6:再会
眩しい。
瞼を閉じていても眩しさを感じるほどの明るさに、アキの意識が覚醒する。
同時に感じるのは嗅ぎなれたお日様のような香りと温もりだ。
それだけで、アキは彼女が今も傍にいてくれていることを実感した。
随分と長く寝ていたような気がして、アキは目を擦ろうと腕を上げる。
しかし、ガチャっと音がして、その手が顔に届くことはなかった。
「ん……?」
手首の武骨な感触に、アキは瞼を開ける。
するとそこには、銀色の手錠のようなものをつけられた右手があった。
手錠の先は太い鎖で手摺に繋がれていて、ついでに言えばそれはもう片方の腕も同じ状況だった。
「……なんで?」
気分が良いとは決して言えない状況に、アキは体を起こしながら誰ともなく問う。
「どうしてだと思う?」
すると、病室のドア側から質問に応じる声があった。
見ればナース姿の槇原がパイプ椅子に座って、こちらを睨みつけている。
アキはその気迫に圧されて彼女の言う通り自問自答した結果、ひとつの答えを出した。
「勝手にうろついたから、ですか?」
「一パーセントくらいは正解ね。でもそれくらいだったらお説教だけで勘弁してあげたんだけど」
槇原はため息を漏らしながらそう言い立ち上がる。
そして、こちらに近づくと左手の手錠を外してくれた。
じゃあこっちも、とアキは右手を上げてみせたが、槇原は冷ややかな視線を落としていた。
アキがその先を辿ると、左腕に巻き付いた腕輪だった。
「残りの九九パーセントはそれよ。窃盗、不法侵入、不正アクセス禁止法違反、器物破損。君じゃなかったら即施設にブチ込みたいくらいよ。言い訳はある?」
「最後の器物破損がわかりません」
「開けることを前提としてない扉は開けると壊れるものなのよ。……その他は認めるのね?」
「いいえ。これはぼくの腕輪ですから、それを取り戻しただけです。そもそもぼくがやったわけじゃないので」
昨日とは打って変わって高圧的な槇原に、アキはあっけらかんと言ってみせる。
「じゃあ誰がやったのか教えてもらえる?」
槇原は腕組みして苛立ちを抑えきれない様子だ。
そんな怒らなくてもとアキは思いつつ、腕輪を一度眺めてから――。
「腕輪が勝手に……?」
「ふざけてると怒るわよ。クソガキ」
「もう完全に怒ってるじゃないですか……」
ついに飛び出した暴言に辟易しながら、アキは正直に答えることにした。
この腕輪の呼びかけで地下まで行ったこと。
セキュリティの類は恐らくこの腕輪の力で突破されたこと。
そして、自分が別世界でこの腕輪を手に入れたことを思い出したということ。
他はともかく、一番最後は恐らく信じてもらえないだろうとアキは思う。
最悪、精神病と診断されてしまうかもしれない。
けれど、槇原はその話に驚くことなく、話し終えたアキに再び深いため息をついた。
「わかったわ。他に君へ返さなきゃならないものはないかしら」
「わかりません。全部を思い出したわけじゃないから……」
槇原は眉間にシワを寄せながら、なんとかアキの言葉を飲み込んだようだ。
アキに対して鋭い目つきで人差し指を突き付け、声のトーンを下げる。
「もう二度と勝手に施設内をうろつかないで。でないと君の全身をベルトでぐるぐる巻きにするしかないわ」
「わかりました。すみません、槇原さん」
アキが正直に頭を下げると、槇原はようやく怒りを静めてくれた。
彼女はそそくさと、さっきまで座っていたパイプ椅子を畳んで壁に立てかける。
「それじゃ、もうすぐ朝ごはんだから、それまでおとなしくしてなさい」
槇原はそう言いながら病室を出ていこうとする。
「あっ、待って! 右手は!?」
いまだ手錠を繋がれたままの右手でガチャガチャと音を立てて言うと、槇原は鼻で笑った。
「朝食までその状態で反省してなさい」
彼女はそう意地悪そうに言って、病室を出ていく。
アキはそのドアが閉まり、槇原の足音が去ったことを聞き届けてから、ベッドの正面に向き直った。
「だってさ」
『できる。破壊。する?』
「やめとこうかな」
浮遊する半透明の青髪の女性――ソフィアがベッドの上に浮かび上がるように姿を現す。
小首を傾げて聞いてくるソフィアに、アキは首を横に振った。手錠まで壊したら今度はなにをされるかわかったものではない。
代わりに手を広げて見せると、ソフィアは無表情をわずかに緩ませる。
「ソフィア」
『イエス。マスタ』
すると、すぐにアキの腕の中へ実体のない体が飛び込んできた。というより、抱え込まれた。
重さもなく、触れることはできない。けれど、わずかな温もりと香りが彼女の存在を主張している。
『ここ。音聞く、三つ。見える、五つ。ある』
「それも放っておいていいよ。壊したらまた怒られるし」
盗聴器とカメラのことかな? と思いながら、アキは胸に頭を擦りつけてくるソフィアの髪を撫でる。
果たしてソフィアとどれくらいの期間、離れ離れになっていたのだろう。
現時点では別の世界に飛ばされた直後のことしか、アキは明確に思い出せてはいない。
しかし、ソフィアがこうしたスキンシップを好むことだけは覚えていた。
『嬉しい。ソフィア。嬉しい』
「僕もだよ」
頬擦りされ、頭を抱き抱えられ、まとわりつかれる様はまるで大きな猫のようだ。
ソフィアは全体的にゆったりとした衣装を身に纏っているのでわかりづらいが、それなりに体の凹凸が激しい。
彼女の熱烈なスキンシップに平静を保っていられるのは、その感触がないからこそだ。
その点では彼女の特殊さに感謝せざるをえない。
しばらく互いに再開を喜んだ後、無表情に戻ったソフィアが少しだけ体を離す。
『ここの人間。信頼、不可能。ソフィア』
「何かされた?」
『実験。いっぱい。ソフィア。拒否した。スタンドアローンモード。追記、幽閉』
「そっか。嫌だったね」
『ここ、出る。最善。脱走推奨』
少しだけ眉をひそめて怒っているソフィアの頭を撫でながら、アキは上を向いて考えた。
ソフィアはすでに不信感しか抱いていないようだが、アキはここがどんな施設で、そしてなんの組織なのかまったく知らない。
ソフィアを厳重に保管していたところを見れば、病院でないことはたぶん確定なんだろう。
しかし、アキが会った槇原や大木が日本政府の人間なのか、その直下の何かの組織なのか、それとも全く関係ない空想的秘密結社なのか。
傍から見れば腕輪にしか見えないソフィアはともかく、アキに対して人体実験をすぐやるとは思えない、というのが昨日の大木から感じた雰囲気だ。
アキは少しだけ声のボリュームを上げて独り言ちる。
「ここがどんなところなのか説明してくれれば、ぼくも安心できるだけどな~」
それから数分後、朝食と共に病室に入ってきた槇原の後ろには、大木が立っていた。
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