第7話 魔王城の憂鬱①

 城の主は玉座の間へ唐突に姿を現すと、周囲で立ちすくむ家臣たちの間を悠々と通り抜け、あるべき場所へと腰を下ろした。

 玉座に最も近い場所へ位置していた女が、落ち着いてはいるものの責めるような口調で声を掛ける。


「――どちらに行かれていたのですか?

 最近は城を空けてばかり……。政務もなさらずいったい何処をほっつき歩いておられるのか。」


「どうでもよかろう?私は既に引退した身だよ?

 フィオナ、いつでもこの椅子ごと君に受け渡す準備は出来ているさ。」


 その言葉の棘は、向けられた相手には全く効果が無く、平然と返されてしまう。


「ご冗談を。私ではまだまだ叔父上――魔王様の足元にも及びません。

 魔王様にはまだまだ現役でいて頂きませんと。」


 声を掛けた女の名前はフィオナ・デモンソウル。玉座の主の姪にあたる魔族だ。

深紅の瞳は冷静な知性とともに秘めたる情熱を宿し、漆黒の長い髪は風もないのに優雅になびく。整った顔立ちに生真面目な表情が映え、その容貌からは強靭な意志を感じられた。


「その割には、私が居ないのをよいことに、好き勝手しているようだがね。

 ――ああ、別に責めている訳ではない。先ほどの言葉は嘘ではないのでね。

 まあ、君はまだ若いのだから、好きにやってみるといい。」


 余裕の笑みで言葉を重ねる魔王に対し、保とうとしていた冷静の仮面がやや崩れ、苦い表情が表に出る。


「まあまあ。魔王様、ご健在で何よりでございます。引退などとんでもない。私どもには魔王様が必要です。何よりこのような状況下では。」


 そこへ穏和な声が割り込み、取り成しを試みる。

 声の主は、ヴェルゼール・グレイスウィスパー。紫の瞳を持ち、漆黒の髪が流れる魔族。優雅で流麗な身のこなしに、物腰柔らかな微笑みが絶えず添えられている。

 端正な顔立ちが彼の高貴な出自を象徴しており、魔王の側近として長く使えている男であった。


「人間たちが我らに対して反転攻勢を狙っておるようでございます。

 異界のもの達を召喚し、その魔力と力を訓練用ダンジョンにて磨き上げていたようで。

 訓練も完了し、今まさに我らを叩く為の人員を編成している頃かと。

 出来れば、こうなる前にどうにかしたかったのですが……。」


「訓練用ダンジョンの付近は強力な防護結界で守られていて、我らでもそう簡単に手を出す事は出来なかった……。

 魔王様のお力であれば何も問題なく殲滅頂けたのですが。」


「ふん。主の力をあてにするのは如何なものかな?

 何度も言うように私はもう引退したつもりなのでね。次期魔王がいつまでも先代に頼っているようでは困るな。」


 再び向けられた非難の鉾を難なくかわすと、更に言葉を続ける。


「で、どうするかね?魔王代行としては、この事態をどうさばく?」

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