第6話 奇妙なシナリオ
「ここまでの推理を整理してみようぜ」
ステージの上をぐるぐると歩き回りながら、ミックが言った。
「マイスターQが、八代誠一殺害の犯人だとして、まずヤツは何者なんだ?八代さんの親友だと言ったよね?それはどういう意味なんだ?そして、おれたちを集めて大がかりな犯人当てクイズを開催した目的はなんだ?」
客席にいるネギが、大学の聴講生のように手を挙げる。
「わしの考えやけど。とりあえず、Qを犯人と仮定するやんか?ほんなら、Qちゃんが、自分の親友やゆうとる八代はんを殺す理由が見えんことには、しんどいなあ」
「マイスターQが、八代誠一を親友だと説明したこと自体、信じるべきかどうか問題だが…」と、デカがコーヒーを手にキヨカの傍らに立つ。
「キヨカ君。八代誠一の交友関係のなかで、マイスターQだと思われるような人物は見当たらんかね?ネットに手がかりになる情報があれば」
「それを延々と試しているんだけどね。八代誠一は…つーか、企業としてのテック・ディメンション・アライアンス自体も極端に情報がヒットしない」
「然るに、八代殿は満天下にその名を知られる方で御仁でござらぬか?なにゆえ、八代殿の情報が掴めぬのだ」
「知名度と情報は違う」
「はて、いかが申す」
ミックが歩みを止めて舞台上で大見栄を切ってみせた。
「To be or not to be that is a question ! (生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ!)ってね。ウィリアム・シェイクスピアは知ってるだろ?」
「西洋の物書きでござろう。名であれば拙者とて存じておる」
「そういうもんだよ。シェイクスピアは、本というか戯曲、つまり演劇の台本作家で歴史的な有名人だよね。彼の書いた演劇作品は世界的に有名で、誰もが彼の名を知っている。だけど、彼自身についての詳しい情報はほとんど残されていないんだ」
「真(まこと)か?」
「シェイクスピアは実在しなかったって説まであるくらいだ。正しくは、シェイクスピアとして戯曲を書いた作者はいるけど、シェイクスピアというのはペンネームで、そういう人間は存在しなかったという可能性もあるんだと」
「ほんなら、八代誠一も実在してへん可能性はないか?」
「いや、それは考えにくいね。実際に写真も存在するわけだし、国外で名前の検索ワードに引っかかるみたいだから。パスポートはあるってことだよ。キヨカちゃん、最初に見せてもらった八代誠一の写真、もう一度出してくれないかな」
キヨカが、指定の写真をディスプレイに開いた。
「2001年―17年前の写真だね」
キヨカが写真の隣に新しいタブを開くと、どこかの国の経済紙に掲載された英文の記事が表示された。
ミックが、斜め読みしながら意訳で解説する。
「テック・ディメンション・アライアンスという企業名は、この写真が撮られた2001年に初めて登場しているようだね。日本の法人じゃなくて…待てよ、アメリカのデラウェア州で登記だって?」
「デラウェア?わしも聞いたことあんで。税金が安いやらなんやら…」
「デラウェアでは、事業を始めようとする起業家への優遇措置もいろいろあるから、ここで登記する日本の企業も多い」
「なるほど、世界の八代はんは日本から成り上がったんやのうて、最初からグローバルな感性っちゅうやつで起業しはったんやな」
「そうなると、ますます日本から情報を追うのは難しそうだ…」―デカが苦い顔をした。
「…八代誠一の交友関係を洗うよりも、この劇場関係をあたったほうがマイスターQにつながる情報は得やすいかもしれんな」
「影山はんのことかいな?」
「ああ。演劇という世界はまるで知らないんだが、劇団というからには多くの人間が出入りしているんだろ?まして影山氏は劇場支配人だ。この劇場と関係する劇団の中に、彼の動向を知っている者がいる可能性は高い。そういう町場の情報ばかりは、足で稼がないと収穫が見込めない」
「この劇場に下見に来ていた劇団ってのは?」
ミックが聞くより先に、キヨカがインターネットのキャッシュ情報をサルベージした。
「これじゃないかな…」
キヨカの開いたウェブサイトを全員が覗き込んだ。
『オープニング・アクト! 劇場・シアターセブン
劇団・七星野郎 第1回公演 見えない敵兵』
「シアターセブンて、ここやね?」
「見えない敵兵…?はて、芝居の表題にしても、マイスターQを意味するようででござるな!」
「ふむ…どうも思わせぶりだね。この芝居は予定通り公演されるのかな?」
「これはキャシュといって、削除された情報の足跡。予定されていたものが、公演中止になって、この劇団のウェブサイトは、現在、アップデートされていない」
「この奇天烈な一座の名は、なんと読む?劇団・七星野郎…ナナホシヤロウ?」
「ルビが振ってあるで。劇団・セブンスターガイ」
「ガイズ。英語で、野郎たちって意味だ」
「その劇団の所在地は?」
「この住所だと、池袋の雑居ビルだね。稽古場って書いてある」
画面を見ながらデカが手帳に住所を書き写す。
「私はここに行ってみる」
「デカさん、おれも一緒に行っていいかな」
突然のミックの申し出に、デカが一瞬の躊躇を浮かべる。
「…どうして急に?」
「いや、なにも。たださ、おれは昔から収集された資料からの情報分析ばかりで、デカさんのいう足で稼ぐって現場を知らないもんだから。せかっく、こんな機会だから勉強させてもらえないかと思ってね」
「君はシナリオ分析をするんじゃなかったのか?」
「勿論。この犯罪のシナリオは、どうも一幕目からチグハグだからね。そこに外部の情報を合わせれば、犯人の致命的なミスが見つかるような気がするんだ」
「それなら…まず最初に君の分析を聞きたい。そのうえで劇団関係者を洗うほうが無駄もなさそうだ」
「光栄だね。おれは分析官のクセが抜けなくてさ。どうも、人の言葉の細かいとこが気になるんだよ」
「たとえば?」
「またまた過去の事例で恐縮だけど。昔、日本である殺人事件があった。当時、おれはアメリカで日本の犯罪統計を調査していて、ニュース映像で見た、ある誘拐事件が気になったんだ」
一同が、ミックの話の先を待った。
「…それは、幼い女の子が行方不明になって、そのあと遺体で発見されたって悲劇。女の子の遺体が発見される前、被害者の父親がマスコミの取材に答えていたんだけどさ。おれはその時点で、父親が犯人だと確信していた」
「なぜ?」
「その父親はマスコミの取材に “警察には一刻も早く犯人を捕まえに来て欲しい”とコメントしたんだよ」
「?」
デカが眉を曇らせて呟く。
「捕まえに来て欲しい…?自分を早く捕まえに来いと言ったのか」
「正解。幼い女児を殺した犯人は、ほかでもないその子の父親だったのさ」
「犯人の無意識、罪の意識が、自分を捕まえに来いと言わせたということか?」
「ああ。おれはそのときFBIの同僚に、殺された女の子の亡霊が父親にそう言わせたんだろうって話したもんさ」
「それでミックはん、この事件では誰の言葉が気になっとん?」
「もちろん、マイスターQと支配人の影山さ。どっちも奇妙なことを言ってるんだよなあ」
「再生しようか?」と、キヨカがオーディオ・アプリを素早く立ち上げる。
「自分、録音しとったんかい?」
「基本だろ。もしかして、このへんのこと?」
キヨカが音声トラックをクリックすると、ミックたちとマイスターQの会話が再生された。
―「はい。私がみなさんに依頼した理由は、ただひとつ。それは、みなさんが、一件の未解決事件もないパーフェクトな探偵だからです。100%の成功率を誇る日本でトップ5の探偵が全員そろえば、この完全犯罪を暴いて必ず解決できるだろう、そう考えたのです」
―「おもしろくなってきたよ…」
手帳を構えていたデカが得心したように顎を上げた。
「そうか。完全犯罪を暴いて、と言ってるな」
「That’s Right. これはマイスターQからの挑戦状ってことだ」
「マイスターQが自ら完全犯罪を用意して、われわれにそれを解決させようと試しているというのか?」
「間違いないと思うよ。キヨカちゃん、倍速で先に進んでくれない?」
キヨカがトラックを操作すると、これまでの会話がキーの高い早送りで流れた。
「おっと、ここ…!」―ミックが指揮者のように指を振り下ろした。
―「影山さん。八代さんは、今朝になってここで発見された。間違いないんですね?」
―「もちろんです!先ほども申し上げたと思いますけど、昨日は劇団の下見があったんですよ。当然、私も立ち合っています。その前日も3日前も、芝居の公演はありませんでしたけどスタッフや私は出入りしています。死体があれば…いえ、たとえ死体でなくとも部外者がこんなところに座っていたら、すぐに判ることです」
「影山も奇妙なセリフを言ってるんだ。判った?」
やや考えてからネギが、あんぐりと口を開けて頷いた。
「なんで気いつけひんかったんやろ?昨日の劇団の下見、前日も3日前も芝居公演はありませんでした?あるわけないやんか!だって、影山はんは、不動産屋と、このビルを売る話をしとったんやろ?売却が先の話やとしても、実際、劇団・七星野郎の公演も中止になっとるし。ほんなら、次の劇団が下見に来るゆうのは、おかしな話や」
「然り!影山殿は、この芝居小屋を閉める手はずを進めておられた。ならば、芝居の一座が下見に来ること自体、奇妙ではござらぬか!」
「そんな単純なことを…」―そう言いかけたデカに、ミックが言葉を被せる。
「単純なことに、なぜ気がつけなかったか?それがこの芝居なんだよ。普段ならあまりにも雑なアリバイ証言だと判るものが、客席に死体が座っているという、この派手な…というより悪趣味な劇場犯罪の演出で目くらましされたんだ」
「しかし…」と、デカが食い下がる。
「私も影山のことは疑ってかかった。第一発見者だしな。それにしても、そんな子供だましのアリバイ証言をするとは思えない。下見に来た劇団は誰なんだと裏を取られたら、すぐに嘘がバレるじゃないか」
「心理戦だよ。おれたち、優秀な5人の探偵の全員が、まさかそんな単純で子供じみたアリバイ証言をするはずがないと思うこと自体を利用した心理操作だ」
「わしらの頭脳と経験が上等やから、逆に単純なはずないやろと思い込むゆうことかいな?」
「まあね。おれが気になったのはそこだけじゃない。この芝居、奇妙なシナリオというよりは、ものすげえ雑なんだよ。まるで素人。完全犯罪どころか、むしろ犯罪初心者が、思いついたアリバイ工作や死体遺棄を強引にパッケージしたように感じられるんだよね」
「じゃあ、マイスターQは、なにを目的にそんなことを?」―デカが唸る。
「そこのところが、是が非でもおれたちを集めたかった理由と重なるはずなんだけど」
「わしがコンコルド飛ばしてでもイタリアから来るやろっちゅうことまで折り込み済みで招集したワケやな?」
「いや、ちょっと待ってくれ…」
デカが頭を掻きながら、大きく首を横に振る。
「そんな程度の茶番を、こんな大金をかけてやる意味がどこにあるんだ?われわれの着手金は全員合わせて5億円だろ」
「今日の為替で6億円やけどね」
「どっちにしてもビルが建つ金額だ!それに警察を動かせるというのも、無線記録を聞いた限りでは、どうやら事実のようだ。そんなやつが、素人みたいな筋書きを完全犯罪だと吹聴して、われわれに挑戦するのか?これでは、影山のアリバイがあろうがなかろうが、マイスターQが八代誠一殺害の犯人であろうがなかろうが、どうでもいいことのようじゃないか?どうにも、それが引っかかる!」
「その通りさ」
「え?」
ミックがまた舞台上を歩き始めた。
「おれが雑だと言ったのは、いまデカさんが言った、この事件全体の不可解さと同じなんだ」
「どういう意味だ?」
「そもそも、八代さんを殺した犯人の情報を確定しろっていうマイスターQの依頼内容そのものが、ヒントだという気がするんだ」
「すまん、ミックはんのゆうてはること、わしもちょっと判らへんわ」
「マイスターQが、犯人と言っているのは、この犯罪の理由を当ててみろって意味なんじゃないかと思ってさ。犯人じゃなくて理由」
「誰が犯人でもかめへんゆうこと?なんやそれ?」
「強いて言うなら、この事件が起こった理由こそが犯人だという気がするんだ」
「だから、それは誰かという話じゃないのか!?」―デカが苛立つ。
「…デカさん、気を悪くしないで欲しんだが、あんたの留守中に、過去のことを調べさせてもらった。キヨカにCIAのデータベースにまで入って貰ってね」
「なんだと…?おれの過去だって?」
顔色を変えたデカが、ミックに次いでキヨカを鋭く睨み、キヨカは巻き添えを避けるようにフードを深く被った。
ミックは舞台を降りてデカの前に立った。
「おれ…と言ったね。そう。デカさんは、いつも無理して冷静を務めている。本当は煮えたぎるような怒りを秘めているんだけど…」
「わかったようなことを言うなよ!」
デカの叫びにも似た怒声と、険しい表情に場内が沈黙した。
「だから、気を悪くしないでくれと断った。なあ、おれたちは、謎の依頼人・マイスターQに、ばらばらに集められた。彼は、おれたちがトップ5の探偵だからなんて言ってたけど、まさか、そんな戯言信じてないよな?」
「おれのなにを調べた?」
「探偵になった理由だよ。それに、ホントは英語にも堪能なのにアメリカが嫌いなわけもね」
「…それを言うな」
「犯人が犯罪を起こした理由、この事件がなぜ起きているかの理由は、おれたちがなぜここに集められたかの理由と、おそらく同じだ」
「…」―デカが沈黙した。
「デカさん、勘違いしないでくれ。おれはあんたを理解したいんだ。あんたの悲劇を馬鹿にするはずもない」
デカは客席に座り、背広の内ポケットからくしゃくしゃになった煙草の箱を取ると、一本つまみ出して点けた。
「おいおい、火気厳禁ちゃうんけ?」
内緒で喫煙する中学生のように、ネギが誰もいない劇場内を見回した。
「報知機は切断した」―キヨカがぽつりと言う。
「…いや、そういうことやのうて」
「…調べたなら、おれから話すことなんかないだろ」
「いいや、デカさん。あんたが話すんだ。なぜなら、これはあんたがいつかは乗り越えなきゃならないトラウマだからね。おれは偉そうに言う気はない。だけど、これもアメリカでのおれの仕事の一部だったんだ」
「カウンセリングか?」
「そんなもんだね。FBIでは、凶悪事件を担当して精神的にバランスを崩す捜査官は少なくなかった。あんたを見ていて、当時の仲間を思い出したよ」
「ふふ…超能力捜査か。うらやましいよ」
「…」
「あの夜のことを誰かが予知してくれていたなら…」
デカは煙草の煙を深く吸い込み、ゆっくりと吐いた。
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