【3】

 真田が写真画像を細かく見て発した言葉を、天童は継いだ。

「犯人は遺体を一定時間放置し、完全に血流が停止してから損壊。そのあと、なんらかの方法で遺体の部位を保存したうえで現場に運び込み、遺棄した」

「ああ。そうなるな」

「解剖医の話を要約しただけですけどね」

天童は付け加えると、続けて別の遺体の写真画像をモニターに表示させた。

「それから五日後、次は羽華町はばなちょうにある森林公園で遺体が見つかりました。遺棄された遺体の状態は第一の現場と同じです」

真田は写真を見た。遊歩道らしき道の横に芝生で敷き詰められた斜面がある。そこに遺体はあった。天童の言うとおり、遺体の部位は七節町で見つかった遺体と同じように配置されていた。遠目からすれば斜面で寝そべっているだけのようにも見えた。

「さらに八日後、今度は駄阿刃町だあばちょうの川沿いの歩道で遺体が発見されています。その遺体はベンチに座っているような状態でした」

天童が写真画像をモニターに出す。確かに遺体は、背もたれの付いた木製のベンチに腰掛けているように写っている。胴体と両腕はベンチの座版に置かれ、背もたれに立てかけられおり、両脚は太ももを座版に置き、膝を曲げた形で地面に足裏をつけている。そして頭部は寸分たがわずに、切断された首の上に正面を向けて乗せられていた。

「最後に四件目。その五日後に、磨地油町まちゆちょうにある幼稚園の敷地内で遺体が遺棄されていました」

タブレットを操作した天童が写真画像をモニターに表示させた。おそらく園内の砂場であろう。その上に切断された部位が置かれている。右腕は曲げられ手を胸に、左腕も曲げられて手を腹に添えたまま、仰向けに寝かされた状態になっていた。これら三件の遺体遺棄は一件目と同様、現場に血痕は見当たらず、遺体が腐敗した様子もなく、異質ながらも整然としていた。発見された環境と身体が切断されていることを除けば、被害者は全員、裸で眠りについているとしか表現のしようがなかった。

「被害者は三人とも遺体発見時、死後十日以上は経過しているそうです」

終わりに天童が事件について重ねた。

「四体とも、損壊に使用された凶器はチェーンソーの類(たぐい)だそうで、性交の痕は見られなかったとのことです。それと、遺棄された頭部から被害者全員の身元は判明しています」

天童は視線をタブレットの画面から真田に移し、この事件の不審な点を挙げた。

「バラバラ殺人というだけでも十分に異常ですが、さらに異常なところがありまして。遺体の部位なんですけども」

「部位がどうした?」

真田が訊き返すと、天童がその不審点を話す。

「被害者全員、遺体の切断された部位の一部が別人のものなんです」

「別人ってどういうことだ?」

よく理解できない真田に、天童が説明を加える。

「最初の事件の際、臨場した鑑識官が遺体の部位と部位が切断面と合致しないことに気がつきまして、血液を採取しDNA鑑定したところ、部位の一部が被害者本人のものではなかったことが判明したんです。その後の事件でも同じようなことが続きました」

真田が「なんだそれは?」と言いたげな顔をしている。天童は続けて話した。

「第一の被害者が両腕、第二の被害者が胴体、そして第三が頭部以外の身体、第四が両脚とそれぞれ全く別人のものだったんです。いずれも身元はわかっていません」

天童は現状を鑑みて簡潔に述べた。

「それらを踏まえると、犯人は最低でも四人以上は殺害していることになります」

「なんでそんなことする必要がある?なんか意味あんのか?」

問いかけつつ、真田は自分でも犯人の意図を考えていた。途端に喫煙衝動に駆られる。なにかを考えるときは、タバコを吸いながらというのが真田の癖になっていた。それに対し、天童は意味ありげな笑みを漏らす。

「知りたいですか?」

天童のその笑みが嫌味に感じたのか、真田は大幅に話題を変えた。

「そもそも本庁はどんな捜査してんだよ」

真田が急に転じた質問にも、天童は冷静に答えた。

「警視庁に特別捜査本部を置いて、捜査一課と犯罪捜査支援室が中心となり、捜査に当たっています。捜査員の数は、所轄署も含めて百人態勢で臨んでいるとか」

「捜査支援室ってプロファイリングのチームだろ。だったら、そいつらに任せればいいじゃねえか。そんなにカナトって奴の腕買ってんのかよ。あんたは」

人差し指でテーブルを叩いて真田は詰問した。この運用試験に果たして需要があるのか、今ひとつわからないと感じていたからだった。天童は微笑むと、タブレットを持ったまま手を後ろに組み、再び監視映像を見た。そして自らの心情を述べた。

「私はね。競争させているんですよ。カナトと警視庁、どちらが先に犯人を見つけ出せるかという競争を」

その怪しげな天童の微笑んだ横顔に、マッドサイエンティストのような狂気の情を覚えた真田に悪寒が走った。

「カナトと警視庁とで意見が一致しているのは次の四点です」

天童は真田に向き直り、捜査の経過報告に入った。

「犯人は男性。単独犯であり同一犯。そして自己顕示欲が強い」

「根拠は?」

真田が訊ねると、天童は詳細に説明した。

「まず、犯人らしき人物が被害者を抱きかかえて歩いている姿が目撃されています。成人女性の平均体重は約五十二キロ。仮に犯人が同じ女性ならば、抱きかかえて運ぶというのは困難です。それに、この手の殺人は男性の犯行である比率が高いとカナトと警視庁、双方が主張しています。よって男性ではないかと。ちなみに証言によると、その人物はフードを被っており、顔までは見えなかったそうですが、はっきりと被害者の顔は見たとのことです」

タブレットを操作し始めた天童は語を継ぐ。

「残りの点についてですが、仮に複数犯ならば、それだけ犯行や遺棄の現場を目撃されるリスクが大きいのと、統計上バラバラ殺人は単独犯が多いので、この犯人も単独犯であり、かつ、犯罪性格を持つ者であるとの見解をカナトと警視庁は示しています。現に、四か所の現場に残された下足痕を鑑識が採取したところ、犯人と思しき下足痕はひとり分で、サイズは全て一緒でした。そして、被害者の死因と詳しい切断箇所は公表していません。知っているのは犯人と警察だけですので、同一犯の可能性があるということです」

そこまで言うと、天童はモニターに画像を表示させた。それは、先ほど見た第一の被害者の遺体写真だったが、どことなく撮られたアングルが違い、夜間に撮影しているようだ。そして見る限り、プリントができるタイプのインスタントカメラを使用している。

「遺棄した直後でしょう。犯人は自分で遺体を撮影し、その写真を封筒に入れて警視庁や大手のマスコミ各社に送りつけています。それから数日おきに、ほかの遺体の写真も同様に送られてきたそうです。この送付状を添えて」

天童はその送付状の写真画像をモニターに出した。三つ折りにたたまれていたのだろう、上下ふたつに折り目の付いた白いコピー用紙の中央に、パソコンで打たれた赤い文字でこう記されている。


≪次に殺す獲物は誰だ。次に捨てる死体はどこだ。誰か自分を止めてみろ≫


 文章を凝視する真田に向かって、天童が言い添える。

「これが犯人の強い自己顕示欲の現れでしょう。警視庁は方々ほうぼうへの規制や差し止めに苦労したと聞いています」

「メールじゃ警察が発信元を追跡できると考えて、郵送って手を使ったわけか」

妙に感心している真田を他所に、天童はモニターにくだんの洋型をした茶封筒の写真画像を数枚表示させて続けた。

「消印から、七節区管内の郵便ポストに投函されたことはわかっているんですが、どのポストからかは不明です。写真は犯人が自分でプリントしたらしく、封筒や切手、写真、送付状、いずれも指紋は検出されず、切手はのりで張り付けてありました」

説明をひととおり聞いた真田は、ふと思い出したことを訊ねた。

「そういや前に聞いたぞ。あんたんとこ、捜査にAI導入させようとしてるんだってな。そのAIにやらせたらどうなんだよ」

「現在開発途中です。完成まで待っている余裕がありません。それに完成していたとしても、AIでこの事件は解決できません」

タブレットを脇に抱えた天童は首を振って答えた。

「なんでだよ。AIは人より優秀なんだろ」

疑問を投げかけた真田に、天童は厳しい表情で解説した。

「確かに優秀です。犯罪プロファイリングも可能ですので、通常の犯罪事件ならば解決できるでしょう。けれども、人間の感情は読み取れても、当人が現実にそう思っているかどうかという判断は、今の技術ではできません。ポリグラフ、つまり噓発見器を騙せる人間がいるように、人の心というのはデータでは表せないほど多岐で複雑なんです。ましてや相手は異常犯罪者。犯人がどういう人物で、なにを考え、どう行動するかという予測ができたとしても、実際にそうなのかという確証はどこにもありません」

そして、窓に映る独房を見遣った天童が感慨深く持論を唱えた。

「だから私は彼女、いや、カナトを選びました。人の心情を推察できるのは、やはり人であり、殺人者の心理を本当に理解できるのは、同じ殺人者。加えてプロファイリングに長けたカナトの能力に賭けてみようと思ったんです」

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