【2】
真田が独房に近づいて行くと、美鈴からカナトへと切り替わった女が立ち上がった。真田がプラスチック版を拳で軽く叩く。
「カナトか?」
問いかけた真田に、女は不愛想に答える。
「だったらなんだよ」
やはりカナトだ。真田は早速訊いてみた。
「俺に話があるんだって?あれか?被害者を選んだもうひとつの理由ってやつ?」
「ああ・・・」
「聞かせてくれよ。そのもうひとつってのを」
カナトは独房内のモニターを操作し始めた。外にあるノートパソコンに画像が表示される。SNSの投稿画像のようだ。綺麗に写された女の顔写真と、下には投稿文が綴られている。カナトはそれらを見せながら説明を始めた。
「最初の被害者、藤本涼子のSNSだ。こいつは自分の腕にコンプレックスを持っていた」
真田がパソコンの画面に表示された文面を見る。そこには、ゲーム制作者であった被害者が、新作のゲームアプリの紹介をしている。その文中には冗談めかしに、≪わたし、二の腕がプニプニしてて、がんばってもなかなか痩せないんです。死にたいくらいにずっと劣等感。ゲームキャラみたいに細くなってみたいな≫とあった。
「もうひとつ」
カナトは画面をスライドさせた。すると、動画投稿サイトが表示された。
「これは古馬土町で見つかった飯島智花の動画だ。こいつはSNS以外にも、動画サイトで自分のチャンネルを持っていた」
ひとつの動画をカナトが再生すると、自宅であろうか、部屋の中でカジュアルな服装の被害者がソファに座り、動画視聴者の質問コメントに答えていた。その過程で、被害者が自嘲気味な笑顔でこう話していた。
―自分の顔が嫌いなんですよー。もう全体的に。美容整形しようかなーって考えたこともあったんですけどー、整形すると劣化して、ものすごい顔になるっていうじゃないですかー。お金も時間もかかっちゃうでしょ。だから今は、メイクでなんとかごまかしてるんです。あー、この顔ほんと嫌だ。死んじゃいたい。
カナトは動画を停止させたあと、冷たい言葉で言い放つ。
「だから、犯人は殺した」
真田は目を丸くして声を発した。
「まさか、被害者が死にたいって言ってたから、殺して本当に死なせたっていうのか?」
「そうだ」
信じられない。真剣に死のうとしている発言ではないのは明らかなのに。真田には想像もつかなかった。
「これが、被害者を選んだもうひとつの理由」
真田が訊くと、カナトはうなずいて続けた。
「ほかの被害者も、SNSやブログ、動画サイトなんかで同じことを話していた。胸とか脚とか腹とか、身体にコンプレックスがあって、死にたいくらいに嫌だと。もちろん本気には言ってない」
「でも、犯人は真に受けた」
「ちょっと違う。でも、だからこそ遺体をバラバラにして、部位の一部をすげ替えた」
「ん?どういうことだ?」
カナトは微笑を浮かべて答える。
「太い腕を細い腕に。頭部を別人の頭部に。顔や身体に悩みを持っている女同士の部位をすげ替える。そうやって犯人は、被害者の理想を叶えた。この犯人には異常な優しさがある。そこが従来のサイコキラーと相違する点だ。発見されやすい場所にしたのも、写真を送ってきたのも、誰かがそれに気づいてくれるのを望んでいたから。人型に遺棄したのもそういう意味だ。自分が被害者のコンプレックスを解消させてやったって、ある種のメッセージだったんだよ」
真田はそこで疑問が浮かぶ。
「だったら、なんでほかの部位も切断した。コンプレックスがある部位だけでいいだろ」
「それは、犯人が快楽を得るためだ。おそらく、この犯人は秩序型の快楽殺人者。ただし一線を画すのは、殺人自体に快楽を求めてない。遺体を切り刻むことに快楽を覚えてる。現に殺害方法は、毒を注射するだけで終わってるからな」
「なんでわかんだよ?」
モニターに遺体の写真を表示させたカナトは解説した。
「遺体の切断面だ。面と面ができるだけ合うように、かなり丁寧に切断されてる。単にバラバラにするだけなら、もっと粗くてもいい。あれはじっくりと時間をかけて切り落としていった証拠だ。まるで美味い食いもんを口の中で味わうかのように。犯人にとってのメインディッシュは、遺体の切断だったってことだ。相手が生きたままやる奴もいるが、こいつは違う。被害者が苦しむ姿には興味ないんだろう」
カナトは語を継ぎ、犯人の心理を読み解き始めた。
「犯人はミソニジストじゃない。でも、軽率に「死にたい」と口にする女が、殺意を湧かせるほどに許せなかった。きっかけとなるなにかが過去にあったんだろう。そこまで思う被害者への異様な配慮、つまり、遺体の部位のすげ替えも、それに関係しているのかもしれない。あと、遺体の処理が手慣れている。そう考えると、犯人は以前にも生き物をバラバラにしている。おそらく最初は虫、次に動物。ハムスターやウサギなんかから始まって、犬や猫と段階を踏んでいった。けど、それでは満足できなくなってきた。人をバラバラにしたいという欲望が芽生え、次第に強くなり、そのふたつが重なったことで、今回の犯行に及んだ」
難しい顔つきになったカナトが、ひと言言葉を重ねる。
「わからないことがある」
真田が訊き返す。
「なんだ?」
「犯人の推定年齢は十代より上。情報量が少なすぎて、それぐらいしかわからない。あと、犯人の居住地が七節区内であるのは間違いない。経験則から言ってもそうだ。でもなんで、区内のそれぞれの町に一体ずつ遺体を遺棄したのかがわからない。それに遺棄した日にち。間隔にばらつきがある。一貫性がない。なにか犯人にとってのルール、意味があるはず・・・」
カナトが思索していると、真田が呟いた。
「唯一わかってんのは、被害者がSNSや動画サイトなんかで実名と顔を出してたくらいか。まあ、そのほうが匿名よりも信用度が高まってメリットがあるとか聞いたことはあるけど、やっぱ実名は出すべきじゃねえよなあ」
感慨にふけった真田はカナトに向けて言った。
「わからないことならほかにもあるだろ。なぜ犯人は被害者の居場所を特定できたのか。どこで遺体をバラバラにしたのか」
真田はふと思い出したように語を継ぐ。
「居場所っつーと、もしかしてあれじゃないか。犯人は『特定屋』を雇って調べさせたとか。画像に写ってるモンから名前や住所なんかを勝手に調べてる奴らだよ。それとも自分でやったのかもしれないなあ。技術があればできることだし」
カナトは真田の推理を即刻否定した。
「ない。被害者は全員、住んでる場所がバレないように画像を加工までして慎重に投稿していた。自分から名前と顔を晒してんだ。当然だろ」
「そうか・・。じゃあ、どうやって・・・」
今度は真田が考え始める。
「見当ならついてる。まだ憶測だけどな」
カナトが独房内のモニターから、一点のネットニュースの記事を表示させた。その記事が、真田が見るノートパソコンにも映し出される。そこには、七節区役所の職員が、住民基本台帳を通じて得た個人情報を、金銭目的で第三者に売り渡した容疑で逮捕されというものだった。
「これがなんだよ」
真田が訊くと、カナトはその憶測を述べる。
「お前が外に出てる間に調べた。こいつには余罪がある。住基だけじゃなく、顔と名前から、マイナンバーカードや保険証なんかに記載された個人情報を検索、コピーして闇サイトで売ってた。依頼者のほとんどはヤクザかストーカー。もしかすると、犯人はこいつを利用したのかもしれない」
「前にもそんな事件あったけど、役所の職員がそこまでできんのか?」
「こいつは区民課の主査だった。要するに情報を閲覧する権限がある。今、こいつは警視庁に留置されている。真田、お前はこれから取り調べに行け。俺の憶測が当たってるかどうか確かめろ」
カナトの圧力的な態度に真田は舌打ちした。もっと礼儀正しく言えないものかと思ったのだ。
「はいはい。行きますよ」
真田は踵を返し、管理室に向かった。
管理室に入った真田の前に、天童が数枚の用紙を持って立っていた。
「話はこちらから聞いていました」
天童が言うと、真田が返した。
「なら、わかってるよな。行ってくる」
テーブルに置きっぱなしだったイヤフォンとカメラを手に取った真田に、天童が声をかけた。
「これを持っていってください。被害者の顔写真です。いずれも、SNSや動画から切り出した物ですが。相手に見せれば、聴取もスムーズに進むかと。警視庁にはこちらから連絡しておきます。着くころには取り調べが許可されているでしょう」
天童は持っていた用紙を真田に手渡した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます