【2】

 天童は手短に述べる。

「ええ。この運用試験は秘匿とされていますので公(おおやけ)にはなっていません。この施設も書類上は証拠品の保管倉庫となっています」

「で、この部屋は?」

「ここは管理室です。まあ、監視部屋と言ってもいいでしょう」

「あの女のか?」

真田は独居房の方向を顎で指した。

「はい」

天童はうなずいた。

「一体誰なんだあの女。房ってことはなんかやらかしたのか?」

「彼女は文月美鈴ふづきみすずさん。二十二歳。四年前、中野区で起きた連続殺人事件の犯人です」

そう言った天童に、真田は記憶を手繰(たぐ)らせる。

「四年前・・。中野区・・・」

真田は難しい顔つきになった。捜査一課の刑事だった真田にとっては、殺人事件というのは生活の一部のようなものになっており、事件のひとつひとつまで覚えてはいなかった。ましてや、担当でない事件ならばなおさらだった。

「彼女は当時、未成年でしたので氏名は伏せられていましたが、かなり注目を浴びた事件ですよ」

そんな真田に天童はヒントを与えた。

「あっ、思い出した」

そのヒントで真田の脳裏が瞬く間に想起される。

「俺の担当じゃなかったけど、確かにあの女、何人か殺してる。「特定少女A」って呼ばれてたよな?」

答えた真田を見て、天童は生徒を褒める先生のような笑みを浮かべた。

「ええ。改正少年法のきっかけになった事件です」

「たしか凶器は、裁ちバサミ」

「おっしゃるとおり」

天童は続けて言い添える。

「養父母とその娘さん、通学していた高校の担任教師と同級生、そのほかを含め、一日で十人もの人間を殺害した女性です」

「ん?養父母?」

どういうことかと真田が訊き返す。

「彼女の両親はすでに他界しています。よって、父方の親戚と養子縁組を結んでいました」

「養子ね・・・」

呟いた真田が再び考え込む。

「で・・、逮捕されたあとはどうなったんだっけ・・・?」

天童は補足説明を加えた。

「彼女は家庭裁判所で審判されたのち、検察官に逆送され、殺人罪で起訴されました。ですがそのあと、弁護側が彼女に障がいがあることを発見したんです」

テーブルの天板を、真田は平手で軽く叩いた。

「そうだ。それで裁判が長引いたんだ」

うなずいた天童は続けて話す。

解離性同一症かいりせいどういつしょう。つまり美鈴さんには本来の自分とは別に、もうひとつの人格を有していることを弁護側は医学的に証明し、その別人格が犯行に及んだのだとして、心神喪失による無罪を主張したんです。当然、検察側も精神鑑定を行い、脳波の状態から別人格の存在を確認しました。しかし、犯行時にどちらの人格であったかという証明が難しく、そこが争点となり、結果、裁判官と裁判員の評議により、美鈴さんの犯行として有罪が確定。実刑判決となったあと、医療刑務所に収容され、治療を行うことになりました」

「だったらなんで今、そいつがここにいる?」

真田は当然の疑問をぶつけた。

「私たちは彼女の別人格に事件の捜査をさせています」

天童の発した言葉の意味が、真田には不明だった。

「あんた、なに言ってんだよ」

「その別人格は自らを「カナト」と名乗っていました。しゃべり方や態度からして男性。おそらく十代から二十代でしょう」

人差し指を一本立てた天童は続けた。

「私が着目したのは、カナトの犯罪者プロファイリングに関する能力です」

「それって、犯人の特徴とか行動を分析するっていうあれか?」

「はい」

天童はひと言答えると再び両手を後ろに組み、監視映像を見つつ、要因となる話を始めた。

「美鈴さんが医療刑務所にある個室病棟にいた頃、彼女の向かいの部屋に小畑こはたという男性受刑者が収容されてきました。小畑は量刑を少しでも軽くしようと精神病を装っていました」

映像の一点を見つめたまま天童は語を継ぐ。

「その個室の部屋は、扉の横に大きな格子窓が付いてましてね。見ようと思えば、一部ですが向かいの部屋の中が見える構造になっているんですよ。なにかの拍子で人格がカナトに切り替わっていた彼女は、そこから小畑の様子をずっと観察し続け、彼の言動や表情から健常者であることを見抜いたんです」

真田が天童の視線の先に目を遣ると、モニターには、女が起き上がる映像が映し出されている。死んではいなかったようだ。天童は話を進める。

「カナトはそのことを矯正医官に告げ、再度詳しく鑑定を行ったところ、小畑の病気は虚偽であることが判明しました。裁判時に精神科医でもわからなかった彼の嘘を、カナトは暴いたということです」

疲労が蓄積しているのか、体の具合が悪いのかは不明だが、女が椅子に座り、机に突っ伏している姿がモニターに映っている。天童はその映像を見ながら続けた。

「私はそれを聞いてカナトに興味を持ち、試しに解決済みの事件資料を数点、未解決と称してカナトに読ませました。すると、捜査陣が一週間以上かけて割り出した犯人像を、カナトは三日で全て言い当てたんです」

そこで天童は要点に入っていく。

「カナトのプロファイリング能力を事件捜査に活かすことはできないか。私はそう思い、警察庁に直訴しました。当然ながら難色を示されましたが、協議を重ねた末、なんとか警察庁と警視庁の合同による秘匿の試験運用という形で、現在捜査が難航している警視庁管轄の事件を任せられたという次第です」

長々と語り終えた天童が真田を見ると、本人はどこか少し合点がいった顔をしていた。

「だから超法規的ってわけか。警察が殺人犯に事件を捜査させてるって世間に知れたら大騒ぎだもんな」

「ええ。このことは他言無用に願います」

真田は腕を組み、椅子の背にもたれかかると、ぞんざいな態度で訊いた。

「わかってるよ。で、俺は具体的になにすりゃいいんだ?」

天童の小さく細い目がやや開く。話は真田がなぜ呼ばれたのかという核心部分に触れようとしていた。

「いくら特別といっても彼女は受刑者。自由に外へ出すわけにはいきません。そこで真田さんには実働隊員として動いてもらいます。カナトが指令役です。あなたはその指示に従い、捜査を行ってください。刑事局長からはこの事件に限り、捜査権を与えると言付かっています」

真田はまさかの天童の言葉に一瞬絶句した。

「じゃあ俺は、あの人殺しのパシリになれってことか?」

「かいつまんで言えば、そういうことになりますね」

天童の落ち着いた返答に、うつむいた真田は大きくため息を吐いたあとにぼやいた。

「俺も落ちぶれたなあ・・。さすがにそれはねえだろうが・・・」

真田にもそれなりにプライドが残っていた。そのわずかなプライドを捨てなければいけないときに来ている。そして胸中では、自分が低く見られているようで腹立たしく感じ始めていた。しかし、今までの真田の行いからすれば「因果応報」と言っても過言ではない。

「断りますか?」

真田のぼやきが聞こえたのか、天童が冷淡に問いかけた。

「どうせ断ったら逮捕するんだろ」

投げやりに答えた真田が天童を睨んで訊ねた。

「捜査してる事件ってなんだ?」

真田は不快感を払拭させて一念発起した様子でいる。改めて決意を固めたようであった。


 タブレットを一台持って真田のもとに戻ってきた天童は、テーブルの幕板付近に設置してあるスタンド式の大型モニターの電源を入れた。

「現在、私たちが捜査している事件はこちらです」

天童がタブレットの画面を操作すると、モニターに地図の拡大画像が表示された。

「これって、七節区だな」

真田が言うと、天童はうなずいた。地図には赤く丸いピンマークが四つ、各所に表示されている

「はい。真田さんもご存じでしょう。七節区各地で起きている連続猟奇殺人」

「バラバラ殺人だろ。俺の担当じゃなかったけど、たしか被害者が全員、女だったよな」

以前、スマートフォンで見た事件の記事を思い出した真田が言った。

「そうです」

天童は事件に関する逐一の情報を話そうと思い立ち、続けて言った。

「担当でないなら、詳しくご説明したほうがよろしいですね」

その説明をしようと天童はタブレットを操作した。モニターに≪死体検案書≫と印字されたPDFファイルが表示される。

「事件は一か月前から起きており、これまでに被害者は二十代から三十代の四名。死因は全員毒殺。血管からアルカロイド系の毒が検出されています」

次に≪鑑識報告書≫のPDFファイルを表示させた天童は先を進めた。

「鑑識課の調べでは、遺体の首に注射痕があったそうなので、おそらく犯人は毒物を被害者に直接注射して死亡させたのち、遺体を損壊したものと見られています」

天童はタブレットの画面をタップした。すると、モニターに遺体の写真画像が表示される。

「最初に遺体が発見された現場は、堂覇町どうはちょうのオフィス街にある歩道橋の真ん中に当たる所で、仰向けに寝かされていました。遺体は全裸で、体幹部、つまり胴体から頭部と両腕、そして両脚の計五か所を切断され、人の形に見えるよう配置された状態で遺棄されていました。ほかの三件も同様です」

その遺体は、まるで分解されたマネキンか人体模型のように見えた。バラバラ殺人だけあって凄惨ではあるが、血だまりどころか血痕らしきものはなく、眠っているかのような遺体の顔や身体の肌の蒼白した姿が、どこか神秘的で美しい雰囲気を持たせているが、それがかえってグロテスクな印象を強くしている。

「ちなみに遺体発見時、死後二日は経過していたとのことです」

天童は補足を加えた。

「にしては腐敗してる感じがないし、バラバラの遺体にしては全体的にきれい過ぎるな。身体に血がほとんど付いてない。それに現場にも血痕が全くない。ってことは・・・」

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