第15話 コルレオーネ村

シチリア島の州都パレルモにプラベート・ジェット機が到着したのは、太平洋上から6日後だった。ハワイで一泊だけ過ごした5人の探偵たちは、その後イタリア・ローマに飛び、ようやく地中海の島・シチリアに降り立った。

「ネギ殿…拙者、疲労困憊にござる!」―飛行機を降りたジョーが弱音を吐いた。

「飛行機なる面妖なもの、生まれて初めて乗り申した!旅券もないのに」

「わしのルートは全部、超法規のプライベートで行けるさかい。入国手続きなしでかめへんから。事件のほとぼりが冷めるまでは、用心して日本におらんほうが安全や」

「それはそうだが…」と、デカも首を回す。「ちょっとハードだったぜ。時差ボケというやつだな」

 国際便で旅慣れたミックだけは、足取りも軽やかだった。

「おれは、豪華な旅を楽しんだよ。ちょっと、いろいろ食べ過ぎたけど」

「ミックはん!これからでっせ!ここはシチリアやで?ワインと黒豚ちゃんとオリーブの国や!」

「…なんか、イタリア来たら余計に元気だね、この人」―キヨカも疲労をほぐすように、大きな伸びをする。

ネギに引率された一行がタラップを降りると、駐機場には黒いSUVが待機していた。

ネギは車の脇に立つ、若いイタリア人青年に投げキッスを送った。

「Sergio ! Da quanto tempo !(セルジオ!ひさしぶり!)」

突如、ネギがイタリア語を発したので、一同が仰天した。

 セルジオと呼ばれた青年は、ネギとハグを交わすと大きな身振りで笑った。

「なにを言ってるんだい!ネギ!先週、ここまで見送りに来たのも僕だよ!」

「おまえと会ってないと寂しいんだよ!」

 さしものミックも、イタリア語では手も足も出なかった。

「Wow! ネギちゃん、イタリア語のバイリンガルだったの?!」

「ま、こっちが性に合うてやね、十年はつきおうとるさかいね。自慢やないけどシチリア語も話せるでえ」

「人には取り柄があるもんだな」―デカが苦笑する。

 横田基地でのミックと立場を逆転させたネギは、流暢なイタリア語で意気揚々と、探偵たちをセルジオに紹介した。

「みんなに会えて光栄だよ!僕はネギのセーフハウスを任されているSergio Salvatori (セルジオ・サルバトーリ)。ようこそ、シチリアへ!」

「ミック、彼はセーフハウスと言ったか?」と、デカがミックに耳打ちする。

「うん。そこだけ判ったよ。ネギちゃんは、シチリアにセーフハウスがあるんだね」

「セルフハーフとは?面妖な」

「セーフハウス!諜報機関の言葉で、安全な隠れ家って意味だ」

「まあまあ、いま連れてくよって。ここにはシチリア時間っちゅうもんがあんねん。ゆっくり行こや!」

 セルジオ自らが運転するSUVに乗り込んだ5人の探偵たちは、パレルモ市街を抜けてルートSS624に入った。

 パレルモから約1時間で着いたのは、石造りの建物と教会が石畳の小路に並んだ美しい村だった。

円形の中心街に車を停めると、ネギがみんなを先導する。

「着いたで、コルレオーネ村!シチリア語ではクルジューニゆうねんけどな。せっかくやから、ここからは歩いて行こや!」

「真(まこと)、これなる絶景は絵葉書にしか見たことはござらん!」

「ここが、かの『ゴッドファーザー』で有名な、シチリア島、コルレオーネ村や!」

「ゴッド…いかが申された?」

 ミックが、景観に魅入られながら頷いた。

「Wow! イタリア・マフィアの家族を描いた歴史的なハリウッド映画『ゴッドファーザー』に登場する故郷さ。いまも実在するところだとは知らなかった。デカさんの哀愁が、この村に似合ってるよな!」

「からかうなよ」

 時折、観光客らしきカップルや若者たちを見かけるが、村はとても静かだった。

すれ違う村人たちの誰もが「チャオ!」「ブオン・ジョルノ!」とセルジオやネギに笑顔を見せる。

 異国情緒を満喫しながら歩く探偵たちに、ネギがツアーガイドをする。

「シチリアゆうのはイタリアの特別自治州なんや。こっちの人らは自分たちをイタリアーノとは言わへん。シチリアーノや」

「I see. (なるほど)、ニューヨークの連中がアメリカ人とは言わないで、ニューヨーカーっていうのと同じかな」

「ゆうたら、こっちはもっと濃いねん。映画でマフィア発祥の地として有名になってやな、いまでも世界中から旅行客が『ゴッドファーザー』ゴッコをしに来るわけやねんけど。実際には映画の撮影はこの村ちゃうねん。シチリアやけど、タオルミーナっちゅうあたりでロケしとる」

「でも、シチリアといえばマフィアってくらいに知られちゃったよな」

「それゆうたら日本にもヤクザがいてるやん。いろんな事業や政治家とも関係しとるやろ?しやけど、ヤクザが独裁しとるわけちゃうやんか?シチリアもマフィアの巣窟ちゃうで。まあ、確実にメンバーはいてるけどな。この島は歴史的に、いろんな国に侵略されたよって、カタギの人らも含めて家族の結束ゆうか、絆が深いねん」

 ネギがセルジオに、探偵たちへの説明をイタリア語に直すと、セルジオが頷いて続けた。

「ネギ、仲間たちに伝えてくれ。僕たちシチリアーノは、長い間、不当な権力と闘ってきた。そういう中で自警のために暴力、武力を持ったグループが島を守ってきたんだ。マフィアを正当化しているんじゃないよ。たくさん人も死んでるし、時には身内も殺された。でも、そういう負の歴史はどんな国にだってあるだろ?自分たちの家族や仲間は自分たちで守るんだ。シチリアの場合はその絆が強い。僕たちは公権力を信用しないんだ。マフィアには沈黙の掟というのがあって、それは権力から家族を守るという意味では、この村の普通の住人たちでも同じなんだ。まあ、先進国では否定されるけどね」

ネギが通訳するとデカが応えた。

「だから、ネギはこの村にセーフハウスを作ったんだな?」

「せや。ここには鉄道さえ通ってへんから、いい意味で世界から独立しとるわけや。セルジオもコルレオーネの村の人らも、わしの一族が裕福やから仲良うしてくれてはるわけやない。仲間や思うてくれとるから、なにがあっても、わしらを密告するゆうこともあり得へんのや」

「So to speak, (言うなれば)…インターネットとは真逆の世界だな」

 そう言うとミックは、シチリアの空気を深く吸い込んだ。

「マイスターQ対策会議には絶好の陣地やろ?」

 途中から急な坂になった石畳を上ると、カトリックの古い教会があった。セルジオによると18世紀からほとんど変わっていないという。

脇に伸びる石造りの階段を使って教会の裏側に回ると、美しく手入れされた庭園が広がっていた。

「教会に隣接するように家(カーサ)を改築したんだ。外壁は古いままだけど、内側は防弾、防爆仕様に補強してある」と、セルジオが建物の中へと案内する。

 メイン・ダイニングは数十人がゆったりとくつろげるほどの大きさで、片側のテラスには丘からの眺望が広がり、傍らにはバーカウンターも設えられている。

中世を思わせる豪華なクラシックの家具とモダンなイタリアンの調度品が絶妙に融合したインテリアだった。

「Wow ! Awesome ! (すごいや!)」

「まあ、くつろいでや!この奥にはパラッツォゆうて、マンションみたいに、みんなそれぞれバス、トイレ付きのスウィートルーム・クラスの個室があるよって。喧嘩せえへんように、好きな部屋を選んでもうたらええし」

「なにからなにまで世話になっちまうな」

「拙者、和室を所望だが、さすがにあり申さんな?」―ジョーが遠慮がちに唇を噛む。

「いや、座敷もあるで。日本から畳を取り寄せてこさえた、茶室つきのやっちゃ」

「なんと!?かたじけない!」

疲れたジョーの顔が、子供のままの笑顔になった。

「各国のお客様に対応でけるよう、セルジオが徹底的に配慮しとるからね。キヨカちゃんの部屋は、一番奥がええよ。わしとこの実家が所有しとる通信衛星直結の専用回線を引いとるさかい。みんなの携帯端末も、ここのWi-Fiをつなげたら外部から、そう簡単には追跡できへんし安全や」

「ちょっとした基地だな」

「みんな疲れたやろうから、夕方まで部屋で休んでもうて、ディナーの時間に庭に集合しようや。セルジオが最高の献立を用意するし。腹が減っては戦もでけんやろ?!」

 やがて、薄暮が降り始めた。

 セーフハウスの庭園に長いテーブルが置かれて、セルジオが指揮する料理番と使用人たちがワインと前菜を運んできた。

 ミック、デカ、ジョー、キヨカ、ネギがセルジオと食卓を囲み、料理が揃うと使用人たちも席に就いた。

「こっちでは、みんな一緒に食べるんだ。家族だからね」―と、セルジオが使用人の青年たちを紹介した。

 微かにそよぐ風が、咲く花や樹々の葉を撫でる庭の向こうには、シチリアの山々が見える。

「見事な桜なり!」と、ジョーが、前菜のイワシのマリネをつまみながら、桜色の花を咲かせて庭を囲む樹々を指した。

と、ネギが解説を挟む。

「ああ、桜とちゃうねん。花が桜に似とるけど、あれはアーモンドの木やねん」

「バーモンド?うむ、これなる鰯(いわし)、美味至極。各々方、頂き申さんか」

「これもぜひ食べてくれ。僕の祖母の代から受け継がれた定番のパスタ・アラ・ノルマ。トマトと茄子、リコッタチーズを和えたシチリア郷土料理のペンネだよ!」

セルジオが探偵たちに取り分ける。

 キヨカはブラッド・オレンジジュースを口にしながら、テーブルの脇に置いたノートパソコンで画面をスクロールさせている。

「キヨカ殿!一刻、ピューコンタは脇に置かれぬか?!美味を後回しの手はござらんぞ!」

「いや…マイスターQが動きだしたみたいだからさ」

一同が顔を見合わせる。

「Okay. 食事を続けながら作戦会議といこうよ」―ミックが白ワインの薫香を片手にキヨカを促す。

「早速、記事が配信されたよ」

キヨカが日本語訳された専門紙のトピックをディスプレイに開いた。


『…米国に本社を置く国際的なIT企業、テック・ディメンション・アライアンスの創業者にして代表取締役会長兼CEOの八代誠一氏が行方不明との内部情報が同社から流出し、一部には死亡説が囁かれている。八代氏が保有する同社未公開株10%は、すでに八代氏から法的に相続権を引き継いだ代理人によって同社の他株主に売却されたようだ。これを受けて、同社事業に関連するIT企業の株価は一斉に下落模様…』


「なるほど。未公開株10%…つまり10兆円を現金化しただけじゃなく、八代誠一の死亡説をリークすることで、関係会社の株価も操作するってオチだったわけだね」

「ほんなら、マイスターQは、安なった株を自分で買い占める気いやろうな。現実社会を動かすために、カネの流し方を学習しとるわけや」

「マイスターQは、いわばまだ幼児だ…あ、煙草、いいのかな?」と、デカがクシャクシャの箱から紙巻き煙草を引っ張り出す。

すると、隣席のセルジオが細い葉巻を薦めた。

「せかっくだから、これをどうぞ。トスカーナのやつだけど…」

セルジオは小枝のような葉巻をふたつに折ると、片方をデカに渡して火を点けた。

「分け合うのがイタリア流さ」

「ありがとう…グラッチェ!」

「おお!デカ、早速覚えたね!」―セルジオが喜ぶ。

「ネイティヴ的にはグラッツィエ、やけどね」

「勉強するよ。しかし…」と、デカが話を続けた。

「いまは幼児のマイスターQが、そのうちに停止問題を解こうとして、どんどん干渉範囲を拡大していけば、いずれは人間社会を破壊することもあり得るんじゃないか?」

「そうだね…人工知能が悪意を学べるのか、いろんな研究があるみたいだけど。

人工知能が感情を持たなくても、結果としてコンピューターが悪意を持ったように動きだす可能性はゼロじゃないはずだ」

「うーん。ほんなら問題は、人間が機械を制御できへんようになる危機を、どう食い止めるかやね?」

「こういう島に来ると、余計に理解できる気がするんだが…」

デカが葉巻の紫煙をゆっくりと吐いて続けた。

「…おれたちは、この百年の間、すっかりマシンに従って生きるようになった。たとえば、道路の信号機。車同士がぶつからないようにプログラムされてはいるが、青信号を信じて渡っても、実際にはそれが安全の保障とはならない。電車や飛行機、果ては宇宙船。人が操縦しているようで、実は制御しているのは機械の各パーツだ。指示に従っているのは人間のほうじゃないか」

 ミックがワイングラスの縁を指で弾く。

「でも…マイスターQは、まだ自立できていない。いまの時点では、誰か、邪悪な人間がプログラムを入力しているはずだと思う。マイスターQ自体が、目的や意志を持ってるわけじゃないからだ。だから、やってることがチグハグなんだ」

「どこまでいっても敵は人間、ということだな?」―デカがセルジオに葉巻を「旨いよ」と掲げて見せる。

セルジオが、イタリア人特有の大きな身振りで「サイコーだろ?」と応えた。

「でも…」と、キヨカがフードを外した。頬に風を感じたくなったみたいに。

「…人工知能問題については、いろんな学者が警告を始めているんだ。人工知能が人間を超えるとき…これを技術的特異点というんだけど、それが2045年には起こり得るという人もいる。つまり、コンピューターが人間みたいに意志を持つって」

「2045年…?ちょっと待て、その年号をどこかで見たような気がする」

「これだろ?」

キヨカが、短い記事をタブに開いた。八代誠一が映っている、テック・ディメンション・アライアンス設立当時の短い記事だ。


『…最終的には2045年までに、世界総人口に占める貧困層の割合を1%未満にまで減少させることが可能としている』


「いま、キヨカ君が言った、人工知能が人間を超えると予想される2045年問題と一致している」

「つまり、マイスターQは、少なくとも現時点では人間の黒幕に動かされていると考えていい。そうでなければ、とっくに暴走してるはずだからね」

「まあ、じゅうぶん暴走しとるは思うけどな」

「Wait…(待てよ)。もうひとつ、この記事で見落としていた文節があった。テック・ディメンション・アライアンス設立の日付を見てくれ…」

ミックが画面の記事を指すと、キヨカがそれを読んだ。

「2001年11月22日?」

「ああ。11月22日っていうのは、世界史にとって歴史的な日なんだ。元SPのデカさんなら気がつかないか?」

「…アメリカで11月22日といえば…もしかして、ケネディ大統領が暗殺された日じゃないか?」

「Right answer!(正解!)。1963年のこの日、アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディがテキサス州ダラスで群衆を前にしたパレードの最中に射殺された。暗殺については、当時からいろんな陰謀説が飛び交った。大統領任期中、ケネディはベトナム戦争から手を引こうとしていたんだ。それで軍産企業に謀殺されたって説は有力視されているしね」

「…戦争ほど儲かるビジネスはない」

「ともかく、彼が殺されたことによってアメリカの軍需産業は巨万の富を築いた。そういう意味では、軍事産業側にも11月22日は記念日なんだ!偶然じゃないだろう。マイスターQの誕生日にわざわざこの日を選んだんだ!」

 ネギの同時通訳で話を聞いていたセルジオが、笑顔を消して頷いた。

「権力ってのは、そういうことをやるんだ。僕はマイスターQってのがなんだかよく判らないけど、銃を使おうがマシンを使おうが、権力ってのは人間だけが欲しがるものさ。だから、相手が人工知能でも戦えるってことさ。どんな歴史も、最後には民衆が権力を倒してるんだからね」

「セルジオ、ええこと言うなあ!せやで!敵の顔に騙されたらあかんねん。甘い優しい顔してからに悪い奴っていてるやろ?マイスターQが、世界人類を洗脳しきる前にブッ壊したらええねん…ま、方法は考えるとして」

「そういえば、横田基地のジョニーも言ってたね。人工知能の推進派と規制派で揉めてるらしいと。国際的な軍需産業の冷戦ってことだろう。つまりは、高度な演算機能のコンピューターの使い道をめぐって人間同士が対立してるってことだね」

「人の道なら拙者とて判り申す!如何なる理由でも、己(おのれ)の利欲のために人を殺(あや)めていい道理はござらん。それなる了見の輩(やから)は退じてくれよう!」

そこに、ピロン…!―と、キョカのパソコンの着信アラームが鳴った。

次いで、ミックの携帯端末、デカ、ネギのデバイスにも、それぞれのメール着信がある。

「この野郎…喧嘩売ってやがるのか!」―メールを一瞥したデカが葉巻を噛んだ。

「各々方、如何申された!」

携帯を持たないジョーが一同の顔をきょろきょろと見渡すと、デカが着信画面を見せた。


『成功報酬の200万ドルを送金致しましたのでご査収下さい。

 この度のお仕事、お疲れ様でした。マイスターQ』


「さすれば拙宅にも便りがあろう。各々方、如何なさる!」

 ミックが自分の携帯端末をキヨカに渡す。

「キヨカ、悪いけどマイスターQから来た合計300万ドルを送金元の銀行に送り返す操作は出来るかな?」

「もちろん、できるよ。シンガポール国際中央銀行からだと判っているから。ミックさんの口座パスワードだけくれたら簡単だよ。おれも返金処理するけど、他のみんなは?」

「聞かれるまでもない、叩き返してくれ」―デカが灰皿で葉巻を揉み消す。

「当たり前やん!Q野郎、誰でもカネで義(ぎ)を売り渡す思うてんのや!要るかい!」

「無論!拙者も要らぬ!いや、正直申せば交通費は要(い)り様(よう)でござるが!この銭に触(ふ)らば、戦争屋の仲間に成り下がる道理!キヨカ殿、同じく返金をお頼み申す!」

「わかった」

「まあまあ、ジョーちゃん。このマイスターQとの闘いの軍資金は、わしが実家に掛け合って出させるさかいに、交通費や言わんでもええって。なんぼやの?」

「拙者の棲(す)み処(か)、高尾山口からの電車賃、金550円也(なり)!」

 一瞬の沈黙があって、皆が一斉に笑った。

「失敬な!拙者はもとから自給自足ゆえ!550円でも大金でござる!」

「Easy man(落ち着けって)。判ってるってば。しかし、ネギが資金を負担するってのも気が引けるよ。おれたちだって融通は利く。チームとして、互いに出来ることを出来る方法でやろうじゃないか」

「まあ、当面はわが根木屋財閥を頼ってええよ。いずれマイスターQが、わしとこの実家の資産を狙ってきよる可能性はある思うけどな」

「おっと、そうだ。とり急ぎ、おれたちのコードネームが必要だよな?」

「ミック殿、コンドームとは?!」

「ほんまに、キミね。絶対、わざとやろ?そのボケ?」

「コードネーム。おれたちチームの名前さ。名無しじゃあ連絡を取り合う際に面倒だし、これから一種の諜報戦争になるから、素性を隠すためにもコードネームは要るよ。ジョニーが、5人の探偵ならD5(ディー・ファイヴ)じゃないかって言ってたけど、悪くないんじゃないか?」

「D5!クールじゃないか!」―セルジオが陽気にテーブルを叩く。

「うん、えんちゃう?」

 デカも手を挙げる。

「そうだな。コードネームは簡潔で、なおかつネーミングからは目的が推測できないものが理想だ。おれも賛成するよ」

 少し強めの風が一陣吹いて、桜に似たアーモンド木の花びらが数枚散った。

「流麗なり…」―ジョーがそう言って、キヨカの表情が止まった。

「…これ」

「ん?キヨカちゃん、どないしてん?」

「ネギさん…セルジオに聞いてくれないか。この場所がネギさんのセーフハウスだってことは、どれだけの人間が知っているのか」

「わしと、いまここにいてる連中だけや。コルレオーネ村の人たちもわしの別荘やと判ってはるけど、探偵業の秘密基地やゆうことは知らん。まあ、仮に知っても、この村の人たちは身内を売ったりはせえへんよ。なにか心配ごとでもあるんか?」

「いや…ここに招待されたとき、どこかで見ているはずの風景だって、ずっと気になっていたんだけど。このアーモンドの木で判った…!」

「What’s happened ?(どうしたんだ)?前にもここを見ているのかい?」

 キヨカがパソコンのディスプレイに、八代誠一殺害事件の舞台となった劇場の写真を十数点並べて見せた。

「現場でいろいろ撮っておいた写真なんだけど…これを見てくれないか?」

キヨカが指した写真を見て、セルジオが言った。

「ここじゃないか?」

それは、劇場の舞台セットの壁に飾られていた洋館の絵だった。

山々に囲まれた盆地の遠景の中央に描かれた洋館の庭には、いま目の前にあるピンクの花を付けた、桜に似ているアーモンドの並木が描かれていた。

「どういうことや!」

「マイスターQは、最初からここを知っていて、わざわざこの絵から自分の声を発していたのか…?!」―デカが、席を立って周囲を見回した。

再び、食卓の上を風が走ったような気がしたが、それは風ではなく5人の探偵たちの間を駆け抜けた緊張感だった。

ミックは庭の端に立つと、薄暮に染まるコルレオーネ村を一望した。

「この盆地で、あの絵の構図と同じ角度からここを見られる場所はなさそうだ。ということは、マイスターQは、ここがネギのセーフハウスだという情報だけは把握しているものの、近寄れなかったと考えられる」

「そりゃそうや!ここによそ者が嗅ぎまわりに来たら、セルジオたちが一網打尽にしとるよ」

「僕らの村を戦争ゲームの道具にするとは許せないぜ」―セルジオが語気を強めた。

 ミックは、シチリアの夕景に目を細めてから、テーブルに踵を返した。

「やはり、マイスターQが、おれたち5人を呼び寄せた大きな理由がなにかあるんだ…2000年問題、デカと直子さんの出会いとテロ事件、キヨカの両親の事故死、ジョーちゃんの祖父にさかのぼる米軍との関係、おれが元FBIだって経歴、そして国際的な軍産複合体とマイスターQ…いまは判らなくても、このリンクが明らかになるとき、本当の敵が現れるはずだ」

「上等や!必ず叩き潰したろやないか!」

 ミックが、立ったまま無言でグラスを掲げる。デカ、ネギ、ジョー、キヨカとセルジオも、グラスを持って続いた。

 全員が、真剣な眼光のまま一気にグラスを干すと、同時に、ドン!とテーブルに置く。

ミックが吠えた。

「Bring it on!(かかってこい!)」

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