第38話 二人の決意


★シアン・イルアス



 キィから『小窓』の死守を言い渡された、次の日の朝。


 二人用の小さなテントの中、寝袋に包まっていたシアンは目を覚ました。テントの外で、人が動いている気配を感じたからだ。


『幼女ハーレムだぁ……』とか寝言を漏らしているシャルマを尻目に、テントを出る。


 ユキアが、折りたたみ椅子に座って火を起こしていた。


「ようユキア、早いな」


「おはようシアン。昨日は夕食を手伝えなかったから、朝食の準備ぐらいはしておこうと思ってね」


 ユキアは滑らかな手つきで枝を投入して、火を大きくしていく。四年間一人旅をしていただけあって、慣れている。


「君は、昨夜はよく眠れたか? その、リウが夢に出たりは……」


「昨日ムクドリにも言ったけど、その心配はなさそうだよ。若干蒸し暑かったから、ちょっと寝苦しかったぐらいだ」


 汗で肌に張り付いた服を引っ張り、空気を入れる。寝袋に入ると暑いが、出ると寒い、温度調節が難しい時期だった。


「水浴びにする? ご飯にする? それとも……ご・は・ん?」


「二択じゃねえか。なんで飯だけ二回訊いたんだよ」


 ユキア節が戻ってきたようだ。呆れつつも安心する。


 軽くストレッチをして身体を伸ばし、ユキアの向かい側に座る。


「……そういや、さ。リウは、お前以外の人型ストレイ……『掃滅偶人カームドゥーム』だっけ? のことを、知ってる風だったんだよな」


 ふと思い出した疑問点を口にする。


 元々、ユキアがリウとの戦いに加わったのは、リウが知っているらしき人型ストレイについて問いただすためだった。だが肝心のリウは、聞き出す前に自害してしまった。


 積まれた枝をぽきぽき折って火にくべつつ、ユキアは頷く。


「『掃滅偶人カームドゥーム』は、三千年前に『魅魁みかいの民』が作ったものだ。一つ作れるのなら、他にも作られていてもおかしくない。そしてそれを今の『民』が所有しているというのもあり得る話だ」


「確かに……オレはエクリプスでは見覚えねえけど、涅槃ネハンのいる城の中にいるのかもな。城に入れるのは『小窓』持ちだけだし、リウが知ってたのも辻褄が合う」


 エクリプスにそびえ立つ、涅槃の住む城。中で常駐している涅槃が、ユキアと同じような人型ストレイを管理している。


 かつてのユキアと同じように、感情がない状態で命令に従っているのだろうか。それとも、今のユキアのように意思を持っているが囚われているのだろうか。


 わからない。だができることなら、ユキアと同じく解放してやりたい。


 気を引き締めるシアンとは対照的に、ユキアは朗らかに鼻を鳴らした。


「ま、どの道エクリプスには行くんだ。その時に確認すればいいさ」


「……意外と余裕だな。元々はお前の旅の主目的だろ?」


 ユキアは、自分以外の人型ストレイを探すために旅をしていた。シアンと出会ってから様々な目的が追加されはしたが、自分の同類を見つけたいという思いはなくなっていないはずだ。


「もちろん、気になるし会ってみたいよ。でも今は、以前ほど孤独を感じていないんだ。君がいるからね」


「……、」


 ストレートな言葉に、むず痒さを覚える。


 ユキアは、自分と似た立場であるシアンに親近感を抱いていると言っていた。それ故にシアンと共にあることで、孤独感が軽減する……そういうことなのだろうが。


「会ったことのない同類より、既に相棒として絆を深めた君の方が、ボクの中では重要だ。だから今は、割と心に余裕がある。『民』との戦いに集中できるくらいにはね」


「……そっか。なら、いいや」


 照れ臭さを誤魔化すように、立ち上がる。ユキアの言葉は、時に直截すぎる。


「水浴びしてくる。寝てる間にだいぶ汗かいちゃったしな」


「ああ。ボクは嗅覚が鋭い分きつかったからそうしてくれると助かる」


「……え、マジで? そういうの、次からは真面目な話する前に言ってくんない?」


 色々台無しに思いながらも、森を流れる川へと足を運んだ。





 その後、水浴びを終えたシアンは、遅れて起きてきたシャルマやムクドリも交えて四人で朝食にした。


 他愛のない会話をしながら鉄板で焼いたパンを平らげ、その後は出発の準備をした。


 火の始末をし、テントを片付ける。最新式のテントはかなり小型になるまで折りたためるので、持ち歩くのも簡単だ。


「……改めて、みんなに謝っとく」


 一通りの準備が整ったところで、シアンは口を開いた。


「オレは、敵の力を見誤ってた。リウも涅槃も、オレとここまで能力差が開いてるとは思ってなかった。昨日は運よく全員生き残れたけど、誰が死んでもおかしくなかったと思う」


「いいですよ、今更。敵の戦力を見積もれていなかったのは僕達だって同じですし」


 旅用の巨大なバッグに背を預けて座り込むシャルマが答える。


「シアンさんはシアンさんでできることを最大限やってくれましたし、その結果の勝利でしょう。謝ることなんてないですよ」


「そうね。私達だって、自分達の目的のために命懸けて戦ってるのよ。その責任を勝手に自分のものにされちゃたまらないわ」


 シャルマ以上に大きなバッグに物を詰め込み終わったムクドリも続く。『風束しづか』の筋力強化があるので、幼い矮躯でも大荷物を運べるのだ。


「……ああ、そうだったな。でも、もう一回訊いておきたくてな」


 笑みを消し、仲間達全員を見回す。


「オレ達の敵は強大だ。オレなんかが太刀打ちできないような化け物だ。だけど、キィとその協力者達のお陰で、涅槃を殺すってのも現実的な話になってきた」


「……、」


 ユキアも、作業の手を止めて聞いている。


「まだ、楽観はできねえ。ルナビオンに着くまでに、『小窓』を取り返されたら終わりだ。『民』に見つからねえようにする必要があるし、仮に見つかったら死なずに逃げるか、その場で倒すことになる。また、死にそうな目に遭うかもしれねえ」


 三人の顔を見据え、最後の問いを紡ぐ。


「でもお前らは、進むんだよな?」


「当然でしょ」


「言うまでもありません」


「とうに決まっていることだ」


 返答は、全て短かった。そして、明確な意思が込められていた。


 これは、シアンなりのある種の儀式のようなものだった。


 リウとの死闘を経て、身を引こうと考える者に選択肢を与える……そんな意図は、なかった。


 全員、決意が揺らがないことはわかっていた。その上で、言葉にしておきたかったのだ。


 これから共に戦う、仲間として。


「オレも……お前らを死なせねえ。お前らが悪夢に出てくるなんて、想像もしたくねえからな」


 危険な戦いだが、皆の力は絶対に必要だし、もしシアンが止めても誰も止まらない。


 だから、絶対に守る。誰も死なせないまま、この戦いを終える。


「オレ達は全員で生きて、凱旋するんだ。……頑張ろうぜ」


 返ってくるのは、力強い同意。


 彼らの存在を、仲間を得たという事実を、実感する。


 たった一人で無謀な戦いに挑んでいたシアンは、もう、一人ではない。


 シャルマ。ムクドリ。そして――ユキアがいる。


 孤独が溶かされる感覚を覚えながら、シアンは一層、決意を強めた。





★ユキア・シャーレイ



 四人で、森を歩く。


 目指すは、更に北西にある町。まず徒歩でそこまで行ってから、カバ車でよりルナビオンに近い町へと進む。


 ストレイであるユキアは、誰よりも大きな荷物を背負っていた。人間よりも遥かに頑丈で強靭な身体は、大した疲労も覚えない。


 ただ、他人からは「細身の女性に無理やり大荷物を持たせている」と取られかねない。町に着いたら、外聞を気にしたシアンが荷物の交換を申し出てくるだろう。……それを敢えて断ってからかうのも面白そうだ。


 湧き上がるいたずら心にこっそり笑みを浮かべながら、シアンの方を盗み見る。


「…………」


 昨日の戦いを思い出す。


 リウに心臓を貫かれ、蘇生の力が消費され続けた。あのままムクドリの助けが入らなければ、その後リウに勝つことができなければ、あの場でシアンは死亡していた。


 もし彼が死んでいたらと思うと、孤独感が再び背筋を這いあがってくる。


 ――そんなのは、嫌だ。


 ユキアは十年前に目覚めてから、ずっと孤独を感じていた。人間と接していても、自分との違いを常に意識してしまっていた。自分がこの世に独りだという寂しさが、常に付きまとっていた。


 エクリプスに、ユキア以外の人型ストレイがいることは予測がついている。だが詳しい状況はわからないし、仮に会えても同類として共に生きられるとは限らない。


 現状、ユキアの孤独を最も打ち消してくれるのは、シアンだ。彼が死んだら、また寂しさに覆われた世界に逆戻りしてしまう。ひょっとしたら、永遠に。


「お前らを死なせねえ」と、シアンは言った。


 ――ボクもだ。


 シアンは、過去に絶望するユキアを立ち直らせ、前を向かせてくれた。それまでにも、何度もユキアを助けてくれた。


 一方的に借りを作ったままではいたくない。相棒として、自分も彼の助けになりたい。


 ――ボクも、君を守るよ。


 口内で呟き、ユキアもまた、決意を湛えて拳を握った。

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