第1話 -村の少年④-
僕とキューリは、師匠に連れられて村の外へと来ていた。
最初は胸が張り裂けそうな程ドキドキしていた僕だけど、
村から大分歩いて時間が経った事で、師匠が言っていた胸の高揚は少しずつ収まってきていた。
しかし、初めての小さな冒険にどうしても顔が綻ぶのが抑えきれない。
きっとキューリも同じだろう。
僕達は、初めての小さな冒険に浮かれていた。
師匠は村の外に出てから一度も口を開いていない。
そんな師匠の様子に、僕達は浮かれるあまり気づいていなかった。
やがて森の中へと入る僕達。
先程まで歩いていた道と違って、森の中は少しだけ冷えている感じがした。
「(どこまで歩くんだろう……?)」
唐突に僕は目的地を知らない事を思い出し、前を歩く師匠に話しかけようと思った。
すると、突然師匠が立ち止まった。
「……はぁ、予定にはなかったんだけど……まぁ、良い機会かな」
話しかけようとした瞬間に、突然立ち止まった師匠に驚き、
僕は喉から出かかった言葉を発する事ができなかった。
「ヴァルくん、キューリちゃん、悪いね。 森の様子がおかしいようなんだ。
少し……様子を見てくるよ」
此方を気にする事なく師匠は言葉を続け、そのまま目の前から突然いなくなった。
『え?』
残されたのは、呆けた顔している僕達と、森の冷たさだけだった。
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…………。
……。
師匠がいなくなってからどれだけの時間が経っただろう。
突然の出来事に頭が空っぽになっていた僕だけど、
時間が経った事で少し考えられるようになってきていた。
森の様子がおかしい、と師匠は言っていた。
森の様子って何だろう。
……待てよ、そもそもここはどこの森なんだろう?
僕は……どこにいるのかさえ、分かっていなかったのか?
村の外に出れて……浮かれていて……。
何も知らないまま、こんな所に置いていかれて……。
これからどうすればいいんだ。
このまま、どこかも分からない森の中で、師匠を待ってればいいのか。
そもそも、師匠はいつ帰ってくるんだ。
頭の中がグルグルする。
「ねぇ、ヴァル……。 私達、これからどうすればいいのかな……」
突然キューリが話かけてきた。
その声に、僕は今更キューリが隣にいる事を思い出した。
分からないよ。
どうすればいいのか何て、僕にも分からないよ。
不安そうなキューリの顔が、僕を見ている。
考えが纏まらない。
僕はただただキューリの方を見たまま、言葉を返せずにいる。
その時。
キューリの後ろの茂みに向かって、大きな風が吹いた。
思わず僕は茂みを見た。
何かと目が合った。
「危ないキューリっ!!!!」
何故だか、分からない。
咄嗟に動いた僕の身体は、キューリを思いっきり突き飛ばしていた。
「痛っ!! ヴァル、いきなり何す……」
僕に突き飛ばされて尻餅をついたキューリは、
最後まで言葉を発する事はなかった。
何故なら。
先程までキューリがいた場所に、大きな影がいたからだ。
「ま、魔獣」
物語の中でしか聞いた事がなかった、大きな怪物が僕の目の前に佇んていた。
怪物の見た目は、村で飼っている犬のリルに似ていた。
しかし、大きさはリルとは比べ物にならなかった。
一口で僕を飲み込めそうな程、大きな口。
そして、辺りに漂う獣臭に、僕は震える足を止める事が出来ず、
今にも吐きそうだった。
「キュ、キューリ……逃げて」
辛うじて言葉を発するも、キューリは腰が抜けているのか地面にへたり込んだままだった。
恐怖の余り、僕の身体は動かない。
目から零れる涙を拭う事も出来ない。
魔獣はゆっくりと僕の方を向いた。
僕は。
魔獣の口が大きく開いた。
僕は死ぬ。
「はい、そこまで」
師匠の声がした様な気がした。
そして、轟音と共に僕の目の前は真っ白になった。
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「……っ!!」
…………。
「……ルっ!!」
……。
「ヴァルっ!!」
「……キューリ?」
気が付くと、僕の顔の目の前にキューリの顔があった。
「……お、良かった。 ヴァルくん、目が覚めたようだね」
師匠の声もする。
「もうヴァルのバカっ!! 心配させないで!」
目の前でキューリが、目を潤わせたまま真っ赤な顔で叫んでいる。
キューリは何で怒ってるんだろう。
そもそも僕はどうしたんだっけ。
頭がボーっとしていて、何があったのかを思い出せない。
「……ごめんキューリ。 今、どう言う状況なの」
そう僕が問いかけると、キューリの代わりに師匠が口を開いた。
「ヴァルくんとキューリちゃんはね、魔獣に襲われていたんだよ」
そうだ、魔獣だ。
魔獣が突然目の前に現れて、それで僕の方に大きな口が向かってきて……。
「ごめんね、助けるのが遅くなって。 ……まぁ、魔獣はもう僕が倒したから安心してよ」
僕は先程までの状況を思い出した。
魔獣は師匠が倒してくれたのか……良かった。
「師匠……助けてくれてありがとうございます。 それで、何故僕は横になってるんてしょうか。 見たところ怪我もないみたいですが……」
「ヴァルくんは魔獣を倒した時の衝撃にビックリして、気を失っちゃったみたい。
……危機一髪だったからやりすぎちゃったようだね、ごめんね」
「いえ……師匠がいなかったら僕は死んでいました、気にしないでください」
そう、師匠の助けが間に合わなかったら僕は死んでいたんだ。
身体を起こして地面に座り込むと、心配そうな顔をしたキューリが隣に座って、手を握ってきた。
「……さて、ヴァルくん、キューリちゃん。こんな時に、こんな事を聞くのもあれなんだけどね。
道を歩く時の、三つの心構えを覚えているかな?」
それは、村で師匠に教わった事だった。
師匠の急な問いに対して、僕は師匠の目を見て答えた。
「はい、師匠。 知る事、見る事、感じる事です」
「そうだね、ヴァルくん正解。 じゃあ、一つ一つおさらいをしようか」
僕が答えを言うと、師匠は微笑みながら指を一本立てた。
「まず一つ目の知る事。 知る事とは何か、キューリちゃん答えてみようか」
「はい、先生。 知る事とは、自分達が向かう目的への経路、辿り着くまでの環境、敵性存在の……有無、これらを事前に……きちんと知って……おくこと……」
「そう、キューリちゃん正解。 経路が分からなければ辿り着く事ができないし、環境を知らなければ対策ができずに進めない。
敵性存在を確認しなければ対処ができず、最悪命を落とす事になる」
師匠の雰囲気が少し変わった様な気がした。
「二つ目の見る事。 これは事前に知る事で知った知識に基づいて、自分の目で確認をしながらこれからの行動を決める事。
そして、三つ目の感じる事。 見た事で決めた行動について、きちんと感じて、対処して行動に移す……」
師匠の顔からは先程までの微笑みが消え、真剣な表情になっていた。
そんな師匠の雰囲気に、何故だか村を出る時に感じていた胸の鼓動とは全然違う、不快なリズムが胸を鳴らし始めていた。
「……さて、ヴァルくん。 今回の小さな冒険の為に、知る事で知った事を答えてみようか」
僕は答えられなった。
「……答えられないよね。 確かに僕はヴァルくんとキューリちゃんを、いきなり村の外へと連れて行ったよ。
突然の初めての冒険、頭がいっぱいになっちゃうのは仕方がないさ。
けどね、ここに来る途中、僕に質問したりして知る事はできたよね?」
何故師匠が突然こんな話をしたのか、僕は気づいていた。
きっとキューリも気づいている。
「旅に……冒険に言い訳はきかない。 冒険に小さいも大きいもない。
あるのは結果だけ。 言い訳をした所で、結果は決して変わらない。
そしてその結果次第では、最悪命を落とす事だってありえる」
知らなかった。
だから、死にかけた。
あの時、師匠がいなければきっと僕は死んでいた。
そして、その後にキューリも……。
余りの自分自身への不甲斐なさに、顔を俯かせていると、急に頭の上に重みを感じた。
思わず顔を上げると、師匠は僕とキューリの頭を撫でていた。
先程までと違って、師匠の雰囲気はどこまでも優しかった。
「説教ばかりでごめんね……? 誰にだって間違いはある。もう二度と同じ間違いをしなければいいんだけさ」
目に込み上げてくるものを必死に抑え、僕達は二人揃って頭を下げた。
『ごめんなさい!』
「素直で良い子だ……。そんな、ヴァルくんとキューリちゃんなら、きっともう大丈夫だよ。 さぁ、今日はもう村に戻ろうか。
今度来るときはきちんと三つの心構えをした上で、ある程度戦えるようになってないとね」
そう言うと、師匠は僕達に一度微笑んでから、歩き始めた。
そんな師匠の背を見て、僕は思わずキューリの手を力強く握った。
キューリも強い力で手を握り返してきた。
思うことは同じに違いない。
今度は間違えない。
そう心に誓って。
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