あと2年、、耐えられるかな?と笑う貴方!婚約継続ですか?

風子

第1話 うっかり立ち聞きしてしまった!

「あと2年ねえ、、あと2年も耐えられるかなあ、、ふふっ」


フィリップの独り言を聞いてしまった。また振り回される予感がする。すごく。

婚約者のアルバート様と、訪れている彼の兄上、フィリップ次期公爵をお茶に誘いに行った王女を追って客間に向かうと、ドアの前で固まった王女を発見する。どうした?顔は驚愕の表情が張り付き、ドアを叩こうとしたらしい右手は握りしめられたまま固まっている。何があった?


私は王女様をドアから引き離すと、


「お茶の準備ができました」


と、大声で中の二人を呼んだ。


「はーーい」


今日もアルバートはいい返事。うん、うん、いい子に育った。

そして、うっかり聞いてしまった。


「・・・あと2年ねえ、、あと2年耐えられるかな、、ふふっ」


と。


*****

王女はそれからというもの、挙動不審になった。


何の疑問もなく二人は結婚してこの国を担っていく予定。8年前から共同生活を送っている。王女8歳、アルバート10歳。その頃私も王女の御側付き兼侍女兼遊び友達?としてお城に上がった。実家では兄達に囲まれて、たくましく野生児のように育ったので、ついでに社交や教養の時間はお二人と机を並べている。まあ、三人で8年合宿生活みたいなものである。

この生活のゴールは2年後。お二人の結婚式。の、はず。


「はあああ」

寝台に寝転がりながら、王女は盛大にため息をついた。

「どうされました?」

「アルは変よね?最近、、、」

「はい、殿下が階段落ちしてからですかね。まあ、もともと少し変ですが。」

私は王女のミルクティーを入れながら、受け流す。

王女殿下は15歳の成人の儀を迎えられたころから、何者かに命を狙われ続けている。飲み物に毒を仕込まれる。誘拐されそうになる。新任の侍女にいきなり切りかかられる。そして、、なんと、5年も勤務していた侍女に階段から突き落とされた。

私の休暇を狙ったものだろう。殿下の着替えを待っていたアルバートが階下で受け止めなければ、もっと大けがになっていたかもしれない。

休暇中で実家に帰っていた私のところに早馬が来た頃には、アルはその侍女の実家に乗り込んでいた。

「すんごい顔だった。」

と、後でアルの兄上であるフィリップが笑いながら教えてくれた。まあ、笑いごとではないけれどね。


「婚約破棄、したいのかしら?

ホントは王配なんて、めんどうなのかな?めんどうだよねえ、、

ロリコンなのかな?最近、シャーロットとダンスの練習してるけど、すごく楽しそう。私、、育ってしまったし、、、」


なにか、、楽しそうな読み物でも読んだのかしら?

確かに、ここ1年で王女殿下はすっかり女性らしいやわらかな体つきになった。

寝間着からこぼれるような、急激に育った、柔らかそうな胸、、、丁寧にお育てしたかいがあった。自慢の王女様である。

お二人は小さい頃には、眠れない夜は一緒に寝ていたりするほどの仲良し。

階段落ちしてから、アルバートはよく働いた。指示していたであろう侍女の実家の男爵家関係者を押さえ、証拠を確保し、まさに、鬼のように働いたらしい。

やっとのことで片を付けたが、黒幕まではたどり着けなかった。大急ぎでエリザベス王女殿下のもとに帰ってきたとき、殿下は寝間着のまま私室でアルを迎えた。

「アルなら、このままでいいわ、通してちょうだい。」

それからというもの、殿下はアルの見舞いを私室で、寝間着姿で、受けた。

そこだ!と私は思う。

だんだんと、アルがおかしくなっていったのは。

・・・そわそわする、話を切り上げて帰ろうとする、、、、


「階段落ちして、転生に気が付いて、魂の番を探す旅に出たいとか?

隣国の王女と禁断の恋をして、、、駆け落ちしたいとか?」


いや、階段落ちしたのは王女殿下ですよ。

確かに、隣国のナターシャ王女のお見舞いの訪問が微妙なタイミングだった。

内通者がいるのだろう。

王女殿下とアルバートの不仲説が社交界で広がり始めたころ、しかも、まだエリザベス王女殿下がケガでダンスを踊れない時期に、満面の笑みでお見舞いに訪れた。

以前からアルバートに気があるみたいだ。

銀髪にアメジストの瞳。帝王学終了。語学堪能。社会情勢にも明るい。剣の腕前もそこそこ。しかも公爵家の次男坊。うん、優良物件だよね。ここまで育てるのは大変だから、もらえるなら欲しいんだろう。すごくわかる。

ナターシャ王女の歓迎会でダンスのお相手をしたのは、敬意を表してアルバートが務めた。まあ、しかたないよね。ところが一曲終わったところで、彼女はアルの手を離さなかった。何とかしろ!うまく断れ!と関係者一同は念を送った。

同じパートナーで2曲以上踊るのは、婚約者同士かそれに準じる者同士というルールがこの国にはある。ここで2曲踊ってしまうと、社交界の格好の餌食になるのは明白である。

その時、、、

つっと長身のアルによく似た銀髪にアメジストの瞳の青年が彼女の手を取った。

普段はまったく女性の手を取らないことで有名な公爵家嫡男フィリップが優雅に、しかも優しく微笑んで、彼女に何事かささやいている。緩やかな曲が流れだすと、ナターシャ王女と完璧なステップを踏んでいる。彼の黒地に緑の刺繍が施されたフロックコートが翻る。

舞踏会に集まっていた独身貴族令嬢達はきゃああああ!!と叫び声をあげ、、、、だれもが、彼が踊る気になったのなら、次は私が、、と目を輝かせた。

フィリップ次期侯爵殿下は、実家の領地から出てこないという、誰も見たことがないまぼろしの婚約者に義理立てし、一切の誘いを断り続けていた。見た目も、身分も十分過ぎる優良物件。狙っている令嬢はアルより多い。

その彼の初お披露目の華麗なダンスに、ほおおおおおお、、と歓声が上がっている。

何やってるの?アルバート!ちゃんとあなたが断り切れないからお兄ちゃんが出動して、かえって面倒になっているでしょ?と、アルをにらむと、彼は、薄紫に銀糸の刺繍のドレスのエリザベス王女の隣に座り、彼女の横顔に呆けている。ああ、、、


その後、フィリップから、ナターシャ王女に2曲はこの国では婚約者しか踊れないんだと説明してあげたんだ。と、報告があった。淡々としたものである。


退屈そうなエリザベス王女殿下を気遣って、アルと王女は怪我を理由に、早々に退席した。

その辺の近衛騎士よりは危機管理できるアルに護衛を任せて、この舞踏会に顔を出していた私の婚約者に会いに行く。城で働いている彼は専用の執務室を持っているので、そこに。

「ご機嫌いかがかな?婚約者殿」

彼はすました顔でそう尋ねる。執務室はいつもより少し照明を落としてある。

「王女殿下は、アルがナターシャ王女と踊られているのを見て、、、あの二人はお似合いですねえ、と。かなりへそを曲げていらっしゃるようですね。あとのことはアルに丸投げして参りました。」

「マール?どうしたの?なぜ座らないの?」

「・・・・・」

お仕着せの侍女服は婚約者がすべて手配したもの。ただの黒のドレスなのに、無駄に生地がいい。伊達メガネも指定されたもの。地味な顔つきがますます地味に見える髪型も指定。ポニーテールにシルクの紫のリボン。私はスカートを握りしめていた。

「どうしたの?」

彼は椅子から立ち上がってうつむいた私のところまで来ると、顔を覗き込んだ。

「言葉にしてくれないと解らないことのほうが多いんだよ?僕たちはそうじゃなくても一緒にいる時間が少ないんだから。ね?」

「・・・・・綺麗でしたね、、ナターシャ王女、、え、と、」

「マール!!」

いきなり満面の笑みで婚約者に抱きしめられる。眼鏡をはずされ、髪を解かれ、そのまま横抱きにされ、バルコニーに連れ出された。

まだ続いている舞踏会の音楽が漏れ聞こえている。

「僕と踊っていただけますか?」

耳元で囁かれて、この人にはかなわないなあ、と思う。くすっと笑ってしまった。

私が王女の侍女兼護衛で離れられないから、彼はいつも社交は一人で出席している。わかっていたことだ。8年も待たせている。会うたびに、言葉にしてほしい、と告げられる。わからないこともあるし、誤解もあるかも知れないから、と。

くるくると彼と踊る。小さい時から私のダンスのパートナーを努めてきた彼は耳元で囁く。

「君が一番きれいだよ、マール。僕にとって、社交は仕事なんだ。わかってくれる?」

「知ってる。」

「うん。でも、君がヤキモチを焼いてくれて、嬉しい。」

「・・・・・」

「ちょっと目を離したすきに、隣の茶髪野郎に何か言われていただろう?」

「あ、、、、不敬ですよ。チャールズ様は次期大公ですから。え、、と、お前を愛妾にしてやってもいいと、、言われましたね。聞こえないふりをしましたが。」

そう、王女陛下の後ろに控えていた私に、茶髪野郎はとんでもないことを言ってきた。王女殿下に一生懸命話しかけていたが、アルが隣国のナターシャ王女と踊っているのを見ていたので、何も聞いてもらえていないと思ったのか、いきなり私に話しかけ始めたのだ。まあ、無視したけど。

「は?あの茶髪野郎!!覚えてろ。触られたりしてないかい?マール、、」

あの人ごみの中で、よく見てたなあ、と感心する。踊りながら腰を支える手が、ぎゅっと強くなる。

そっと落とされる口づけに、この人の婚約者であることが嬉しくなる。兄たちと走り回っていたころから、君が一番きれいだ、と言ってくれた。

まあ、、、正確には元・婚約者なのだけどね。

私が8歳の時に父の古くからの友人が家族連れで、うちの領地の狩猟会に参加した。

狩猟会、と言っても、ほとんど野営の実践訓練のようなイベントで、狩って、捌いて、食べて、宴会して、そのまま野営、というサバイバルが一週間ほど続く。父の友人は何度か参加していたようだが、その時連れてきた長男坊は11歳。初めてのサバイバル生活に驚いているようだった。休暇を取って参加していた兄たちも、父の友人の息子を、弟のようにかわいがっていた。私も慣れたもので、獲物を狩り、捌き、火をおこし丸焼きにして美味しくいただいた。初日は何も狩れなかったこの男の子に、山鳥を半分あげた。大人たちが酒を飲んで盛り上がっているので、私はこの子と一つ毛布にくるまって眠った。きれいな男の子だった。

翌日にはこつを掴んだらしく、男の子はウサギを3羽も取った。その翌日には狐、、、負けず嫌いな子みたいだ。

ウサギも狐も、皮をはいで毛皮を取る。食べれる肉は食べる。最初は吐きそうになっていた男の子も、数をこなしていくうちに慣れてきたようだ。最初はプライド高そうな子だと思っていたけど、年下に教えを乞うことを厭わない、、、

「君は小さいのに、、、僕の弟と同じ年なのに、なんでもできるんだね?馬に乗るのもとても上手だ。」

「・・・ありがとう。」

都会育ちであろうお坊ちゃまにしては、貴方もなかなかすごいですよ!とは、口に出さないで置いた。

私たちは一つの毛布にくるまりながら、いろいろな話をした。

星が降ってくるように美しい、真っ暗な夜も、星明りに映るその子の長いまつげも、なにもかも美しく、お腹の底がほっと温かかった。兄たちとは年が離れていた末っ子の私は、年の近いこの男の子との日々が楽しかった。

吐く息が白く凍るような朝も、お日様が昇ってくるのを一緒に眺めた。見慣れた風景が、なにもかもきらめいて見えた。

「また来てくれる?」

「うん、また遊びに来るよ。マールも王都に来る機会があったら僕のところによってね。弟にも紹介したいし。手紙書くよ。」

「うん」

狩猟最終日は、野営撤収と、館に帰っての晩さん会になる。

館に着くと男の子は兄たちに風呂に連れていかれた。私も一緒に行きたかったが、母上につかまってしまった。あまりの汚さに呆れられながら、ごしごし洗われてしまった。それから、、、、


「で、ね、、聞いてる?マーガレット?」

「・・・あ、はい」

「アルがね、実家に帰るのですって。」

「婚姻の準備のためでございましょう?1年早まったので、忙しくなりますね」


王女殿下はミルクティーを一口飲むと、長い長い溜息をついた。


*****


王女の自室の重いカーテンを開ける。今日もいいお天気。春先の淡い朝日が降り注いでいる。

王女はまだ眠っていらっしゃるが、頬に涙の跡が残っている。ホントにこの人はアルが好きなんだなあ。無自覚みたいだけど。

アルは毎日執務があるので自分のタウンハウスから登城する。ランチだって、時間が合えば一緒にとれる。

以前のように、机を並べての授業はないが、、、なにせ、必要な課程は二人共一通り終了してしまったから。

それでも、8年も朝から晩までほぼ一緒に過ごしていた相手が、自分との婚姻の準備とはいえ、それが1年の期限付きといえ、離れて過ごすというのが、さみしいのだろうなあ。かと言って、寂しいからいやだ、とか、あなたと離れたくない、とか、、、お立場的に口には出せないだろうしね。私はどうかなあ。


「政略結婚て、、大変よねえ、、アルは婚約破棄したいのに、言いだせないのかな?」


顔を洗い終わった王女殿下がつぶやく。


「王命、、、、ですからね。というか、婚約破棄前提はおかしいですよ?」


「私、だって、アルから、好きだとか、、あ、愛してるとか、、、言ってもらったことがないもの。」


んんん?アルバート、何やってるの?言ってないの?まあ、見てればぞっこんに惚れてるのはわかりやすいほどわかるけど、、、一度も?


「マーガレットはいいなあ、愛されてんでしょ?婚約者に」


私の婚約者は、私のことを婚約者殿、と呼ぶが、正確には、元婚約者。

王命で、婚約破棄ならぬ、婚約解消になったので、国の正式書類には二人共婚約者名の記載はない。8歳からの2年間だけの婚約者だった。


*****

皇太后陛下の離宮での例年の舞踏会が近いある日、アルバートから都合があって王女殿下のエスコートが出来ない旨の手紙が届く。毎日登城しているのに、手紙?まあ、きちんとした謝罪が書かれているので、反論もしにくい。

これはまた社交界に新たな話題を振りまきそうである。

王女殿下とアルバートの不仲説は、社交界でかなり盛り上がっているようだ。

立場が立場だけあって、王配候補に名乗りを上げる者はまだいないが、水面下での動きがきな臭くなっているようだ。アルのところには、何をどう思ったのか、ぼちぼち見合い写真が届いているらしい。


アルからの手紙が届いてからというもの、王女殿下は干物のように伸びている。

今日も寝台に寝転がり、うだうだしている。

私は初夏の舞踏会にあわせて、彼女のドレスを見繕っている。薄い紫に銀糸の刺繍が王女のお気に入りである。無自覚なんだろうけど、アルの瞳の色。

何を思ってか、、、王弟の御子息であるチャールズ様から、お誘いと、なんと!自分の髪と瞳の色の、、、茶色のドレスが送られてきた。

茶色、、、いや、差し色とかにしようよ。茶色のドレスって、、、どんだけ前のめりなんだ??箱のふたをそっと閉めて、クローゼットの奥に押し込む。


「ご返事していいのですか?」

「いーーーんじゃない?なんだって」


干物姫は顔も上げずに返事を返す。


*****

王女殿下の従兄弟にあたるチャールズ様が定刻に迎えに来ると、薄紫のドレスを翻して王女殿下が馬車に乗り込む。私と、近衛騎士が一人一緒に乗り込む。フィリップが連れてきた騎士で、腕は確かだ、と。帽子を目深にかぶって、顔は見えない。いい筋肉のつき方をしている。

チャールズ様が何を話しかけても上の空の王女殿下は。はあ、とかへえ、とか、、

馬車の中はチャールズ様の前のめりの熱気しかない。まあ、今日の王女殿下は特別綺麗に仕上げたからね。気持ちはわかるよ。


舞踏会が盛り上がってきたころ、チャールズ様にエスコートされた王女殿下から目を離さないよう控えていたが、すすめられたのか、やけ酒なのか、殿下はお酒が進むようだった。まあ、酒に弱いわけではないので様子を見ていたが、隣のチャールズ様は顔を赤らめて、うっとりと殿下を見つめている。

「ちっ」

隣に控える近衛が何度目かの舌打ちをしたが、聞こえないふり。

その時、屋外でドドーンっと大きな破裂音がした。同時に私は王女殿下のもとに走りだすが、会場は騒然、照明も暗くなっている。きゃああと大声を出して逃げ惑うご婦人とぶつかってしまい、見失ってしまった。庭園にでたか?テラスか?視界の端に近衛が走っていくのを確認し、後を追う。パーーーン、と花火が開き、サプライズの花火だったことがわかり、今度は窓際に人が押し寄せて走りずらい。

近衛は人ごみに逆らって走っていく。

王族に割りあてられた休憩室に向かっているようだ。嫌な予感しかしない。途中でフィリップ様が合流した。ニヤリと楽し気な笑みを浮かべているので、ちょっとむかつく。全力疾走しずらい長いスカート越しに、太ももに仕込んだ短剣を確認する。


ドアの前で先ほどの近衛が

「失礼します」

という丁寧な言葉とは裏腹に、足蹴りをかましている。中々開かないのに業を煮やして、体当たりを始めたところだった。皇太后の離宮だけど、、、いや、容赦なくていいな。


「この野郎!!」


ドアをブチ破ったところに到着した。

そこで私たちが見たのは、、、

股間を押さえ、青ざめて震える茶髪野郎、チャールズ様の姿だった。王女殿下の護身術の腕前を知らなかったのね、、、、

王女陛下は緊張のあまり、構えの格好のまま固まっており、それを近衛が回収すると


「きゃああああ!!早く!誰かあああ!!王女陛下がチャールズ様にいいいいい!!」


と、わざとらしく警備騎士に聞こえるよう大声を張り上げる。うん。完璧。わらわらと警備騎士が集まってきたころには、フィリップ様によって、チャールズ様は後ろ手に縛られていた。背中に踏みつけた跡が見えたので、ちらりとフィリップ様をみると、眼があった彼は口角を上げた。笑ってるよこの人。


「ようやく片付いた。長かったね。」


チャールズ様は現行犯だ。言い訳はできない。国王陛下も駆けつけている。


*****

エリザベス王女殿下は近衛がお姫様抱っこしたまま、王城に帰ったらしい。

慌てふためく近衛は、きれいな銀髪だった。


王女殿下はこの時のことを、後ほど話してくれた。


近衛はアルバートだったこと。知ってる。

アルバートがずっと泣いていたこと。なだめるのに、ずっと頭を撫でたこと。

お姫様抱っこされて城の自室まで連れていかれ、アルバートに怪我の確認をされがてら、風呂に入れられたこと。それは知らなかった。

「ぼ、、僕はあなたがあんな男に触られるくらいなら、我慢せずに、貴方に、、、」

と、キスの雨が降ったとか。

初めて、好きだ、愛してる、の言葉を百回ぐらい聞いたとか、、、、

その先のこともあったようだが、まあ、それはプライバシー保護ってことで。


*****

事件の事後処理の終わったフィリップ様に呼び出されたのは、半月が過ぎたころ。


「やっと終わったよ、、、ほんと、長かったあ」

「あなたは弟思いなのね、アルのために、裏で段取りしたのでしょ?」

「え?、、、、マール、全て君のためだよ?君を取り返すために、僕は8年もかかってしまったんだ。長かったね、、、」


そう言うとフィルは私の左手の薬指にガーネットの指輪をはめて、抱きしめた。

彼の濃い紫の瞳が愛おしそうに細められる。

何万回目かの「愛している」の言葉を耳元で聞く。

*****


小さい頃2年間だけ婚約者だった。楽しい2年間だった。宝物のような。

公爵家はアルバートが王配候補になり、その兄が辺境伯との繋がりを持ったままでは、力を持ちすぎ、国内の力関係のバランスが悪いのだ、と、国王陛下に婚約を解消されてしまった。

私は10歳で王女殿下の侍女兼護衛で城に召され、フィリップはそれからもずっと私に寄り添って、「愛している」とささやき続けてくれた。「きっと取り戻す」と、、

当時13歳だった彼は、スキップして帝国学園を15歳で卒業し、宰相補佐まで登った。その間も、私のダンスの練習には必ずパートナーとして、私の騎士団の朝練にも顔を出してくれた。騎士団長になっていた私の次兄は、いつも切なそうな顔で私たちを見ていた。フィルをかわいがっていたからね。

社交界で、婚約者が田舎に引きこもっていて、と、誰のことも相手にしない彼のことを、公爵家も、家の両親も、国王陛下も、腫物を触るように困った顔で眺めた。まあ、実際、困っていたんだろう。公爵家の嫡男が見合いもせず、社交で誰とも踊らず、、、公式書類に名前のない婚約者に義理立てしているのだから。


私は、田舎者だったから、王城に上がってから驚きの連続だった。

2つ下の王女殿下はもちろん可愛らしく、聡明で、当時8歳だったが、小さい淑女、だった。見るものがすべてキラキラし、圧倒された。

フィルは弟の様子を見に来ては、私に話しかけてくれた。

私は公の場では王女陛下の後ろにひかえていたが、彼は、フィルは、、いつもきれいな御令嬢方に囲まれていた。時にはその親御さんにまで。

綺麗なピンクや赤やきらきらしたドレスに彩られた御令嬢方。そしてなんの見劣りもしないフィル。

何年たっても、きっと君を取り戻す、と、彼は言ったが、もっと上質なものがこんなにもあふれている。

愛している、と、彼は言ったが、学んでいくとともに、個人の感情など、貴族の結婚には関係がないのだ、と理解する。たかが子供のころの約束。2年間の婚約者。私はその頃、もう16歳になっていた。

私はいつも思っていた。

いつか、、、フィルも気が付く。

私には、何もないのだ。


いつのころからか、フィルと目を合わせられなくなった。泣きそうだった。

朝練の時間をずらしたり、アルとお茶に来ると席を外したり、ダンスの練習も足を痛めたので、と、断った。

誰か、恋人でも作ろうかな、というと、王女殿下は自分の事のようにはしゃいでくれたが、アルバートは泣きそうな顔をしていた。

「ね?アルバート様もそう思うでしょ?フィリップ様にはふさわしい方がいらっしゃるわ。もう、昔のことを義理立てしていただかなくても、、、」

アルと二人きりの時、笑って話してみた。上手に笑えてるかな。

「・・・兄上は、、笑わない子供でした。小さい頃に兄上の母親が病気で亡くなり、僕の母が後添えに入り、僕がうまれました。公爵家嫡男として厳しく育てられたこともあるでしょうが、なんでもたんたんとこなす優秀な子供でした。感情が無い、誰にも甘えない、そんな感じ。あなたに会ってから、兄上は笑うようになりました。あなたからの手紙を見ているときなど、こちらがくすぐったくなるようないい笑顔でした。母とも話すようになりました。僕もうれしかったのを覚えています。いつか、僕の婚約者殿を紹介してあげるけど、惚れちゃだめだよ、って笑っていました。

僕がエリザベス王女殿下の王配候補になったので、兄上とあなたの婚約が解消されたことを聞いたとき、母も父も、、もちろん僕も兄上が元に戻ってしまうのではないかと心配しました。でも、、王命でしたから、、、」

アルはぽろぽろと涙をこぼした。フィルより少し淡い優しい紫の瞳。

「僕はエリーを愛しています。もう、譲れません。すみません。

でも、兄上はあなたのことを国王陛下から取り戻すため、いろいろと努力しています。ホントに、、、でも、兄上は笑うんです。もちろん他の目があるところではあなたのことを婚約者だとは言えないのですけど、僕には笑って言うんですよ、僕の婚約者殿は今日はどうだった?今日も綺麗だったでしょ?惚れちゃだめだよ、って。

王配の教育を受けている弟までけん制している、ばかな兄なんです。

あなたが、、、本当に他に好きな人が出来たのなら、、、ホントなら仕方ありません。でも、、、あなたがあきらめてしまうのを見るのは、僕も、、、つらいです。」

「・・・・」

「それに、あなたも気が付いていらっしゃると思うのですが、実は兄とあなたの婚約、結婚はそんなに難しいものでもないんです。国王陛下も、あなたとの婚約を禁じたわけではなく、辺境伯の御令嬢、との婚約を禁じたので。

すぐに母は動きました。実家のおばあさまに相談し、すぐにでもあなたを養女にとる手続きを始めようとしました。そう、養女に出して身元を改めての婚約は可能だったので。

兄上は感謝しながらも、やんわりと断りました。

マールの育った環境ごと愛しているのだ、と。

マールから、森や山々や、家族を取り上げずに、彼女をそのまま取り返すのだ、と。養女に入ってしまうと、その、、ご実家が変わってしまいますからね。」

「・・・・」

「それでも、、、長すぎたのかもしれません。あなたが、、、疲れてしまうくらいには。」

そこまで話すとアルは鼻水をすすりながら、今晩は僕がエリーに付き添っているから、兄と一度ゆっくりよく話してほしい、と。


アルと別れた後、自室で侍女服から普段使いのワンピースに着替える。あまり、着る機会がないが、フィルがシーズンごとに贈ってくれる。薄い緑に紫の花の刺繍。私のお気に入り。薄く口紅を塗る。


彼の執務室をノックすると、すぐに許可が出た。

彼は書類にうずもれて、黙々と仕事をしていた。

顔も上げずに書類に向き合っている彼を、しばらくの間眺めていた。


書類の合間に目を上げたフィルが、驚いた顔で思わず立ち上がるが、席に戻る。

「・・・マーガレット嬢でしたか、、何か、急ぎの報告でも?

あなたのことは、、王女殿下にお伺いしました。

その、、、ことでしょうか?」

敬語を使ってくるフィルに距離を感じる。自分で避けていたのにね。自分のしたことに、愕然とする。私は彼のことをちゃんと見ていただろうか。頑張って、フィルの横に立てるように努力してきた。教養も領地経営も社交も、、、でも、なんて頭でっかちだったんだろう。つまらない焼きもちで、、この人を傷つけてしまった。

いつも言っていたのに。僕たちは一緒にいられない分、なんでも言葉にしようね、って。

スカートを握りしめて我慢していた涙が落ちてしまったら、止まらなくなってしまった。

「・・・認めたくはありませんが、、、貴方に好きな人が出来たのは、さすがに想定外でした。謝罪にいらしてくれたのなら、、、もういいのでお引き取り下さい。」

そう言うと、ため息をついて、フィルは書類に戻る。


「私の好きな人は、、もてるんです。いやになるほど、もてるんです。」

「・・・・・」

「先日のパーティーでも、金髪の御令嬢に腕を取られていました。その前は栗毛色のお嬢さんにダンスをねだられていました。桃色の髪の御令嬢とバルコニーに出ていきました。その子のお父様もご一緒でした。戻ってきたと思ったら、妖艶な年上の女性に口説かれていました。そのあとは社交界デビューの女の子とシャンパンを飲んでいました。そのあとは、、、、」

涙が止まらない。いけない。謝りに来たのに。本音があふれてしまう。

「私だけを見てほしいの、ずっと好きだったの、わがままだとわかってるの、社交はあなたの仕事だと。わかってるの、、、でも、、気持ちが追い付かないの。

だって、みんなきれいなんだもの!!

ダンスだって一生懸命練習したけど、みんなもっと上手なんだもの!!

あなたと噂になった御令嬢はほんとにあなたにお似合いなんだもの!!」


隠してきた気持ちを吐き出したら、止まらなくなってしまった。こういうの、醜いよね?呆れられるよね?


「好きな人、います。もう何年も。フィルがずーっと好き。自分の領地にいる頃は、あなたの周りにこんなにもきれいな人がいっぱいいるなんて、知らなかったんだもの!!

わああああああーーーーん」


私は立ったまま、王都に来てからの6年間分泣いた。

王女殿下は可愛らしかったし、アルバートもいい子だった。みんな優しかった。

何なら、騎士団に行けば次兄もいる。

学ぶことも楽しかった。知らないことは沢山あった。

でも、一番うれしかったのは、フィルに会えること。

フィルがみんなにほめたたえられるのは、誇らしかった。

私のフィル。

ただ、、16歳にもなると、いろいろと見えてくる風景も違ってくる。

貴族同士の結婚に、個人の感情などいらないことも多々あること、とか。

宰相補佐の優秀な公爵令息には、びっくりするほど多くの縁談があること、、、とか、、、

いつか、この仕事が終わったら、またフィルと領地で狩りに行きたいとか、そんなささやかな、子供じみた希望が、どんどん遠ざかっていくような気がした。

アルに、あの話をきくまでは。


わああああああーーーーん


子どものように大泣きした。いつまでもいつまでも涙が出た。

フィルは泣き止むまでずっと抱きしめていてくれた。

フィルの匂いは落ち着く。一つ毛布にくるまって、朝日が昇るのを二人で眺めた。

もう、何年も前のことだ。私にとっては、大事なきらきらした宝物だ。

「ごめんね、フィル」

「ん」

「怒った?」

「ん、、、相手の男を殺しちゃうかもしれないと思った。」

そういうと、あふれた涙をそっと拭いてくれた。

「君が一番きれいだよ、マール。何万回言ったら信じてくれる?」


私たちはそれから、二人の未来のことについて夜通し話した。

私の仕事が終わったら、領地に帰って狩りに行こう。避暑には小さな湖の近くの別荘に出掛けよう。そうしてまた、二人で朝日が昇るのを眺めよう。

二人でキスして、ソファーで少し眠った。


それから、二人で会うのは、彼の執務室になった。王女付きの侍女の報告会。

私たちはいろいろとつまらない話もしたし、ケンカもしたし、もちろん、業務上の打ち合わせもした。そんな時は王女殿下はアルに任せてきた。

*****


言葉って大事だ。彼は何でも言葉にして伝えようとしてくれた。


あの、大泣き事件から2年。

エリザベス王女殿下の危機は回避できた。黒幕も一掃でき、国王陛下が望んだとおりの結末。王弟は地方に蟄居、後妻とその息子、後妻の実家の侯爵は処刑。領地は没収。速やかな事件の解決と、王女殿下の貞操の危機の回避を認められ、フィリップ次期侯爵は褒賞を受けることになった。


「ああ、何でも望むものを」


「ありがたき幸せ。

では、辺境伯令嬢、マーガレット嬢との婚姻の承認を。」


苦笑いする国王陛下にその場で婚姻承認証明書にサインを頂いてきたらしい。


祝賀会で私は初めてフィリップのパートナーとして参加した。

誰もが、彼の幻の婚約者に興味津々なのが、会場の雰囲気から伝わってくる。

王女陛下と色が被らないように、光沢のある白地に濃い紫の刺繍のドレスにアメジストのイヤリングとネックレス。黒髪はハーフアップにして、髪飾りも銀とアメジスト。ロンググローブの左手には婚約指輪。

「僕と踊っていただけますか?」

と、フィルがふざけるので、少し笑ってしまった。

私たちはくるくると踊った。何曲も。

「君が一番きれいだよ。愛している。」

やわらかな微笑みで、耳元で何度もささやかれて、顔が赤くなってしまう。

いつものバルコニーでの二人のダンスのように、お互いの瞳にお互いが映る。


アルバートは嬉しそうに笑っている。隣の王女殿下は、あの方、うちのマーガレットに似てますわねえ、、と呟いていた。































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