「ハッ」と鼻で笑う。
「どうせ考えつかねぇんだろ。お前ぇは馬鹿だからな。楽しくやってりゃいつか見つかるとか思ってたんだろ。そうじゃねぇ。……お前ぇは前に進まねぇと駄目だ。そうじゃねぇとお前ぇはいつまでもベソかいてるガキのまんまだ」
言い終えるとクラウスは何かが書かれた羊皮紙をテーブルに叩きつけた。
ギルドの印が押されたそれを見て、ぼくは戸惑う。
「なに……?」
「お前ぇの次のパーティへの紹介状だ。会ったことはねぇからクソみたいな連中かもな。けど、腕は一流、お国御用達で馬鹿強ぇのは確実だ。そいつらと組め」
見れば、国からの正式な依頼として、どこそこで誰と合流せよと言った文面が書かれていた。
こんなもの、悪戯に発行されるような滅多なものじゃないことくらいはわかる。
「クラウスがギルドに掛け合って紹介してもらったの。そうでもしないと合流なんてできないから」
ノエルが付け加えた。
そういえばたしかに最近、クラウスはギルドに用事があるとかで別行動していたのを覚えている。
それが、まさかぼくのための用事だなんて思いもしなかった。
けれど、別に不思議じゃない。
クラウスはなんだかんだ言って面倒見のいいリーダーなのだから。
「クラウス、ぼくを売ったりしてない?」
「ブン殴んぞ」
ぼくが冗談を言うとクラウスは睨みつけてきたが、みんなは笑いを漏らす。
暗かった空気が少し明るくなり、みんながいつもの顔に戻った気がした。
しばし笑い合ったあと、ノエルが懐から何かを差し出す。
「アキくん、これをみんなから贈らせて」
それは赤に近いオレンジ色をした宝玉のペンダントだった。
見れば、みんなも胸元に同じものを着けている。
「離れていても、君は私たちの仲間……。そう思わせて。勇者様にこんなもの贈るのは、ちょっと図々しいかな?」
「知ってたの?」
思わず、ぼくは驚いて聞き返した。
ぼくが勇者だってことはみんなには伝えていないし、戦闘で霊翼を見せてしまったときも適当に誤魔化していた。
冒険者はあまり他人の事情に首を突っ込まない。
みんなからも詮索されたことがないから、気づかれていないと思ったんだけどな。
それでも――ぼくが勇者でもみんなは変わらずぼくに接してくれていたんだ。
「へへっ、みんな知らないとか思ってたのアキだけだよ。にぶちん」
「お前ぇら、俺の目が確かだってこと認めろよ?」
「……それはやや疑問だ」
「私はまた子犬拾ってきちゃったんだなって思ったよ」
「お前ぇらよぉ……」
「子犬って……」
好き勝手言うみんなにぼくとクラウスが肩を落とすと、笑い声が上がる。
クラウスの不器用なところ。
ノエルがそれを叱ってフォローしてくれる優しさ。
ナナルは何かとイジってくるけれど、それはぼくを気に入ってくれていることの裏返しで……。
ヴァルは静かだけどくだらない話にもちゃんと答えてくれる。
これがぼくの仲間たち。
離れ離れになるのは寂しいけど、最後まで背中を押してくれた。
ぼくは差し出されたペンダントを首にかけて、みんなを見回す。
「ありがとう。大切にする」
そう言うとみんなは安心したように、そして、ちょっと寂しそうに笑った。
「こんだけケツ叩いてやったんだ。すぐに泣いて戻ってくんじゃねぇぞ」
クラウスだけが相変わらず無愛想な顔でそっぽを向くのに、ぼくは頷く。
「うん、頑張ってみる」
「無理はしないでね」
「どーせヘマこいてすぐ帰ってくんじゃないの~?」
「お前にならできる」
そんなみんなの気持ちを受け取って、ぼくはまた新しい旅に出た。
大丈夫。きっとまたいつか会える。
次に会った時にみんなをがっかりさせないように。
背中を押してくれたことを、みんなが胸を張れるように。
ぼくは歩み続けた。
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