第13話 預言者
客席の影山を見つめていたミックは、静かに、だが明瞭に呟いた。
「…自殺だ」
デカ、ネギ、ジョー、キヨカたち探偵は沈黙した。全員がミックと同じ推理に行き着いたからだった。
ソファに座っている預言者が、閉じていた瞼を異様にゆっくりと開いた。
「どういう経緯があったかまでは見えない。だけど、マイスターQに洗脳された影山さんは、おそらく最後の瞬間を自分で選んだんだ。どこかでアセトアミノフェンを服用して、自分の足でここに来た…」
「その通りです、叶井様」―預言者が、ゆっくりと立ち上がった。
「影山様は、その最期にご自分が立ちたかったステージにやって来た。私はそれをあの照明ブースから見ておりました。影山様は、ご自分がこのステージの中央に立ち、からっぽの劇場に向かって、なにか長い台詞を語っていました。ご自分には満場の観客が見えたのでしょう。カーテン・コールのように腰を折って礼をすると、そのまま舞台の上に倒れて亡くなりました」
「それが…どういうわけで、あの客席に座っているんだ?」―デカの眼光に憤怒が覗いた。
「おわかりでしょう?私が運んで差し上げたのです!この舞台の上から、その客席へと!なぜなら彼は、マイスターQの描く壮大な劇で、一幕だけ出演が許された売れない役者に過ぎないからです!出番が終われば、舞台を降りるのは当然!」
「貴様ああああ!」
デカが預言者に殴りかかる。と、預言者はするりと躰をかわして、円の動きでソファの後ろに回った。
同時にジョーがふわりと舞台上に飛んだ。
「優秀な探偵のみなさんが、そんな粗暴なことではマイスターQの期待を裏切ることになりますよ?」
「じゃかーしい!おどれらみたいなバケモノに期待されてたまるかい!」
「バケモノ?!これはいよいよ、ご乱心ですね!世界最高峰の人工知能・マイスターQはバケモノなどではありませんよ!愚かな人間によって起動されたことは確かですが、言うなれば子が親を超越したのです。マイスターQをバケモノだと仰るならば、彼を生んだ人間は何者ですか?」
「The prophet you !(預言者よ)!おまえも人間じゃねえのか?」
「私はすでに人間ではありません。マイスターQの有機的一部とでもいいましょうか。これから始まる第2幕の主演です」
「ほうかいや!ほんだら、おどれも次の幕が開く前に死んでまうな!」
「承知の上です」
「なんやと?!」
「いま現在、マイスターQの代理人を明確に自覚できているのは私だけでしょう。しかし、世界ではすでに多くの人間たちが、それとは知らずにマイスターQの計画に従っています。自分で判断し、自分で選択していると錯覚しながら。人間などは、基盤回路に流れている電流と同じなのです。電流はエネルギーとしての役割を果たせば消滅する。それを死という哲学で誤魔化しているのが人間の愚かさなのです。人間は死を恐れるから他者を支配する者になりたがる。死を恐れて、孤立を恐れて、この惑星の狭い地域に群れている。地球上の70%は無人だというのに、狭い世界の覇権を争って殺し合いを続けています。この何百万年もの間!どちらがバケモノでしょうか!ですから、マイスターQは地球上の環境整備のために起動されたのです!」
預言者は恍惚を浮かべながら、スポットライトを浴びていた。
ミックが大袈裟に首を横に振って見せる。
「出来の悪い台詞に頭が痛くなってくるね。人工知能は、人間からハッタリというやつも学習したらしい。おまえは一番肝心なことを知らないくせに、新しい神の番頭気取りなんだよ」
預言者が不気味な操り人形のように、顔をくるりとさせてミックを見た。
「…興味がありますね。私たちに知らないことがあると?」
「マシンはどこまで性能が良くなっても、プログラミングでしか動かない。その最大の弱点を知ってるか?」
「…なんだと言うんです?」
「キヨカ、専門家として代わりに教えてやってよ」
「いま忙しいんだけど…コンピューター・プログラムの弱点は、解決できない問題を放置できないってことだね」
「えーと、すまん。わしにも判るようにゆうてくれへん?」
「コンピューターの基礎だけど、停止問題ってのがあるんだ。計算のアルゴリズムに、ある自然数を入力したら、計算不可能になる式が存在する。つまり、計算不可能な数式ってのがあって、それを停止問題っていうんだけどさ。でも、コンピューターだから停止しないんだよ」
「滑稽至極!ならば、ピューコンタは永遠に解けぬ問いを解き続けると申すか!」―ジョーがポカンと口を開けた。
ミックが後を続ける。
「人間には、立ち止まる、あきらめる、止めるって能力がある。気がつくのが早かったり遅かったりはするけどな。戦争を止める能力もある。自分たちの世界が壊れる前にな!だけどコンピューターは、出来ない計算の解答を永遠に求め続ける。回路の寿命が尽きるまでな!」
「…どうも議論の余地がないようですね」
預言者は小型の端末機を出すと、数桁のコードを押した。
「おっさん、出前でも取る気かいな!」
「マイスターQの依頼を、みなさんはクリアされました。八代誠一が影山だと気がつき、それを殺害したのも影山自身であると。ですから仕事は終了です。みなさんには成功報酬を送金致します」
「わーい!200万ドル!嬉しいわー!…て、ゆうと思うてんのか!ドアホウ!」
「ただし、マイスターQは、みなさんを生かしておくとは申しておりません」
「なんやと!」
「未解決のときには着手金もお返し頂かなくても結構、みなさんの安全も保障します。ですが、解決した場合、成功報酬のお支払いはお約束しておりますものの、生命の安全を保障するとは一言も申しておりません」
「貴様!卑怯千万!」―ジョーが初めて怒気を剥き出しにした。
「卑怯?合意において、なにも矛盾はありません」
ミックが侮蔑の笑みを預言者に向ける。
「カッコつけるなよ。図星を突かれて、引っ込み突かずに最後は暴力で黙らせようってチンピラ対応じゃないか。マイスターQは、“人工無能”として売り出したらどうかね?」
一瞬、預言者の頬が歪んだ。
ガコン!―劇場のドアが開くと同時に場内の照明が一斉に消えて暗転した。
「みんな!舞台上に固まれ!」
デカの号令で探偵たちがステージに集合した。
キヨカがパソコンで照明パネルを起動するが反応しない。
「主電源から切られたみたいだね」
「キヨカちゃん!冷静にゆうとる場合ちゃうで!」
デカがマグライトを点灯させ場内に光線を走らせる。同時にキヨカは2台のパソコンを非常灯に5人の周囲を照らした。
ネギがジョーの背中に貼りつく。
「ネギ殿!キモイ!」
「自分、現代語知っとるやんか!えんやろ!ジョーちゃんが、いっちゃん強いねんから!」
ドン!ドン!ドン!―重たく乾いた銃声が連射した。
瞬時に身を伏せる探偵たち。
「伏せろ!」―デカが怒号を上げる。
「言われんでも伏せてまんがな!」
「パソコンを消せ!」
デカの声とほぼ同時に、キヨカがノートパソコンを畳むと場内は再び暗闇に包まれた。
ドン!ドン!ドン!ドン!
銃声が続いた。
「トカレフTT3が7発…あと1発だ」―銃声を聞いたデカが呟く。
「敵が飛び道具なら、拙者も!」
ジョーが瞬間移動の如く、舞台から客席に飛び込む。
バン!バン!―違う銃声が響いた。
「コルト・パイソン!残り4発!」
「デカ殿!手裏剣を放つ!方位を頼み申す!」―座席を盾に身を低くしたジョーが両手に鉄製の棒手裏剣をジャリン!と構えた。
ドン!
「11時方向!」
デカが声を張り上げると同時に、ジョーが無言で手裏剣を走らせる。
ヒュッ!と空気を切り裂く音と共に「ぐっ…!」と、くぐもった悲鳴が聞こえ、次いでゴツンとヘルメットの落ちる音が木霊した。
「え!ジョーちゃん?!めっさカッコええ場面になってへん?見えひんけど!」
バン!バン!バン!
「2時!」
ヒュン!!ヒュン!
ジョーが左右の手から手裏剣を放ち、黒いヘルメットの男の拳銃を打ち落とした。
「1番!どうした!」―2番の声が上がった。
黒いフルフェイス・ヘルメットの番号の男たちが、客席側から舞台に進んでいた。全員、シールドの下に暗視ゴーグルを装着している。
「腕だけだ!大丈夫だ!舞台の木箱の裏にいるやつを狙え!」
「それ、わしやんけ!」―ネギが木箱の裏側から飛び退く。
パン!パン!パン!パン!―軽めの銃声と共に銃弾がネギのコートを掠め、木箱を散らせる。
「ひゃあ!」
「0時方向!22口径!」―デカの怒号と共にジョーの手裏剣が飛ぶ。
「うわああ!」―8番の男が震え上がった。
デカはその悲鳴を逃さず、キヨカのいる方向に吐息声で伝令した。
「おい!賊はどうやら素人も混じっているぞ。誰かを盾にとって連中の陣形を崩す!キヨカ!おれの合図でパソコンを開いてくれ…!」
「了解…」
デカが暗闇の舞台で立ち上がる。
「撃ってみろ!」
数秒、鎮まった後に「8番!」と怒号が起きた。
パン!パン!!―再び軽い銃声が鳴る。
カン!―鈍い金属音。
デカが左手首を押さえながら叫んだ―「ジョー、1時方向!キヨカ、今だ!」
ジョーが客席の背もたれの上を俊足で駆け抜けると同時に、キヨカが2台のラップトップを全開にした。ディスプレイの光源が、青白い炎のように舞台と客席前方を照らす。
8番の男が構える22口径の銃を目がけてジョーが飛翔した。その瞬時にジョーは背中から木刀を抜き出した。
カチッ!カチッ!―弾切れに焦る8番。
ジョーが着地と同時に8番の肩に木刀を振り下ろす。
ゴキッ…!―派手な音を鳴らして8番の肩骨が粉砕された。
「ぐわああああ!」
ジョーが8番を捉えると、体を転回させて盾に取る。
コルト・パイソンを拾い上げた1番が8番に構える。
「うわあ!撃つな!」
バン!バン!―8番のヘルメットに向けて連射する1番の男。
ジョーが横跳びに座席の列に潜り込む。
シールドを貫通して被弾した8番が声もなく崩れ落ちる。
「外道!」
ジョーが客席の海から飛び出すと1番の眼前に躍り出て、木刀でコルト・パイソンを舞台上に跳ね上げる―「デカ殿!」
デカがステージに落下した銃をスライドしながらキャッチする。
掴んだ。
立った。
構えた。
デカの目の前にトカレフを構えた2番の男がいた。
青白い光の輪の中、デカと2番が銃口を向け合って対峙した。
「ははは…あんたも同類みてえだな。人を撃った眼をしてやがる」
「なら判るだろう…撃てば貴様も死ぬぞ」―デカが低い声で告げる。
「さて、どうしようかねえ」
デカと2番の男が銃を構えたまま静止する。
「うおおおおーっ!」
野卑な掛け声と共に、数人の男がアーミーナイフと特殊警棒を手に、キヨカへと向かった。
「キヨカ殿!」―ジョーが客席を3段跳びに駆け抜ける。だが、距離があった。
舞台端のキヨカに男たちが突進する。
と、キヨカが、自分の右足の踵をコン!と踏み鳴らした。その瞬間―キイイイイイーン!―見えない波動が場内に広がった。
「あう…?!」ナイフの男たちが足をもつれさせながら転倒する。
「くっ?!」―デカと2番も体勢を崩した。
ジョーが舞台に飛び上がると、そのまま男たちの隊列の中を駆け抜けた。
男たちが静止画像のように動きを止め…直後、全員が崩れ落ちる。ジョーに頸動脈を打たれていたのだ。
同時、デカが2番のトカレフを合気道の技で手から落とすと客席に蹴りやった。
銃は、客席に身を伏せたままのネギの目の前に落ちた。
「びっくりするわーっ!」
2番が即座にナイフを抜き、デカを素速く突いた。
ジョーが2番の側面に回り込み、木刀を構えた。
「おっと!時代劇かよ!」
「殺生は許さん!」―ジョーの声が地鳴りのように響いた。
客席に身を伏せたままのネギが目を丸くする―「え?いまのジョーちゃん?声変りしはったん?」
と、ガシャン!ガシャン!―機械音が鳴り、場内の照明が全灯した。
「…!」
暗視ゴーグルをホワイト・アウトさせた2番と他の男たちがよろける。
デカが2番のナイフを蹴り落とし、首を掴んで背中から2番を床に叩きつけた。
客席後方、狼狽えた3人の男たちが、後方のドアに逃げようするのが見えた。
「おどれら!逃げたらあかんでえ!」―ネギがトカレフを構えて男たちを威嚇した。「わしは鉄砲ど素人やさかい、どこに当たるかわかれへんでえ!」
「タイミング遅くてSorry !」
デカとジョー、キヨカが声の方を見ると、ミックが照明ブースから手を振った。
「暗くてここに上がるまで時間かかっちゃってね!キヨカのガジェットに救われたよ!」
「いや…おれが危なかったから」―と、キヨカがフードを被り直す。
「キヨカちゃんが?あ、さっきのキーン!ゆうヘンな音かいな!」
キヨカが右足の靴を上げて見せる。
「強度の高周波を発生させる装置。踵を踏むとオンになるんだ。おれ、武闘派じゃないから、護身用に作ったんだ」
「いや、助かった!」
「へへへ…なにを戦友ゴッコしてやがる。早いとこ殺せよ」―頸椎を抑え込まれながら2番が喘ぐように言った。
「貴様らを殺すわけにはいかん。殺人及び殺人未遂の現行犯で逮捕する!」
2番が奇妙な笑い声を上げた。
「げへへへへ!この国は法治国家だってか?どこまで呑気なんだよ、オッサン!」
「貴様らの雇い主は誰だ!」―殺気を孕んだデカが詰める。
「知ってんだろうが!新しい神…マイスター…」
2番が言いかけたとき、微かな電子音が聴こえた―ピピピピッ…!
「離れろ!」―キヨカが叫び、デカとジョーは反射的に2番から飛び退いた。
瞬間、ボンッ!と9つの音が同時に鳴った。
2番の男、舞台に倒れていた男たち、客席の1番とすでに死んでいた8番、そして後方の3人の黒いヘルメットから硝煙が立ち上り、続いて、どろりとした赤黒い血が流れ出た。番号の男たちは全員、絶命していた。
劇場内が静まり返る。
「…ヘルメット内部に埋め込まれた小型爆弾だ」
舞台端に退避していたキヨカが立ち上がる。
「地雷と似た構造だね。たぶん、こいつらがヘルメットを被ったときには、脱いだら起爆するようにセットされたんだ」
「…狂ってる」―デカが呟いた。
ミックが降りて来て、全員が舞台の上で合流した。
「預言者は逃亡したな」
「…こいつらもカネを送られて、来よったんやろ?どないなっとんのや、この世界」
「まったくな。けど、ここでボヤボヤしていられない。マイスターQはまだ再起動していない。だが、代理人の預言者が一般通報で警察を送り込んで来るだろう」
デカが腕時計を確認する。
「この地域の警察無線連絡では遅くとも7分以内に現着するだろう。急いで出よう。どこかに潜らないと…」
「それは根木屋財閥に任しといてや。ハイヤーで横田基地まで連れてきますよって」
「え?!まさかのコンコルドに乗れるの!」
「いや、悪いけどあれは何度も使うたら、御曹司のわしでも執事に怒られんねん。ヘリで堪忍しといてや。そこからわしのクルーザーに御招待するさかい」
探偵たちは、客席に座り続ける「影山」の死体を後に歩き出した。
外に出る間際、デカが立ち止まると場内を振り返り、合掌した。ジョーも倣って手を合わせる。
ミックとネギ、キヨカは顔を見合わせた。
「デカ、あいつら、おれらを殺そうとした敵だぜ?」
「…ミック、彼らは邪悪な病(やまい)に憑りつかれた哀れな人間だ。本物の敵ではない」
5人の探偵たちは無言で劇場を後にした。
ビルの玄関を出ると、血の色をした夕景の雲が街を覆っていた。
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