【2】
真田は人差し指を立てた。
「平井さんは顔や身体にコンプレックスなどはありましたか?」
その質問に亜実の手が止まった。それから少し考える顔をしたあと、また手が動き出し、きっぱりと答えた。
「顔です」
「顔?」
「ええ。整形したいだなんて言い出して。私は止めました。ウチの事務所、整形は禁止なんですよ。ここの専属モデルは『自然体の女性』を売りにして活動しています。もし彼女が整形して、それが世間に知れでもしたら、事務所のイメージダウンにつながりかねませんから」
タブレットを操作しながら亜実は語を継いだ。
「玲果には気の毒ですが、こっちは正直困ってます。彼女が殺されたことで業界内に変な噂が飛び交って、モデルのオファーが激減してるんですよ。私はこの状況を打破しようとなんとかしていますが、いろいろとやることが増えちゃって大変なんです。ときおり、死んだ彼女が憎らしく思えてくるときがあります」
亜実の言葉のなかには、玲果に対する悔やみの心が微塵も感じられない。まさに自己中心的なタイプの典型といった女だった。真田はそんな薄情な亜実をある意味で
最後に向かった先は、第四の被害者である
―真田さん。すみません。たった今、人格がカナトから美鈴さんに戻ってしまいました。
「じゃあ俺、そっちに帰ったほうがいいのか?」
足を止めた真田がイヤフォンのボタンに触れて問いかけた。
―いえ。このまま続けてください。映像と音声は録画、録音してありますので、のちほど美鈴さんがまたカナトに変わった際に見せます。
「そうか・・。わかった」
通信を終えた真田は、澤部がいるとされる校舎のひとつ、<C棟>へと歩みを進めていった。
真田が静かに教室へ入ると、背を向けた十数人の学生が教員の話に耳を傾け、ペンを走らせている。タブレットの画面を見つつ、真田は澤部を目で探した。それらしき男は意外と容易に見つけられた。なぜなら、タブレットに表示された澤部の写真は坊主頭であったからだ。そして、教室内で坊主頭の学生はひとりしかいなかった。真田はその男に近づき、隣の空いている席に座った。
パーカーの上に合皮のジャケットを羽織り、テーパードパンツを穿いた男は、急に現れた真田に驚いた。
「澤部道哉だな」
真田は警察手帳を出し、開いて見せた。
「は、はい・・・」
つり上がった一重の目に、立体感のないのっぺりとした顔つきの澤部は、お世辞にもイケメンとは言えなかった。
「なんですか?」
真田に威圧されているのか、それともなにかに動揺しているのか、震えた口調で澤部が訊いた。
「ちょっと話がある。授業が終わってからでいいよ」
そう言うと、真田は警察手帳を上着にしまい、椅子の背にもたれかかると、腕を組んで正面を向いた。澤部は目を泳がせながら教員の講義を聞こうとするが、ほとんど耳に入っていなかった。
やがて授業が終わり、学生たちがぞろぞろと教室から出て行くなか、真田と澤部はその場にとどまっていた。澤部が教科書やノート、筆記用具などをリュックに入れていると、真田が言った。
「二、三質問したいことがあるだけだ。すぐに済む」
真田は澤部に聴取を始めた。
「きみが白石沙也加と最後に会ったんだよな?」
「はい。大学の最寄りの駅で別れました」
「彼女ってなんか悩みはなかったか?特に顔とか身体とか」
それとなく真田が問うと、澤部は思い起こす表情で視線を上げ、少し黙った。そして真田を見て答えた。
「脚、じゃないですか」
「どうして脚だってわかる?」
「白石、いつもロングスカート穿いてて、ジーンズとかズボン穿いてるの見たことないんですよ。彼女に訊いたら、『自分は脚が太いからパンツスタイルは似合わない』って言ってました。だからそうじゃないかと」
「脚ねえ・・・」
真田が思案顔をしていると、澤部が言った。
「もういいですか?バイト行かないと」
「ああ。ご協力どうも」
澤部は支度を済ませ、足早に教室から出て行った。机に頬杖を突き、暗くなっていく空を窓越しに見遣りながら、真田は考え込んでいた。
夜になり、施設に戻った真田は天童のいる管理室へと向かっていた。途中、独房を見ると中で立っている女がこちらを見て微笑み、会釈をした。その表情から元の美鈴に戻ったままであると真田は察し、手を軽く挙げて挨拶を返した。それから管理室に入ると天童が待っていた。
「お疲れ様です。今日はもうご帰宅いただいて結構ですよ。その前にイヤフォンとカメラを回収します」
「カナトはなんか言ってたか?」
イヤフォンとカメラを外しながら真田が訊いた。
「いえ。椅子に座ったまま黙って映像を見ていました」
天童が答えると、真田はテーブルの上にイヤフォンとカメラを置いて言った。
「カナトの考えてること、気になんだけどなあ」
「重々わかりますが、それは明日にしませんか?真田さんもお疲れでしょう?」
「いや俺は・・。ああ・・、わかったよ・・・」
べつに疲れてはいないが、すぐに訊きたいわけでもない。真田は息をひとつ吐くと、天童に問いかけた。
「なあ。ほんとにあれだけでよかったのか?被害者に変な様子はなかったかとか、周りに不審な奴はいなかったかとか、もっと突っ込むべきじゃねえのか?」
聞き取りにしては物足りなさを感じていた真田であった。
「それなら捜査本部が関係者に聴取し尽くしています。カナトにもその内容を全て報告してあります。今さら真田さんが調べたとしても、新たな情報は得られないでしょう」
天童は平然と答えた。
「でもなあ・・・」
どうも納得がいかない真田に、天童は釘を刺すように言った。
「我々がしているのは非公式の秘匿捜査です。正確には真田さんはもう刑事ではないんですよ。あまり独断で出過ぎたことをされては困ります。万が一、ほかの警察関係者にこの捜査がバレてはマズいんです。警察全体が組織改編されかねない。あくまであなたはカナトの手足。カナトの指示に従って動いてくださればいいんです」
そして語を継いだ。
「明日の朝八時半、またこちらへいらっしゃってください。くれぐれも、このまま逃げないように」
天童はのどやかに笑みを湛えた。
「はいはい」
真田は素っ気なく返した。しかし、このなかの誰もが、次なる事件が起こることをまだ知る由もなかった。
真田が帰ったあと、天童はタブレットを見ていた。画面には詳細な地図が表示されており、赤いアイコンがひとつ点滅している。
「言いつけは守っているようですねえ」
天童は呟いた。
翌日、施設内に入った真田が歩きながら独房を見ると、女がスタンド式の小さな鏡で自分を見ながらヘアブラシで長い髪をとかしている。その仕草から美鈴だろうと思った真田は管理室のドアを開けた。すると、天童がやや慌てた様子でやってきた。
「真田さん。つい数時間前、バラバラの遺体が二体発見されました」
「えっ!?」
全く知らなかった真田は声を上げた。
「現場写真が届いています。こちらへ」
天童はモニターの置かれたテーブルを手のひらで示して勧めた。真田が椅子に腰掛けると、タブレットを手にした天童は画面を操作し、モニターに写真を表示させた。石張りの地面の上に、胴体から頭部と四肢が切り離され、大の字に寝ているかような状態の全裸になった女の遺体がそこに写っていた。
「一体目は
そう言った天童は、次の遺体の写真を表示させる。同じくバラバラの全裸の女であった。土で出来た円形状の地面に、気をつけの姿勢で仰向けに横たわっている。
「こちらは
天童は語を継いだ。どちらの遺体も一連の事件同様、血痕はなく、腐敗した様子もない。不気味なほどに乱れがなかった。
「曽布衣町の遺体は身元が判明しています。名前は
報告した天童に、真田が訊いた。
「もうひとりは?」
「現在、捜査本部が調べています」
天童は続けて報せた。
「それと、まだ断定できませんが、二体とも遺体の部位の一部が違っていると鑑識が言っていたそうです。切断面が合わないのと、全体的に見て、部位のサイズが微妙に異なっているとのことで」
「部位ってどこだ?」
真田の問いに、タブレットを見ながら天童が答える。
「古馬土町では頭部。曽布衣町では胴体です」
「だとしら同一犯か」
「でしょうねえ・・・」
まさか遺体が同時に二体も見つかるなんて。天童は昨日、犯人は四人以上殺している可能性があると言っていた。その犯人が本当にサイコパスの殺人者ならば、さらに犠牲者が増えるかもしれない。それよりか、早く解決しなければ自分の身の上が危ない。指令を下した刑事局長の蜂須賀は、事件の捜査が長引くようなら自分を切り捨てるだろう。そうなれば即刻刑務所行きだ。まだ始めたばかりだが、できることなら避けたい。真田にとってはそちらのほうが気がかりであった。
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