【2】

 玄関の扉が開く音がした。告解部屋に隠れていた真田はそれに気づき、そっと戸を少し開けた。上下黒い服装の人物が、顔を伏せながら歩いている。手袋をはめた両手には、四角い大型のバックを持っている。重そうに見えるが、それよりも真田の目に付いたのは、その人物が来ているウインドブレーカーであった。あのとき、水族館で目撃したものと一緒だ。間違いない。犯人だ。真田は直感した。黒ずくめの人物が、正面の十字架の前にバッグを置いてしゃがみ込んだ。真田は音を立てないように告解部屋から出ると、拳銃を両手に構え、背を向けている人物に銃口を向けながら中央に進んでいく。そして、赤絨毯の上に立つと声を上げた。

「警察だ!動くな!」

その人物の動きが止まった。

「ゆっくりこっちを向け」

真田が言うと、黒ずくめの人物はおもむろに立ち上がり、フードを脱いで半身ごと振り返った。正体を眼前にした真田は吃驚した。その人物は、真田がこの事件で最初に聴取した相手、浅宮純であった。真田に疑いが芽生える。カナトのプロファイリングでは、犯人は男のはず。だが純は、姿からして女だ。一体全体どうなっている。真田が混迷していると、後ろからカナトの声が飛んできた。

「犯人はこいつだ」

いつの間にか聖堂内にいたカナトが歩いて近づいてきた。そして、真田の隣に立つ。

「おい!車にいろって言っただろ!」

真田は純に拳銃を向けたまま、カナトを𠮟りつけるが、本人はそれを聞き流す。

「お前がパ二クると思って来てみたら、案の定だ」

カナトは歯を見せて笑った。今さら戻れと催促したところで引かないだろう。真田は不承と感じつつも、疑問を投げかける。

「どういうことだ?犯人は男じゃなかったのかよ?」

ふたりを凝視する純を指差したカナトが言い放つ。

「こいつは男だ。女のふりをしている」

「なに!?」

真田は我が目を疑い、一瞬カナトを見てしまう。

「そのバッグの中身、バラバラにした遺体だろ。十字架にはりつけにでもするつもりだったか?」

カナトの言葉に、純の顔色が変わった。どこか負のオーラを漂わせている。真田は自分の考えを示して問いかけた。

「それって、LGBTみたいなやつか?」

カナトはその考えを否定した。

「違う。こいつについて調べたが、そんな性的指向はなかった。この犯行の期間だけ女に成りすましてたんだ。現に、こいつが登録してるスキルマーケットの情報、最初の事件が起きる数日前に、性別が男から女に変更されていた。被害者に近づくためにそうしたんだ。相手が異性よりも同性のほうが警戒されにくい。場合によっては親近感を抱かせることもできる。お前は運よく名前も顔も女っぽい。声変わりもほとんどしていない。だからそうやって、ほかの被害者にも女のふりして接触してきたんだろ?」

鋭い目つきでカナトは答えを求めた。黙って聞いていた純が怪しく歯をこぼす。

「いつからわかったんだよ?俺が男だってこと」

純が急に「俺」という一人称を使い出した。カナトの言うとおり、男らしい。真田はいまだに信じられない。

「あんたとは初対面だよな?」

カナトに目を遣り、純が訊いた。

「直接会うのは初めてだ。でも、俺はお前を見てたんだよ」

「は?」

純にはカナトの話の意味がわからない。それに、なぜこの女は自分を「俺」と言っているのかもわからなかった。カナトはその点は説明する必要がないと思い、省略したのだった。

「お前が男だと気づいたのは、その身体、骨格だ。鎖骨の位置、骨盤の形が女のそれとは違ってた」

「骨か・・。そんなんでバレるとはね・・。なら、どうして俺が犯人だと?」

「人が嘘をついたときに示す仕草や行動。お前だけだったんだよ。真田が聞き込んだ相手の中で、その反応が身体に表れてたのが。気になった俺は、そこを起点にしてお前の身辺を調べ始めた」

確かに純はあのとき、首元が広い服を着ていた。シルエットがわかるジーンズも身に着けていた。だがカメラ越しだ。あんな小さいカメラの向こう側から、そんな細かいところまで目を配っていたのか。しかも、相手の行動から心理状態まで読んでしまうとは。ある意味、敵にはしたくない存在だ。真田はカナトの観察眼に舌を巻いた。カナトは言葉を重ねる。

「お前、未成年のときに補導歴があるな。器物損壊。野良猫を傷つけていた。補導歴は成人になったら破棄されるから、突き止めるのにちょっと苦労したよ。それでもお前は、その性癖を止められなかった。年を取るごとに度を越していき、死体損壊に惹きつけられたが、動物では満足できなくなってきた。そこで最初の被害者、藤本涼子が現れたことにより、お前は狙いを人へと変えた」

まだあるとばかりに、カナトが続ける。

「凶器に使われたチェーンソー。あれを現場に残してったのがミスだったな。あのチェーンソーから部分的な指紋が検出された。そして、お前は補導された当時に指紋採取されていた。データは残したままにしてある。だから、すぐにでも照合できる。俺たちがここにいなくても、遅かれ早かれ、お前は怪しまれるかもな」

顔を伏せた純が呟く。

「やっぱしくじってたか・・。フッ・・・」

純の口元が緩みだし、やがて高笑いに変わった。気のせいか自嘲的に聞こえる。両手をウインドブレーカーのポケットに突っ込み、目をカッと見開いたまま、カナトに視線を向ける。

「そこまで知っちゃってたんだ。ご明察。当たりだよ」

純の自白めいた言葉に、真田が訊いた。

「犯行を認めるんだな?」

にやけた顔で純が明言した。

「ああ。全部俺だ」

純がそう告げると、カナトが声を投げる。

「パズルを完成し損ねたな」

それを聞いた純は、愉快そうに話した。

「それ、気づいてくれたんだ。嬉しいなあ。あんな古いパズル知ってるなんて。あんた、ああいうのが好きなの?」

カナトは首を振った。

「お前の証言から行き着いたんだよ」

そして、まるでからかうかのような口調で純に訊ねた。

「気持ちよかったんじゃないか?人を切り刻めて」

「そうだねえ・・。あれはなんとも言えない幸福感なんだよ。最初は傷つけるだけでよかった。けど、それじゃ満たされなくなって。生きたままだと暴れて上手くできないし、血が飛び散るのが嫌だから、殺したあとでゆっくりとね。特に刃先が皮膚を破って肉に入るとき。あの瞬間は快感だよ。たまらなかった。生まれて初めてだった」

不気味な喜びに浸っている純に、カナトが問いかける。

「きっかけはなんだ?」

「ストレス発散。でも、次第にそうじゃなくなった。生活の一部になっていった」

「そのストレスは、お前の母親にあったんじゃないか?」

純が一瞬、表情を歪める。

「お前の母親はひとり親、つまりシングルマザーだった。その母親は、お前が六歳のときに死んでる。なぜか当時、お前の戸籍上の性別は女だった。それが死んだあとになって、元の男に変更されていた。俺はそこになにか原因があると思ってる」

カナトがそう言うと、純は視線を逸らし、鼻で笑った。カナトや真田に対してではない。純の母親に対してのように見えた。そして、自分にとって忌まわしい過去を述懐する。

「母さんは女の子が欲しかったんだ。でも、生まれたのは男の俺。しかも、二度と子どもが産めない身体になっていた。諦めきれなかった母さんは、俺を女として育て始めた。服装もしゃべり方も、女の子に見えるように。俺も母さんに喜んでもらいたくて、言うとおりにしてた。けど、成長するにつれて違和感になった。なんで男の俺が、女らしくしなきゃなんないのかって。それであるとき、母さんに反抗した。そっからだ。母さんが執拗に「死にたい」と言うようになったのは。「産んだのを死にたいぐらいに後悔してる」とか、「死にたいほどに憎しみが湧く」だとか、俺に聞こえよがしに何度も何度も独り言呟いて。本気で死ぬ気もないくせに。そんなに嫌なら俺を捨てりゃいいだろ。俺だって望んで男に生まれたわけじゃないんだ。なのに母さんは、外では優しい母親を演じたいばっかりにそうしなかった。でも、家の中では俺に対する愚痴ばっかり。正直ウザかった。動物に害を与えてたのはその頃だ。憂さ晴らしにね。そのとき思ったんだ。死にたいなら本当に死なせてやろうって。それで母さんが寝てる間に、部屋に火をつけてやった。黒焦げになった母さんを見て、少しだけ開放された気分にはなったけど、母さんの声が頭から離れなくて。でも、動物を傷つけてるときだけはその声が消えて、満たされた気持ちになるんだ。バラバラにしてみたら、余計に気持ちが充実してきてやめられなくなった。だから、今までずっと続けてきたんだよ」

純の長口上に、カナトが所感を述べた。

「そうか。それで母親みたいな口を利く女に殺意を抱いた。嫌いな母親とダブったんだな」

「あんな軽口叩く女、本当に死ねばいい」

「お前はそのとき、人をバラバラにしたい衝動に駆られた」

「前から興味はあったんだけどさ、そこまでの気分にはなれなかった。でも、あの女どもの投稿を見て、母さんの声がまた聞こえてきた。だから決めたんだ」

純が犯行に至るきっかけを知ると、カナトがひとつ訊ねる。

「部位をすげ替えたのは、本人の劣等感を解消させるため。お前の狂った恩情だった。そうだろ?」

「狂ったなんて人聞き悪いなあ。あいつら、死にたいくらいに嫌がってたんだ。だから理想を実現させてやったんだよ。俺には感謝してほしいね。あるべき姿になれたんだから」

本心をぶちまけた純は語を継いだ。

「パズルはそうだなあ、おまけ的なもんかな。やるなら面白くしたほうがいいと思ったってだけ」

「面白く・・。やっぱ面白かったんだ・・・」

カナトが呟いた。

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