幕間 -旅人の独白①-

俺がこの村へとやってきて、早くも二週間が経っていた。

大分この村へと馴染んできたのではないだろうか。


特に一週間前にあった些細な事件のおかげで、

村の子供達である、ヴァルくんとキューリちゃんが懐いた事が大きい。


キューリちゃんの母親であるキューレさんが、俺をだったと知っていたせいで、

ヴァルくんの母親であるエイルさんと共に、少し萎縮されると思っていたが……子供達の力ってのは凄い。


ヴァルくんとキューリちゃんの遠慮のない様子に、二人の母親とも大分打ち解けられたのではないだろうか。


一週間前に、村の外で魔獣と出会った事件。

正直言うと、あの時ヴァルくんとキューリちゃんを、魔獣と遭わせる予定はなかったのだけど。


初めての村の外で気が抜けているヴァルくんとキューリちゃんに、三つの心構えへの認識を含めて、きつめに叱ってお終いのはずだった。


しかし、運が良いのか悪いのか、たまたま魔獣が近くにいたからね。

あの程度の魔獣だったら、何が起きてもヴァルくんとキューリちゃんを魔獣の手によって怪我をさせる事は絶対にないし、利用しない手はなかった。


しかし、ヴァルくんには驚いた。

風魔法でいざとなった時に守れる様にしていたけど、まさか咄嗟に身体を動かしてキューリちゃんを守って見せるとは。


いくら戦闘の訓練をしている者でも、初めての脅威を前にして、咄嗟に身体を動かす事は難しい。


それを戦闘の戦の文字すら知らない子供がやってみせたのだ。

あれは、才能だ。


そもそも俺はあの状況を作り出して置いて、過剰な恐怖によって心にトラウマを負ったり、子供二人を置き去りに様子を見てくると言う馬鹿が極まった行動を恨まれるかな、何て事も考えていた。


まぁ、トラウマを負う事になっていたら、だが。


しかし結果として、二人はトラウマを負う事もなく、馬鹿な行動についてはそもそも気付いていない。


二人はあの一見で百聞以上に学ぶ事でき、ヴァルくんに至ってはへの才能の片鱗を見せた。


考えていた最善の未来を上回る結果。

まさしく、万々歳と言う訳だ。


流石は俺、勇者様だね。


阿呆くさ。





……君は今の俺を見てどう思うかな。





怒るのかな。


悲しむのかな。





「……ねぇ、ブリュン」





俺は後悔がない様に生きているよ。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





「ねぇ、シグ!!」



俺は今、旅の途中の野営で夜番をしていた。

他の仲間は自分の夜番までしっかりと休んでいるのに、こいつときたら……。


俺は険しい声の主へと振り返った。



「ブリュン……まだ、起きてたのか。 次の村までは、まだ幾日か距離があるんだ。

 いつまでも起きてないで、さっさと寝ろよ」



「うっさいわね! そんな事はどうでもいいのっ!!」



「ど、どうでもいいって……」



相も変わらずに、ブリュンは話したい事がある時は人の話を聞かない。


振り返ってブリュンを見ると、小さな身体を大きく見せようとしているのか、

一所懸命に腰に手を当てて胸を張っていた。



「胸を張っても、胸は大きくならないぞ?」



「な、なななな、なんですってっー!!!! しばくぞ、阿呆だらっ!!」



ブリュンは透き通るような白い髪とは対照的に、顔を真っ赤にして叫んだ。



「静かにしろよ、他の仲間が目を覚ますぞ」



「あんたのせいでしょうがっ!」



ブリュンは、「ガルルルルッ」と今にも噛みつきそうな顔で此方を睨んでいる。



「悪かった。それで、こんな時間に一体何の用だ?」



「全く、あんたはいつも一言余計よ。 それで、どうしたの?」



こいつは何を言ってるんだ。

自分から話しかけて置いて、どうしたの?なんて聞かれると思わなかった。



「それはこっちのセリフだ。 急にどうしたの?なんて聞かれても、何を言えばいいんだよ」



「シグ、悩んでるでしょ」



こいつはいつもそうだ。

何の脈絡もなく話をして来る、その上で鋭い。



「急にどうしたんだよ、俺が悩んでいるなんて」



「見てれば分かるわよ」



「……全く、いつもは馬鹿なのに、何で変な所で鋭いんだお前は」



「馬鹿はあんたよ! 御託はいいからさっさと話しなさい」



そして、人の話は聞かないし強引だ。

こうなったら話すまで、決して解放してくれないだろう。


仕方なく俺は話した。

自分の悩みを。


勇者になって、旅をして、今までいくつもの選択を迫られてきた。

その度に思った。


俺の選択は本当に正しかったのか?


最初は平気だった。

でも、選択を重ねる毎に思いもまた重なっていた。


いつしかその思いは、俺の中でとてつもない大きさになっていた。

常に答えの分からない不安に付き纏われていた。


本当に、俺の選択は正しかったのか。


もし、間違っていたら……。

そんな胸の胸中をブリュンにへと、ぶちまけていた。


俺の話を一通り聞き終えてブリュンが、間をいれずに口を開く。



「なるほどね、阿呆くさ」



「は?」



俺の悩みを一通り聞いたはずのブリュン一言に、開いた口が塞がらなかった。



「シグ、あんたそんな阿呆な事で悩んでいたのね」



「阿呆って……ふざけんなよっ! 俺はな」



「阿呆は阿呆よ。 いいから黙って聞きなさい、シグ。 あんたの悩みは、ただのにしかすぎないの。 結果が出てる事に対して、悩んで結果は変わるの?」



「それは……」



「変わらないわ。 断言する、変わらないの」



「……」



「だから、悩んでも無意味」



「でも、俺の選択が間違っていたら……」



「それでもよ。 間違った結果は変わらない」



「……それじゃ、どうしようもないじゃないか」



「もし、シグの選択が間違いだったとしたら、。 過去の結果は変えられなくても、未来の結果は変えられるの。 だから、あんたの悩みは無意味な後悔。 無意味な後悔をするくらいなら、次について考えなさい」


強引だ。

本当に強引だ。


言ってる事は分かる。

でも、そう割り切れる人は少ない。


というか、こいつの心は無敵か?



「……本当、無茶苦茶だな」



「シグ、あんたの選択はいつだって間違ってなかったわ。 そもそも、選択を間違えて後悔する事さえ無意味なのに、その選択すら間違えていないの。 そんなあんたが、一体何を悩む必要があるのかしら? 

それにね、もし選択を間違えた時は、私が。 だから……安心しなさい」



いつだってそうだ。

強引で、無茶苦茶で、そして……誰よりも暖かい。





「……ありがとう、ブリュン」





心が軽くなった。




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