第1話 -村の少年③-
「え、外の道ですか……?」
師匠はニヤリと笑いながら、村の外を指差していた。
師匠は村の外……つまり旅においてもっとも大切なのは、道の歩き方と言っていた。
自分が進むべき道を深く知る事が、自分を守る事になると。
でも、勝手に村の外に出たらお父さんやお母さんに怒られてしまう。
師匠に教わった道の歩き方を実践できたら、確かに嬉しい。
けど……。
隣にいるキューリも不安そうな顔をしている。
「師匠……僕達が村の外に勝手に出たら、怒られちゃいます」
そう言って僕は俯いてしまった。
僕達子供は、お父さんとお母さんの許可がないと、決して村の外には出てはいけないからだ。
俯いて顔を上げない僕の頭に、師匠は優しく手を添えた。
「大丈夫だよ、ちゃんとヴァルくんとキューリちゃんのご両親からは許可を貰ってるからね」
「え、許可⁉︎」
僕は思わず顔を上げた。
そんな話、お父さんからもお母さんからも聞いていない。
「先生‼︎ 許可って本当に貰ったんですか⁉︎」
キューリの方を見ると、驚き半分、困惑半分といった表情をしていた。
きっと僕も同じ表情をしているだろう。
そんな僕達に向かって、師匠はまたもやニヤリと笑いかけた。
「もちろん、本当だよ。 ヴァルくんもキューリちゃんも、今日はいつもと違って、ご両親から水筒とお弁当を渡されているんじゃない?」
た、確かに!!
お母さんが師匠の所に行く時に、何故か水筒とサンドイッチが入った包を渡してくれていた。
なんで今日はこんな物渡すんだろう?と不思議に思っていたけど……。
じゃ、じゃあ、まさか本当に⁉︎
「ふふふ、僕はね……こう言ったサプライズが大好きなんだよね。 だから、ヴァルくんとキューリちゃんのご両親に、ちょこっとだけ、協力して貰ったのさ」
僕達は喜びのあまり、キューリと手を取り合って叫んだ。
『やったー‼︎ 外の世界を冒険できるんだ!!!!』
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僕達は師匠の後を歩きながら、村の外へと向かっていた。
村の出口が近づいてくると、僕のお母さんの姿が見えた。
「シグさん、うちのヴァルの事、宜しくお願いします」
「ええ、任せてください。 まぁ……あまり遠くには行かないので、安心してください」
「ヴァル、シグさんの言う事をちゃんと聞くのよ?
キューリちゃんもヴァルの事、宜しくね」
僕とキューリが頷くと、お母さんは師匠に向かって頭を下げた。
未だに現実感がなかった僕だけど、
お母さんが見送りに来てくれた事で実感した。
僕達は本当に、村の外を冒険できるんだ。
胸が……凄くドキドキしている。
さっきまでは何処かフワフワしていたのに、
今ははち切れんばかりに胸が騒ぎ、顔が熱くなっている。
ただ村の外を出る。
それだけの事なのに。
ふと、隣のキューリが気になり、キューリの方を見た。
するとキューリも此方を見ていた。
「ねぇ、ヴァル。貴方、とっても顔が赤いわよ」
そう言ったキューリの顔も、普段の透き通るような白さが消え、赤くなっている。
「そう言うキューリだって赤いよ。……何だか凄く不思議な気分」
二人して顔を赤くしてソワソワしていると、
不意に師匠の手が僕とキューリの頭に添えられた。
「……それはね、高揚って言うんだよ」
そう言って、僕達の頭を撫でる師匠の顔は凄く優しかった。
何故だか恥ずかしくなった僕とキューリは、思わず顔を俯かせた。
「……まぁ、いつまでもここにいたら時間が勿体ないよ。
ヴァルくん。キューリちゃん。 小さな冒険に行くとしようか」
僕とキューリは、師匠に背中を押されて一歩を踏み出す。
キューリと目を合わせお互いに頷くと、
僕達は小さな冒険への道を歩き出した。
外の世界にはきっと、もっといっぱいのドキドキが待っているだろう。
「ヴァル、キューリちゃん、いってらっしゃい」
遠くでお母さんの声が聞こえた様な気がした。
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普段嗅いだことのない匂いが辺りを漂っていた。
その匂いは優しさとは無縁で、暴力的な厳しさを醸し出している。
僕は震える足を止める事が出来ず、
辺りに漂う獣臭に、今にも吐きそうだった。
キューリは腰が抜けて、地面にへたり込んでいる。
恐怖のあまり、目から零れる涙を拭う事さえできない。
様子を見てくる、と言って師匠は姿を消してしまっている。
どうしてこんな事になってしまったんだろう。
僕達の小さな冒険は、決して
小さくなかった。
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