19:招かねざる追憶、一

 ぼくがクラウスたちと出会ってから、半年が経つ。

 その間に色んな街へ行って、色んな危機を乗り越えて、色んな冒険をした。


 そんなある日、クラウスに言われたことをうまく飲み込めず、ぼくは目を白黒させながら聞き返す。


「えっ……? えぇ? ごめん、クラウス、もう一回言って?」


 感じるのはバツの悪そうな雰囲気。

 普段なら様々な話題が飛び交う朝食の席のはずが、このときに限ってみんなは黙り込んでいた。

 

 聞き返されたクラウスはなんでもないことのように、いつも通りぼくを見下ろして言う。

 

「あぁ、言ってやる。お前ぇは今日でこのパーティから抜けろ」


 抜けろ……?

 ぼくは思わず静かな食事処に響く声を上げた。

 

「なんで!? ぼくなにかした!? そんなこと、急に言われても困るよ!」

「急じゃねぇ。前から決めてたことなんだよ」

「それはクラウスがでしょ!? 酷いよ!」


 テーブルを叩きながら怒りのままに言葉をぶつけると、クラウスは舌打ちして目を逸らす。

 

「ガタガタ言うんじゃねぇ。とにかくお前ぇはクビなんだよ!」

「クラウス……」


 この半年で、ぼくはぼくなりにこのパーティに馴染むことが出来ていた。

 始めは怒鳴られるばかりだったクラウスにも、こうして怒りをぶつけられるようにもなった。


 なのに、どうして……?


 すると、横からクラウスの頭を細い腕が小突く。

 ノエルだ。

 

「こら、なんでちゃんと説明しないの」

「……るせぇ」


 その口振りから、なにか理由があることは察したが、今まで知らされていなかったのは変わらない。

 ぼくはテーブルを囲む仲間たちを見ながら叫ぶ。

 

「ノエルは知ってたの!? みんなも!?」


 ぼくから見たみんなの反応は二通りだった。

 気まずそうに目を逸らすか、しっかりとぼくの目を見返すか。


 しかし、ぼくの問いに否定する声は上がらない。

 

「……ええ。クラウスだけじゃない。みんなで決めたことなの」

「そんな……仲間だって思ってたのにっ……!」


 静かに言うノエルの言葉に、ぼくはめまいを覚える。

 心の奥がぎゅっと苦しくなって、誰に突き飛ばされたわけでもないのに、後ろによろめいた。

 ぼくは胸の痛みから逃れるために、その場から逃げようとすると――。

 

「待って、アキくん!」

 

「アキ!」

「アキ」

 

 ノエルの叫びと共に、ぼくの腰にナナルが組み付いて、腕はヴァルにがっしりと握られる。

 

 振り払うのは簡単だ。

 ナナルは体重が軽いし、ヴァルにだって力では負けない。

 ぼくはもうすでに、みんなと肩を並べられる冒険者になったのだから。

 

 けれど――だからこそ、仲間に怪我をさせることはできなかった。

 

 ぼくは何も言えずに、大人しく席に戻る。

 そうすることでヴァルは手を離してくれたが、ナナルはぼくの服を握ったままだ。

 

 ノエルはぼくが視線で話を促すと、ゆっくりと口を開いた。

 

「……私たち、この半年間ですごく変わった」


 胸に手を当てて、ノエルは呻くように言う。

 ぼくはぼくが入る前の彼らを知らない。だから、その前後でどう変わったのかは知らないけれど、ぼくたちは半年前と比べてずっと強くなっているのは実感していた。

 

 最初はパーティで戦っていた敵を、個々で倒せる程度には強くなった。

 

 それこそ――。

 

「アキくんはあんまり興味なさそうだったけど、私たちはもう結構有名なパーティなんだ」


 ――ぼく一人が抜けても、十分に依頼をこなせるほどに。


 そうか、とぼくは俯く。

 

 クラウスの気まぐれで拾われたぼくだ。

 みんなと比べて、冒険者としての経験が圧倒的に足りない。

 ベテランのパーティの中にルーキーが混じっている状態は、この先のみんなにとってハンデでしかないのかもしれない。

 

 そうならば、ぼくは自分を納得させることができる。

 だって、ぼくはみんなが好きだから。


 むしろ、ここまで連れてきてくれたことに感謝すべきなのかもしれない。

 だったら、全部は言わなくていい。聞くだけ悲しくなってしまう。

 

 ぼくは顔を上げて、了承の言葉を告げようと――。

 

「それはね。全部アキくんのおかげなんだ」


 ――え?

 

「こんなにすぐ名前が広まるなんて、私たちも思ってなかった。……ううん、それだけじゃない。アキくんがいなきゃ、切り抜けられなかったことがいくつもあった。今の名声なんて、その副産物」

「そ、そんなこと……」


 ぼくは急に話がわからなくなった。

 これまでの危機は、みんなが力を合わせて戦った結果だ。

 勇者としての力を使っても倒せたかわからない敵に勝てたのは、みんなで戦っていたからだ。


 ぼくは困惑して周りを見ると、ヴァルを目が合った。

 

「事実だ。アキ」


 続けてナナルを見ると、彼女は深く頷く。


「アキがいなきゃ、アタシはここにいないよ」


 確かに戦闘中にナナルを守ることはあった。

 けれど、それはお互いさまだ。ぼくだってそうだ。


 クラウスが敵を引き付けてくれなきゃ。

 ノエルが傷を癒してくれなきゃ。

 ナナルが隙をついてかく乱してくれなきゃ。

 ヴァルが急所を射抜いてくれなきゃ。


 ぼくは今、ここにいない。

 

 けれど、ノエルは声を低くして続ける。

 

「それで思ったの。――私たちはアキくんに追いつけない」

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