第10話 番号の男たち
「結局、6番は欠席か」―1番と呼ばれる男は、片手にした特殊警棒でコンコンと床を小突いて強度を確かめる。腰には自動拳銃を提げていた。
窓がない地下室のような無機質な部屋に、特殊部隊が着用する黒い軍服に身を包み、黒いフル・フェイスのヘルメットを被った9人の男たちがいる。
「びびったんだろ?どういう人選なんだか知らないけど、根性ねえなら最初から引き受けなければいいんだ」―2番が甲高い声で笑う。
「選ばれたときから、断れねえよ。つか、2億ももらってばっくれたら、そりゃ死んでも自業自得だよな」
「6番は死んだのか?消されたってこと?」
「マイスターQのメールに書いてあったじゃねえか。ここに集合しなかった方はこの世に存在しないということになります、ってな」
「まあな。6番は信じなかったんだろうな。こんなことが現実にあるわけねえって」
「そりゃそうだ。おれだって最初はなんの冗談かと思ったよ。でもマジに口座に2億も振り込まれてたからさ。やるしかねえって思うじゃん」
男たちは互いの顔も名も知らされておらず、自分に割り当てられた番号で呼び合っていた。
1番と2番が話している間、ほかの7人は押し黙っていた。
2番が、手にしたトカレフの弾倉を抜こうとして床に落とした。カシャンと音がして、沈黙していた7人が僅かに腰を浮かせる。
「おっと、悪い。あれ?君たちもびびってんの?えーと、あんた8番だっけ?」
「いや、びびってはねえよ」
8番と呼ばれた左から3番目の男が奇妙な裏声で答えた。
「たださ、それはゲームじゃなくて本物の銃なんだから気をつけたほうがいいって」
「あはははは!あんた、素人さんなんだ?弾倉落としても暴発しねえから安心しなって。あんた、道具持ったことねえんだな」
「道具って、拳銃のこと?本物は初めてだけど、海外旅行に行ったときに実弾は撃ってるよ」
「おいおい、動かない標的か?1番は自衛隊出身だと言ったよな。おれは若い頃は、民間の傭兵でイラクにも行ったんだ。わかる?イラク戦争」
「…ああ」
「どうやらマイスターQは、戦闘能力の順番におれたちに番号を振ったんじゃねえかな。1番から10番まで。で、おれは2番ってことだ」
「おれは1番か。光栄だな」と、自衛隊出身だという男がヘルメットの中でくぐもった声で笑った。
2番の男は、リーダーのように他の者を鼓舞した。
「ほかのみんなも、なにもびびることはねえよ。シューティング・ゲームの弾がBB弾じゃなくて本物になるってだけのことだ。まあ、撃つときの反動は違うけどね。どっちみちターゲットは武装もしてない5人だっていうんだから楽勝だよ。ひとり欠けたって、5対9だろ?1番と2番のおれで全員片づいちゃうんじゃね?」
「そうなったら、君たちが働かなかったぶんをもらってもいいよな?」―1番が腰から回転式拳銃を抜いて壁に構える。
2番が軍服の胸ポケットを確かめた。
「そうだ、みんな。マイスターQから送られて来たICカード・キーは忘れてないよな?」
それぞれの男たちが無言でカード・キーを取り出して見せる。
「あるよ。目的地のビルに接近すると、こいつの信号で自動的にドアが開くんだろ?」と、3番が答えた。
1番の元自衛隊が準備体操のように両肩を回した。
「しっかし。生きてりゃ不思議なことがあるもんだ。おれ、博奕の借金が重なって、暴力団から2000万円の追い込みかけられてたんだ」
「おいおい!バカラか?」と、2番が笑う。
「まあな。退官してから、どうも世の中に馴染めなくてね。裏カジノで憂さを晴らしてたんだけど。気がつきゃ、どうにもならない地獄でな。そこに突然、マイスターQからのヘッドハンティングだからな。ヤクザどもも面食らってたぜ。ぽんと2000万円を払ったから」
「おれもそうです」―5番の男が興奮気味に声を上げた。
「子供が中学に上がって、ボロ・アパート一間じゃどうにもならなくなって、女房には、その歳でマンションくらい買えないのかって怒鳴られる毎日で」
「あんた、いくつなの?」
2番の問いに5番は恐縮したように「43歳です」と答えた。
「仕事まで聞かねえけど、そっちも素人かよ。それでマンションどうなったわけ?」
「ええ!今回の報酬で現金で買いましたよ!女房なんか目がハートになっちゃってましてね!オンナは現金ですね!」
「おれはこの仕事が済んだら、インドネシアにでも移住して楽しくやるぜ。あっちで2億もありゃあ、一生天国さ」
2番の男は、ヘルメットの中で「きひひひ」と笑った。
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