第35話 ストレイの真実


★シアン・イルアス



「……君の言う通り、『スパイク・スパイン』に貫かれて死の淵を彷徨っている時、ボクの記憶の一部が蘇ったんだ。真っ先に思い出せたのは、ボクが『魅魁みかいの民』の戦闘あそび相手として、傷だらけで戦わされていた瞬間だった」


「……、」


 シアンの表情が、険しくなる。


 ――『魅魁の民』……ユキアも、あいつらと関わりがあったのか。


 確かに、リウが人型ストレイのことを知っていた時点で予想は可能だった。だが遊び相手として戦わされていたとは、どういうことか。


「記憶の中のボクは……今のように人らしい感情は全くなく、ただ人間の命令に従うだけの機械みたいだった。命じられる内容はどれも、『目の前の人と戦え』というものだ。時には、戦闘の末に対象を殺すこともあった」


「っ……」


 ……ユキアも、人を、殺したことがあった。


 彼女にはその罪を背負ってほしくないと、そう思っていた。だがこの願望は、遥か以前に潰えていたのだ。


「ボクの主な役割は、『魅魁の民』の闘争本能を満たしたり戦闘技術を試したりするために、彼らの相手をすることだった。『民』達はストレイの剣や槍で、容赦なくボクを痛めつけたよ。文句の一つすら言わないから、良い練習相手だっただろうな」


「…………」


「ストレイの刃物でもない限り、ボクの身体に傷は付かない。だからこの十年間、怪我をすることなんてほとんどなかったんだ。でもさっき久しぶりに重傷を負ったことで、極限状態も相まって、ボクの記憶が呼び覚まされたようだ。かつての『民』達はボクのことを『戦人形いくさにんぎょう』って呼んでたから、リウにそう呼ばれたのも思い出すきっかけになったのかもね」


 とつとつと、ユキアは話す。深紅の瞳は、どこにも焦点が合わないまま微かに震えている。今も、当時の情景が思い出されているようだ。


「人を殺したことがあるっていうのは、予想していなかったわけじゃないよ。ストレイはそもそも、戦闘に使われるものが多い。戦闘に特化したボクの身体も、人を殺すためのものなんじゃないかって、何度も考えたことがある。……その上で、ずっと目を逸らしてたんだ」


「……。その、『民』の人形として戦わされてた記憶ってのは、いつのものなんだ? リウは『三千年前』だとかぬかしてたけど、でもそんなの、あり得ないだろ?」


 今から二百年前、神の使いであるエンディとセレネが地上に現れた。彼らが愛し合って生まれたのが、今の人類だ。三千年も昔、ルサウェイ大陸に人間などいるはずがない。


『魅魁の民』は百年以上昔からエクリプスにいると聞く。ユキアが『民』に使われていたのは、精々数十年前かそこらだろう。そうなるとユキアも、エクリプスにいたことがあるのだろうか。


 だが、ユキアはかぶりを振った。


「いや……リウの言葉は、正しいよ。三千年前、確かにこの大陸には人間が住んでいたんだ。彼らは今の人間よりも、遥かに優れた技術力を有していた。今大陸で見つかっている『ストレイ』は、その時代に作られた道具なんだ」


「え……?」


 ストレイ。今の科学では決して作れず解析も難しい、超常現象を引き起こす道具。

かつて神の手にあり、現世に迷い込んできたとされる道具。


 それを作ったのは、遥か昔に大陸に住んでいた人間達だと……そう言ったのか。


「シアン……君は『民』の中でも下の序列だったから、知らされていなかったんだな」


「……?」




「神様なんて、どこにも存在しない。ストレイとは、三千年前にこの大陸を支配していた『魅魁の民』が作り出した道具のことなんだ」




「……………………は?」


 間違いなく。

 この時、シアンの思考は、たっぷり十秒間、停止していた。


「…………な……何、言ってんだよ。『魅魁の民』は、百何十年か前に涅槃ネハンが率いてた賊から始まった。オレはずっと、そう聞かされてた。三千年も前に、いるわけ……それに、この大陸を支配って……」


「おそらく、その事実を知っているのは『民』の中でもごく一部なんだろう。それこそ、『小窓』を持っているようなトップの人間のみとかね。ボクに戻った記憶はまだ断片的だけど、それでもはっきりと思い出せたんだ。三千年前、ルサウェイ大陸は『民』に支配されていた」


 何か恐ろしい情景でも蘇ったのか、ユキアはぐっと唇を噛む。その苦し気な表情から、彼女がどれほど鮮明に記憶を思い起こせているのか察せられてしまう。


「巨大な建物……便利な道具……強力な武器……かつての大陸は、恐ろしく発展した文明で満たされていた。そのレベルにまで技術力を高めたのは、当時の『魅魁の民』達だ。その頃から彼らは戦闘狂いで……発展の一番の理由は、武力向上のためだった」


「……三千年前からかよ」


 全て受け入れるには感情が追いつかない話だったが、納得できる部分はあった。


『魅魁の民』の戦闘技術への向上心は異常だ。今はエクリプスという閉鎖空間に潜んでいるが、もし広大な土地と高い技術力があれば彼らはいくらでも発明を繰り返すだろう。


 人を殺すための道具。それを作るための施設。効率化のため生活を豊かにする機械。それらの果てに作り出されたのがストレイだというのは――あり得なくはない。そう、思えてしまう。


「『スパイク・スパイン』についても、三千年前の記憶の中にあったんだ。どうやら完成まで、何人もの人間が実験のために殺されたようだ。自決用のストレイだからな、試用の度に人が死んだ」


「っ……」


 人の命があまりにも軽すぎる、『民』の実験。シアンも、『紅滴腫こうてきしゅ』の実験に失敗していれば死んでいた可能性は十分にある。


 非道な実験という事柄も、ユキアの言葉を真実だと思わせる要因になっていた。


「そして……今よりも遥かに巨大な戦闘集団だった頃の『民』を率いていたのも、『涅槃』という男だった」


「え……!?」


 百年以上昔に、自分の子供達と一緒に賊をやっていたという涅槃。今の『民』は皆彼の子孫であり、全ての『民』の父親とも言える男。


 身体を乗り換えるストレイを持っていて、今日までずっと生き続けている最強の長。だがその始まりは、三千年前にまで遡るのか。


「無論、今の涅槃と同一人物かはわからない。だが、涅槃は自分の精神を若い身体に乗り移らせることができるんだろう? なら……可能性は十分にある」


「……確かに、そうだな」


 涅槃が持つストレイの詳細はシアンにも知らされていないが、本人の精神をストレイに宿しておくことなどもできるかもしれない。それなら、三千年という月日を生き続けることも不可能ではない。


「でもよ……じゃあ『魅魁の民』は、なんで今地下で隠れて暮らしてんだ? それにそれだけ発展した文明があったんなら、なんで残ってねえんだよ? 三千年前に……何があったんだ?」


 二百年前にエンディとセレネが現れるまで、ルサウェイ大陸に人類などいなかったらしい。つまり、かつての文明は遥か昔に滅んでいたのだ。


 だが、ストレイのような超常的な道具がいくつも開発されていた文明がそう簡単に滅ぶはずがない。そもそも、神がいないのなら神の使者とされているエンディとセレネは何者なのだろう。


 何故、神などという間違った存在が語られているのだろう。


 答えを待つシアンに、しかしユキアは顔を俯かせる。


「……わからない」


「あ……?」


「ボクの記憶はまだ断片的で、思い出せていない部分が大半なんだ。ボクはずっと戦う人形として使われていて……いつの間にか、三千年間眠っていた。その間の記憶は、まだ蘇ってない」


「……、そうか」


 気になる謎は多いが、思い出せないのなら仕方ない。むしろ、三千年も昔の記憶が部分的にでも残っているだけすごいと考えるべきだろう。


「ただ、『民』は人間だけじゃなくて、様々な動物の実験も行っていた。戦闘に使用するため、複数の動物を組み合わせて新たな動物を造り出してもいた。おそらく、今大陸に生息しているキメラは、それらの実験動物が逃げ出したものだと思う」


「……実験動物を制御できなくなって、『民』全員食い殺されちまったとか?」


「それは……少し苦しいな。大型のキメラでも、彼らなら容易く狩れるだろう」


「そりゃそうだ」


 大陸を支配できるほどの人数の『民』が、当時はいた。それら全員が滅ぼされるほど強力なキメラがいたとは考えづらい。


「色々知りたくはなってくるけど、調べるのも難しいよな。三千年前の記録なんてどこにも残ってねえだろうし、『民』関係だから共有できる相手も限られるし。上位の『民』を捕らえられたら聞き出してみるか……その前に、お前の記憶が戻るかもしれねえが」


「…………」


 ユキアはまた、沈黙した。記憶が戻るという言葉を受け、思いつめるように。


 ……三千年前から『魅魁の民』が存在していたことや、ストレイが当時の『民』に作られたものだという事実は、衝撃ではあった。だがユキアを思い悩ませていたのは、それらではない。


 ストレイが『魅魁の民』によって作られたというのなら、ユキアを作ったのも『魅魁の民』だ。ユキアは『民』の道具として使され、物言わぬ人形としていたぶられ、時には殺人も犯していたという。


 ユキアは、本当の意味での仲間を……そして自分の正しい居場所とはどこなのかを探して、旅をしていた。そうして今ようやく知った自分の正体が、これだ。


「シアン……ボクは、ボクがわからないよ」


 消え入りそうな声で、ユキアは言う。


 ここからだ。やっと、彼女の苦悩に触れられる。

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