第五章/屍のパズル

【1】

 それまでの間、真田は室内の周辺を調べた。すると、≪冷凍庫≫とプレートが取り付けられた白い扉がある。その下には、無数のコンセントがタコ足配線されていた。真田が扉を開けると、冷たい空気と白煙、そして、コンプレッサーが動いているような音が流れた。ここは閉鎖されている。冷凍庫が稼働しているのはおかしい。タコ足配線を見比べた真田は、そこで勘づいた。

「盗電してんのか・・・」

庫内に顔を突っ込ませると、網状のラック棚が数架並んでいるが、なにも置かれていない。しかし、各所に赤い汚れが付いている。真田は固まった血痕だとすぐにわかった。チェーンソーにバラバラにされた動物の死骸、それに血痕。やはりあの人物は、事件の犯人である公算は大だ。ここで遺体を切断し、冷凍保存していた。天童によれば、解剖医は遺体の血流をある程度停めてから切断したと言っていたらしいが、多少なりとも出血はしていたようだ。パトカーのサイレン音が聞こえる。真田は眉間に皺を寄せ、出入り口に向かった。


 ひっそりとしていた水族館は、たちまち警察官であふれた。鑑識課員たちが鑑識作業をしているさなか、真田は廊下の壁に寄りかかり、腕を組んでいた。そこへ安永が歩み寄って来る。

「なんでお前がいる?やっぱり裏でなんかやってんだろ?」

安永は訝しい面持ちで訊いた。真田は一連の殺人遺棄事件の捜査をしている。これは絶対だ。しかも自分たちに隠れて。でもなぜだ。なぜ隠す必要がある。そこがわからない。

「警らしてたら偶然見つけただけだよ」

真田は露骨な嘘をついた。

「ふざけんな。お前、この事件の捜査してるよな?なんでコソコソやってんだよ?なんか訳でもあんのか?」

安永の尋問めいた問いかけに、真田は黙秘した。

「しゃべんねえってことは、やましいことがあるってことだな。俺と同じ係にいたときもそうだった。話せない内容になると、お前は黙り込む。あの取り調べ、刑事局長の件を考えると、もしかしてお前、俺らの見えないところでなんかしらの取引してるんじゃねえか?具体的な中身は知んねえけど、お前はそれに乗っかった。そうだろ?」

捜査一課の刑事だけあって、安永の考察は鋭かった。真田が視線を合わせる。

「お前こそ、それ以上首突っ込むとタダじゃ済まなくなるぞ。組織から追い出されたくないんじゃねえか?」

その他意ある発言に、今度は安永が口をつぐんでしまった。真田が話題を変えて訊いた。

「丙里町で遺体が見つかったんだって?そっちのほうはどうなってんだよ?」

「バカか!部外者に教えるわけねえだろ!」

不機嫌になった安永は、足早に立ち去っていった。

―真田さん。

イヤフォンから天童の声がした。真田が応答する。

「どうした?」

―真田さんは一旦、戻ってきてください。そちらの鑑識結果と、丙里町の事件の情報はこちらで集めておきます。

「そうか」

真田は施設に戻ることにした。


 真田が歩きながら独房に目を遣る。そこに警備員姿の男が、配膳トレーを持って歩いてきた。その上には、皿に乗った食べ物がいくつかと、透明のコップに入った水があった。ここは刑務所と同じ。いずれも食器はプラスチック製だろう。房の出入り口に設置された柱の先端に、丸いマークの液晶画面があるが、警備員がそこにカードをかざすと、自動ドアのように厚い板が横にスライドした。

「食事だ」

警備員が言うと、中にいる女が丁寧にそれを受け取った。あの礼儀正しさはカナトではない。美鈴だ。いつの間にか戻っていたらしい。ドアが閉まり、警備員が去っていくと、美鈴は配膳トレーを持ちながらテーブルの席に腰掛け、箸を手に取ると、穏やかに食事を始めた。その様子を後目に、真田は管理室に入っていった。


 天童がタブレットを手にやって来る。

「ご無事でなによりです。早速ですが、丙里町の遺体の身元が判明したのでご報告します」

「えっ!?もうわかったのか?」

真田が意外とばかりにやや声を上げた。

「被害者が務める会社の同僚が数日前、所轄署に行方不明の相談していたのでわかったんです」

天童が言うと、何度かうなずいた真田は呟いた。

「そういうこと・・・」

「こちらへ。ご説明します」

天童はモニターの置かれたテーブル席を勧めた。真田が椅子に座ると、天童がその説明をすべくタブレットを操作し、モニターに現場写真が表示された。

「被害者は原田三穂子はらだみほこさん、二十九歳。大手の広告代理店、<SSグループ>の社員です。遺棄現場は、被害者の職場近くにあるテラスカフェ。そこの店内で以前と同様、人型の形で遺棄されていました」

確かにバラバラにされた部位は、人型に見えるよう整えられている。現場になった店内は工事中なのか、白いシートが張られており、壁には骨組みとなる鉄筋が露出している。それについて真田が訊いた。

「この店、営業してないのか?」

「ええ。改装している最中のようです。だから犯人も容易に出入りできたんでしょう。第一発見者も工事関係者でした。その方の証言では、今日は改装工事が休みの日だったのですが、私物を忘れたことに気づき、現場に入ったところ、遺体を発見したと。おそらく遺体はゆうべ、昨日の夜に遺棄されたものと捜査本部は見ています」

天童はタブレットをタップした。するとモニター画面に、証明写真らしき男の画像が表示される。男は濃い顔つきの誠実そうな美男子だった。

大谷勉おおたにつとむさん、三十歳。被害者の同僚で、最後にその被害者と会った男性です。所轄署に相談をしたのも彼です。真田さんはこの方から聴取をお願いします」

付け加えた天童に、真田が言った。

「またコンプレックスがないか訊けってことか?」

「どのみちカナトが指示するでしょうから。先に訊いてしまったほうが、捜査が進展しやすいのではないかと」

「まあな。で、被害者もSNSとかやってたのか?」

「真田さんがこちらへ戻っている間に、カナトがすでに調べていました。被害者はSNSもやっていましたが、カナトが着目したのは動画サイトです。被害者はその動画サイトに、自身が撮影した動画を投稿していたようですね。それを見る限り、彼女は旅行好きのようで、旅先の動画をアップしていました」

もしやと思った真田が確認する。

「ってことは、動画で自分のコンプレックスについて話してたのか?」

「はい。話していました。腕を気にしていたようです。ガリガリで細すぎる。なかなか肉が付いてくれない。だから嫌だと。死にたいくらいだとも言っていました。無論ジョーク、笑い話程度にです。真剣に悩んでいる様子ではありませんでした」

「じゃあ俺がするのは、その裏付けか・・・」

やはりカナトの推測どおり、身体に対する劣弱意識から、軽々しく死をほのめかす女だけを狙って殺害している。真田が改めて切に感じていると、天童が腕時計を見た。

「今日はもう遅いので、聴取は明日としましょう。真田さんはお帰りいただいて結構ですよ」

「ああ、そうさせてもらう」

真田はイヤフォンとカメラを外し始めた。


 翌日、施設で準備を整えた真田は、大谷の勤める会社を訪ねるために車を走らせていた。美鈴もカナトに変わっていた。天童によれば、スイッチングをせずに自然と変わったと言うが、本当かどうかわからない。だが今頃、カナトはモニター越しに様子を見ているだろう。その車中、天童からイヤフォンに声がかかった。

―真田さん、報告したいことがあるのですが、よろしいですか?

「ああ。大丈夫だ」

―解剖医からの報告です。丙里町で発見された遺体は、死後五日前後経過しており、バラバラにされた部位のうち、両腕が別人のものだとわかりました。こちらの、と言うよりカナトの考えは当たっていたことになります。それと昨日の水族館について、現場に付着していた血痕を科捜研が鑑定した結果、一連の事件の被害者全員のDNAが検出されました。下足痕も、今までの事件現場に残されたものと一致しています。つまり、犯人が遺体を損壊していた場所に違いないということです。あと、部位の保存方法についてですが、一課が調べたところ、近くにある自販機や電光看板、公衆トイレなどからケーブルを引いて電気を集め、館内の冷凍庫の電源に繋げて利用していたようですね。

それを受けて、真田が推測を述べる。

「あそこ、犯人が頻繁に使ってたんじゃないかなあ。あれだけの動物の死骸も、犯人が殺して捨てたと俺は考えてんだけど、あんたはどう思う?」

―かもしれませんね。血痕には動物のDNAも混じっていたそうですから、おそらく多用していたのでしょう。昨日、カナトが映像を見て言っていました。あの現場は犯人にとって、喜びを得る快楽の場所なんだと。

「快楽の場所ねえ・・・」

巧みな表現をするものだと真田は感じた。

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