あこうと愉快な仲間たち

野々村鴉蚣

プロローグ

 ――この世界には罪がある。

 ――傲慢、嫉妬、強欲、暴食、色欲、怠惰、憤怒、執着、憂鬱、虚飾、邪推、狂愛、正義。

 ――十三の罪を犯してはならない。それは禁忌である。

 ――罪人には天罰を。清く正しき者には救いを。

 ――神は仰せられた。来たる約束の日に、世界は罪を浄化する。善のみが全。全てが洗い流され許される日が来るだろうと。

 ――神は仰せられた。罪人たちよ、その罪を悔い改め、神を信じよ。

 ――この世界はその日、純白となる。


 大正六年一月七日。その日は雪が降っていた。くすんだ鼠色ねずみいろの雲から、銀にきらめく結晶がふわふわと舞い降りてくる。森の民の村と呼ばれていたその場所は、今や見る影もなく白と黒に覆い尽くされていた。

 昨晩の火災が原因である。木造家屋の全てが焼き付くされ、残されたのは黒く墨になった柱のみ。木と茅葺かやぶきで組まれた屋根など、今となっては見るも無惨むざん有様ありさまであった。

 積もった雪の隙間から、所々黒焦げの手足が生えている。肉はただれ、骨は炭化し、衣服など残ってやしない。雪の中から掘り返したところで、生前の姿など分かりやしないだろう。

 もしその村を注意深く見る者が居たのなら、若干の違和感に気づくはずである。

 村の周囲に立ち並ぶ、葉のすっかり落ちきった木々のいずれにも火が燃え移っていないのだ。もしもこれが不祥事による火災なのだとすれば、きっと今頃冬の乾燥も相まって大規模な山火事となっていたことだろう。それなのに、燃えた様子を見せるのは集落だけであった。燃え尽きた村を隠すように、雪と木々はなおも健在に存在感を放っていたのだ。

 そして、もし仮に亡骸を拾うことがあれば気づくはずである。

 その村で亡くなった人々は皆、揃って首だけ切り落とされていたのだ。加えて、数名の亡骸は何者かに捕食された形跡が見られる。

 しかし、そんな事など、金輪際こんりんざい誰一人として気づくはずは無い。無情にも降り続ける雪が、この村を跡形もなく覆い尽くして行くのだから。春が来て、雪が溶けるまで、ここで起きた大罪をひた隠しにしようとしているのだから。

 きっと雪が溶ける頃になれば、冬眠から冷めた虫や獣の手によって村人の遺体は消え失せることだろう。誰にも気づかれることなく、この村の存在は消滅するのだろう。

 だが、それでいいのかもしれない。この村に住んでいたのは人にあらざる者達だからだ。彼らは自らを鴉族カラスぞくと名乗った。人の姿をし、背中から黒い羽を生やす異形の種族。ここは妖怪の村。

 この日、世間に知られることなきまま、ひっそりと消滅した異質な種族。彼らがどのような最後を迎えたのかなど、誰も気には停めないだろう。

 そんな村に、一羽のカラスが舞い降りた。雪の光を反射させ、青くつやめく二枚の翼。村の様子を見定めるように、ギョロリと辺りを見渡す漆黒しっこくの瞳。そして木の枝を掴み体を支える三本の足。そのカラスは微かに白い息を吐いて小さくカァと鳴いた。

 閑散かんさんとした森は、カラスの声を吸い込みなおも静寂を極めている。あまりの静けさに、カラスはブルっと身体を震わせた。

 それから、カラスは木々の隙間を転々と飛び回り、時折雪の上に降りては器用に雪を掘り返す等していた。黒く燃え尽きた柱の上で休憩しては、また地面に降りて何かを探す。そんなことを繰り返す内に、雪が止み太陽が顔を見せ始めた。

 正午に差し掛かった頃だろうか。ふと、カラスが小さく声を発した。

「あぁ、やっと見つけたで」

 しゃがれた高い声だった。カラスは三本の足を巧みに動かして雪を掻く。その度にバサリバサリと新雪しんせつが舞い、正午の光が絢爛けんらんたる景色を見せた。

 カラスが雪掻きを始めて、どれくらい経っただろうか。コンコンと降り続けていた銀花ぎんかもいつしか止まり、遠くの木々に積もった雪がドサリと音を立てて落ちた。

 焼け焦げた黒の家々も、今となっては銀世界だ。

「……聞こえるか?」

 カラスは掘り起こしたモノにそう問いかけた。

「あかんな、聞こえてないようやわ」

 そう呟いたカラスは、再び雪掻きを再開させる。諦めようとしないその姿を応援するかのように、ブオウンと一つ突風とっぷうが訪れた。それは一瞬で大きな旋風つむじかぜを巻き起こし、裸木が踊りだす。カラスの周囲に積もった雪ですら、それに巻き上げられ空高く上っていく。

「うぅっ」

 カラスは飛ばされないようにと全身に力を入れた。三本の足を必死にバタつかせ、何かを鷲掴みする。バランスを崩した体を整えようと翼を広げてバタバタと羽ばたいた。それがいけなかったのだろう。カラスを襲った強風は、そのまま翼を天へ押し上げた。


 ――ザバッサ。


 カラスに引き上げられるようにして、深雪に閉じ込められていたソレは姿を現した。

「あぁ、間違いなかった。ようやく見つけたで」

 風が止み、地に足をつけたカラスは身震いする。羽根の隙間に入った細かな雪がサラサラと零れ落ちた。

 カラスは三本の足を器用に使って雪の上を歩き、その内一本をそっと伸ばす。そのまま、雪から引き上げたモノに触れた。心なしか、カラスの表情は安堵を浮かべているように見える。

「生きてるか? それとももうお陀仏か?」

 カラスが雪から掘り出したモノは、少年であった。齢十六かそこらの、黒髪をした少年。雪に冷やされた肌は青白く変色しており、唇の色は死を連想させる。右目に大きな穴が開いており、血が凍り付いていた。

「ほな、報告に行こか」

 カラスがそう呟き翼を広げた時だった。

「――っ」

 少年の唇が、わずかに動いた。

「嘘やろ……。こいつ、生きてはる」

 少年の左目がゆっくりと開く。赤い瞳が、驚きの表情に満ちたカラスを映した。

「お前、生命力だけはバケモンやん、野々村鴉蚣ののむらあこう

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あこうと愉快な仲間たち 野々村鴉蚣 @akou_nonomura

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