第34話 戦人形


★シアン・イルアス



 シアンの提案で、ユキアとの合流場所はイキシアから変更した。

 理由は、少しでもリウの死亡場所から離れておくためだ。


 リウの最近の活動地域はサンセマムの南の山だったが、今日はシアンをおびき出すためにサンセマムの北にあるネモフィラへ移動していた。もしリウが移動する旨を『民』の誰かに知らせていた場合、ネモフィラの北に位置するイキシアにも『民』の捜索が入る可能性がある。


 そのため、シアン達は必要な買い物だけ済ませて即座にイキシアを出発した。一般人が多く人目に付きやすいカバ車は使わず、歩いて町を出て北西にある森へと入った。そして簡易的なテントを張り、ユキアの到着を待つ。


 程なくして、ユキアは森に到着した。リウ戦以降の違和感について尋ねようとも思ったが、ユキアは早々にテントに籠ってしまった。


「戦闘後から休みなしに歩き続けたので疲れた」とのことだ。気絶してお荷物になってしまった身としては、何も言えない。


 もう日も暮れていたので、残る三人は夕食を取ることにした。


「……よし。そろそろ食えそうだな」


 男女で分けた二つのテント(片方は元々シャルマとムクドリが使っていたもので、もう片方はイキシアで購入した)を背に、シアンは串に刺した魚を焚火で焙っていた。


 パチパチと燃える火を挟んだ向こう側には、折り畳み式の小さな椅子にシャルマとムクドリが座っている。二人も、同じように串を焚火に当てていた。


 今の時刻は十九時前。焼いているのは、森を流れる川で獲った魚だ。糸のように細くしたシアンの血液で身体を貫いて捕まえたのだ。


 塩を振って味付けした焼き魚に、ムクドリがかぶりつく。


「悪くないわね。チョコフレークをかけても合いそうだわ」


「マジでブレねえな、お前……」


「べ、べつにブレてるけど!? 私ブレブレなんだからね!?」


「意味わかんねえよ」


 露骨に狼狽するムクドリを適当にいなしながら、シアンも魚をかじる。確かに、悪くない。


「でよ、シャルマ。結局、キィとは連絡付かなかったのか?」


「はい。今までと同じく、こちらからかけても繋がりません。キィさん側のグスフォが通話拒否状態になっているようです」


片手でグスフォの操作盤を弄りつつ、シャルマがため息を吐く。


「朝は自分からかけてきたのにな。リウから『小窓』奪えたって報告も、できずじまいか。キィやキィの仲間と合流するまで『小窓』は使わないって約束だし、話せないことにはこっちも動けないんだが」


「キィさんなら謎の情報源で僕達の様子も把握してそうな気もしますが……まあ、大陸全土を舞台に活動している人みたいですし、色々と忙しいんでしょう」


「とりあえず、元々お前らと約束してた二十一時になったらもう一回チャレンジしてみるか」


 一本目の串焼きを食べ終え、二本目を炙り始める。シアンなら簡単に魚を獲れるので、ユキアの分を含めてもまだまだある。


 向かいで本当に焼き魚のチョコフレークがけを頬張っていたムクドリ(とても満足そうだった)が、ふと顔を上げる。


「そういえば、シアン。あなた、殺した人が悪夢に出てきたりするのよね? リウが死んだことを、自分の所為だとか責任感じてたりしないわよね?」


「いや……さっき眠ってた時も、あいつが夢に出てくることはなかったぜ。そもそもオレは涅槃ネハンを殺そうとしてるわけだし、『民』の死については受け入れることができてんだよ。あいつらがいない方がいい連中だって骨の髄まで理解してるからか、良心がほとんど痛まねえんだな」


 元々、リウとは大した絡みもなかった。序列にかなりの差があったし、シアンも『民』の中で孤立していた。数年前にリウが地上で活動するようになってからは、ほとんど会ってもいなかった。


 そしてリウは、辻斬りのような活動を行い何十人もの人間を殺していた。ただ、己の欲を満たすために。その時点で、同情の余地などない。


「……ん?」


 かさり、と後ろで音がした。


 振り向くと、ユキアがテントから出てきたのが見えた。


「おおユキア、起きたか。魚食うか?」


「…………」


 シアンの問いかけに、ユキアは答えなかった。頭に手を添え、ぼうっと何もない空間を見つめている。寝ぼけているのだろうか。


「……、」


「おい、ユキア?」


 そのまま、ユキアは森の奥へと歩いていった。シアンの声にも、反応を示さない。聞こえていないのか、気にする余裕がないのか。


 シャルマとムクドリの方へ視線を戻すと、二人は不安そうな表情で顔を見合わせた。


「ユキアさん、リウと戦った後から少し様子が変なんです。普段通り振舞おうとはしているみたいですが、時々思いつめたように黙り込んでいて……」


「サンセマムに移動してる時も、どこか上の空だったわ。シアン、何か知らない?」


「……んー……」


 心当たりは一応ある。リウに殺されかけた後の彼女の様子を見るに、昔の記憶が戻ったのではないかと思う。


 だが、それをシャルマ達に明かすのは憚られた。少なくとも、ユキアの心中を把握するまでは。


「悪い、オレちょっとあいつ追いかけてくるわ。お前らは、二人で食べててくれ」


「え、一人で行くんですか? 僕達は交わらない方がいい話なんですか?」


「まあ、そんなとこだ。あ、オレとユキアの分の魚は残しといてくれよ」


 照明用の光る鉱石を持ち、ユキアが歩いていった方へ走り出す。


 真っ暗な森の中、明かりの向きを変えながらユキアを探す。幸い、しばらく進むと緑のコートとウサギ耳を発見した。


「おいユキア。聞こえてるか?」


「…………、シアンか」


 数秒遅れて、ユキアは振り返った。やはり、表情が希薄だ。


「明かりも持たずに森に入ってんじゃねえよ。帰って来れなくなったらどうすんだ」


「……ボクの聴覚と嗅覚なら、暗闇の中でも君達を見つけられるよ」


「オレの呼びかけにも気づけなかったその耳でか?」


「う……」


 ユキアの顔が渋る。自分が平静を保てていないのは自覚しているのか、決まりが悪そうにしている。


「ユキア。お前が何かに悩んでるのは、シャルマ達もなんとなく察してた。でも、もしあいつらに聞かせたくない内容だったら、オレも無闇に明かしたりはしない。だから、とりあえず、オレにだけでも話してくれないか?」


「…………」


 目を逸らすユキアを、こちらはまっすぐに見据える。


 シアンとユキアは、お互いこの世に一人きりという孤独を味わってきた存在だ。二人の間には、他の人間にはない確かな絆がある。


 だからといって、自分ならユキアの心に生じた隙間を埋められる……なんて傲慢なことは思わない。ただ、死へと歩もうとしていたシアンを懸命に生かそうとした彼女が苦悩しているのなら、今度はこちらが歩み寄る番だと思った。


「『スパイク・スパイン』とかいうのにぶっ刺された後からだよな、お前の様子がおかしくなったの。……もしかして、何か思い出したのか?」


 リウがユキアのことを『戦人形いくさにんぎょう』と称したことについても、気になっていた。それを何故、リウが知っているのかも含めて。


「…………。話そうとは、思っていた。だが、ちょっと、感情の整理が追いつかなくてな。みんなを心配させていたのなら、すまなかった」


 やがて、ユキアは答えてくれた。もし何も言わずに逃亡でもされたらと内心緊張していたが、杞憂だったようだ。


「……君の言う通り、『スパイク・スパイン』に貫かれて死の淵を彷徨っている時、ボクの記憶の一部が蘇ったんだ。真っ先に思い出せたのは、ボクが『魅魁みかいの民』の戦闘あそび相手として、傷だらけで戦わされていた瞬間だった――」

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