【3】
真田と天童が管理室に戻る。
「困りました。あれではこれ以上、捜査に協力しないでしょう」
天童が眉間に皺を寄せる。
「これからどうすんだ?」
真田が訊いた。
「今考えています」
思索にふける天童に、真田が問いただす。
「正直なところどうなんだよ。事件が解決できたら、本当にあそこから出すのか?」
真田に背を向けた天童は、自らの本音を打ち明けた。
「カナトの言うとおり、私は嘘をつきました。医療刑務所に戻そうとは思っていません。あれだけの実験対象はありませんから。今後も事件捜査に役立ってもらいます。たとえ、どんな手を使ってでも。美鈴さんには悪いですが、彼女の人格が消えてくれれば、こちらとしては利便性が高まります」
その発言に真田は顔を顰める。
「あんたそれ、本気で言ってんのか?」
「はい」
天童は案の定、狂気性を秘めている。最初に覚えた不信感は間違っていなかった。美鈴を間接的に殺そうとしている。真田は頭の中で、ある計画を立て始めた。それは見通しが暗く、かなり無謀と思えるようなものだった。ふたりとも沈黙するなか、真田のスマートフォンが振動した。メッセージが届いたらしい。それを見た真田は適時と思い、画面を親指で打って返信した。そのあと、天童に訊いた。
「ほかに俺がやることあるか?」
「そうですね・・。特に今のところはなにも。カナトがあんな状態ですし、こちらも対策案を練らなければなりません」
「だったら俺、一度中座するわ。自分なりのやり方で調べてみる。だからこれ、必要ないよな」
イヤフォンとカメラを外す真田に、天童が告げた。
「わかりました。いつでも連絡できるようにしてください。また呼び出すかもしれませんから」
「ああ。それと車、借りてもいいだろ?」
「構いません」
「どうも」
真田はそう言い置いて、管理室を出た。実際は捜査に行くつもりはない。全く別の要件のためだった。
一棟のマンション。帰宅した真田はクローゼットの奥から、旅行などで使うような大きいボストンバッグを引っ張り出した。それから家庭用の中型金庫を開け、中に入っている全ての現金をバッグに入れた。その現金は不正に手に入れた汚い金だ。優に一千万円は超えている。真田の悪行の証と言えよう。そして金庫の中にはもうひとつ、黒革のショルダーホルスターに入った自動式拳銃があった。それも取り出すと、金庫の扉を閉めた。
二時間後、台東区にある廃校になった小学校。心霊スポットにもなっているその学校の屋上に、
「さすがに仕事が早いな。持ってきたか?」
真田が切り出した。先ほどのメッセージの相手は石井だった。
「ええ。あれだけくれたんですから」
石井の言う「あれだけ」とは現金のことだ。真田はこの男になにか頼んだらしい。
「俺としてはちょうどよかった。予定が繰り上がっちゃったもんでな」
真田は微笑を浮かべた。石井はブリーフケースから、A4サイズの茶封筒を取り出した。
「完全完璧な品です。誰にもバレません」
石井が封筒を真田に差し出す。
「全部揃ってるか?」
封筒を受け取った真田が確認する。
「はい。真田さんがおっしゃっていた物全部」
石井は満面の笑みで答えた。真田が封筒の中身を覗きながら再度問う。
「このこと知ってんの、俺とお前だけだよな?ほかにはしゃべってないだろ?」
「当たり前ですよ。私たち以外は誰も知りません。あなたからおっしゃったんじゃないですか」
涼しい顔でうなずいた真田は、ワイシャツの上に着けたホルスターから、自動式拳銃を片手で抜き取り、石井に向けた。
「えっ!?ちょっ!?なんで・・・!?」
訳がわからず狼狽する石井に、真田は撃鉄を起こし、静かに言った。
「知ってるのは俺ひとりでいい」
真田は引き金を引いた。抵抗する間もなく、
中央区にある児童公園。そこに真田はいた。ベンチに腰掛け、スマートフォンで誰かと話をしている。
「ありがとう。お前しか頼れる奴がいなかったから。片棒担がせるようでごめん」
真田の耳元で女の声がする。
―どうしたの?急にかしこまっちゃって。あなたらしくないじゃない。
「美鈴って女さあ、あの子に似てたんだよ。五年前の」
―ああ・・。あの女の子・・・。
「だから、なんというか、助けたくなったんだ。五年前みたいにはしたくない」
―そう・・。わかった。準備しとく。
「
―わかったって言ったでしょ。だからその感謝してるとかやめて。逆に気持ち悪い。
「かもな。じゃあよろしく」
電話を切った真田は、ひとつ息を吐き、ベンチから腰を上げた。
新宿区にある衣料品店。そこは、人気のある若者向けのファッションブランドを扱う店であった。真田が店内に入ると、若い女の店員が歩み寄る。
「いらっしゃいませ」
真田はその店員の前に一万円札の束を差し出した。ざっと五十万はあるだろうか。
「女の服探してんだ。これで何着か見繕ってくれないか。あと靴を一足。動きやすいのを頼む」
いきなり大金を出され、店員は目を丸くしつつも真田に訊ねた。
「は、はい。承りました。それで、その女性の方の身長や体型はおわかりでしょうか?」
「ああ、そうか。サイズがあったか。えーっと・・・」
真田はわかる限り、美鈴の身体の特徴を相手に説明した。
空は夕暮れとなる。施設の駐車場に車を停め、運転席から降りた真田は身を屈め、車体の下に手を触れながら歩いた。なにかを探している様子だ。そのなにかが指に当たった。強引にそれを取り外す。どうやら小型の発信機のようだ。黒く四角い形で、中央に付いた丸いランプが点滅している。
「やっぱな」
天童の仕業だ。真田は当初から気づいていた。制約があるとはいえ、犯罪者である自分に車を与え、都内を動き回らせている。そのまま逃亡する可能性だってあるのだから、絶対に追跡できるようにはしているだろうと。発信機を放り捨てた真田はもうひとつ、よもやと気がついた。上着からスマートフォンを取り出す。天童は自分の電話番号を知っている。とすれば、GPSでも監視しているのではないか。真田はスマートフォンの電源を切った。
真田が施設の中に足を踏み入れた。独房のあるフロアに行くにはもう一枚、分厚い自動ドアを抜けなければならない。事務机の席にいた警備員が立ち上がり、金属探知機を手に持った。真田はここ数日、施設に入る際は必ず身体検査をされている。不審な物を持ち込んできていないかチェックするためだ。だが、今回はその不審物を真田は持っていた。警備員が正面を向いた瞬間、コートの中に隠していた拳銃を素早く出して両手に構え、警備員の右膝を撃った。膝の皿に穴が開いた警備員が叫び声を上げて横転した。真田は機器にICカードをかざしてドアを開けると、開き切る前に内部へと入っていった。
真田が拳銃を右手に握り、足早に歩きながら独房を見ると、ベッドに座って文庫本を読んでいる女が目に飛び込む。美鈴のようだ。様子からして、先ほどの銃声は聞こえていないらしい。自動ドアと同様、壁も分厚いせいで音が漏れなかったのだろう。しかし、管理室内は違っていた。真田が発砲する姿が、防犯カメラにしっかりと捉えられていた。天童が慌てて管理室から出てくる。そのとき、けたたましい警報音が鳴り響いた。撃たれた警備員が警報装置を作動させたのだ。
「真田さん!一体なにしてるんですか!」
天童が語気を荒げた。美鈴はなにが起きたのかと困惑し、その声のした方向に目を遣ると、真田が片手に拳銃を構えて歩いているのが視界に入った。美鈴は余計に戸惑う。警備員ふたりが天童を押しのけ、催涙弾を装填したライフルを構えると、真田は素早くふたりの腹をそれぞれ一発ずつ銃撃した。美鈴が驚いて席を立つ。倒れ込むふたりを後目に、真田は拳銃を前に向けてさらに一発撃った。天童のすぐそばの壁に銃痕が付く。おののく天童に近づいた真田は、天童の左肩を強く摑み、押すように管理室に入ると、数人の研究員が固まったままこちらを見ていた。
「お前ら、手を頭の後ろに組んでしゃがめ!」
真田が天井に向かって発砲した。研究員は銃声に肩を跳ね上げ、警備員は硬い表情をしている。拳銃を向けられ、逆らえないと思ったのだろう。皆が皆、身をすくめるように屈み、真田の言うとおりにした。
「動くなよ。妙なことしたら殺すぞ」
威圧的な言葉を発した真田は、天童を無理やり引き連れて管理室を出た。そして、独房まで来ると、天童の頭に銃口を押しつけ、声を張り上げた。
「今すぐ房を開けろ!」
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